16, 分断
翌日さっそく岩山へ行ってみると、そこはボス級魔物の巣窟だった。いや、ほんと冗談抜きでひどいよここ。普通は大きめの群れのボス級な強さの魔物があちこちうろうろしてるって相当だから。群れないで単独行動をしてる魔物がほとんどなのがせめてもの救いかな…。
ここの何がおかしいかっていうと、人為的に魔物が強化されていたこの間の森と違ってこれが通常の状態だっていうことだ。なんでもこの辺は魔素――まあ空気中を漂う魔法エネルギーって感じかな?――の濃度が異常に高いらしくて、強力な魔物が大量に自然発生するらしい。そのため絶対に立ち入ってはならない場所としてこの辺りでは有名なんだそうだ。あのあと九条が調べてくれてほんと良かった。前情報も無しにいきなりこんな光景見せられたら怖すぎる。どう考えても念入りな事前準備が必要な場所だ。
今回倒そうとしている魔物は話を聞く限り明らかにこの辺りをうろついている魔物よりも遙かに強力な個体だと思われるので、道中は体力をできるだけ温存したい。それに、そもそもここで遭遇するのは他ではボスに相当しそうな強さの魔物なので連戦はきつすぎる。そのため今回はなるべく魔物と戦わずに済むよう隠れながら奥を目指すことにした。
ボス魔物はほとんどの場合その場所の一番奥にいるので、私達は3人がかりで全方位に警戒を向けながら山の頂上付近を目指すことにした。時々どうしても魔物に見つからずに奥に進むのが困難な時もあるが、その場合は後ろから不意打ちをかけて、最小限の労力で手早く倒す。最近は3人での連携も段々と様になってきているので、私達はかなり順調に岩山の中を進んでいった。
「最初山の様子を見たときはびっくりしたけど、この調子なら奥まで行くのもそんなに難しくなさそうだね」
「…今のところはね。このまま何事もなく済んだらいいけど…」
あまりの順調さに気を抜きかけている私と違って九条は慎重だ。いくらスムーズにいっていても油断せず、最悪の事態も想定した上で警戒を怠らずにいる。こういうところがすぐに何かやらかす私とそれを叱る立場に落ち着いている九条の違いなんだろうけど、何度叱られてもなかなか直せないんだよね-。
「でも隠れられるくらい大きな岩がたくさんあったのは幸いだったよな。ここほんとに岩以外何もないし、巨大な岩がなかったら隠れるところもなくてすぐに魔物に見つかってただろうから…」
「あー、確かにそれはそうだね」
東くんも言っていた通りここには岩以外本当に何もない。周囲の魔素濃度が高すぎて普通の植物が生育できず、魔素による負担が大きいのみならず食べ物もない状況では動物も生きていけないため、魔素の供給さえあれば食べ物も何も必要ない魔物くらいしか暮らしていけないらしい。人間界よりも魔素濃度の高い魔界の動植物はその環境に合わせて進化した種類のものがたくさん存在するという噂なんだけど、少なくとも私達の知る動植物にとっては多すぎる魔素は毒でしかなく、ここの環境はあまりにも過酷なのだという。ぶっちゃけ人間にとってもあまり過ごしやすい場所ではないので、東くんはここに来てから若干気分が悪そうだ。九条は過酷な環境慣れしているせいかさして気にならないみたいだし、私も普段と変わらないから、個人差はあるみたいだけど。まあダイレクトに影響を受けるのは土地に根を下ろして水と共に魔素も吸い上げてしまう植物で、動物は敏感な人には影響があるものの、よほどひどい濃度でない限りはそこまで大きな影響にはならないらしいからそこまで気にしなくても大丈夫なんだけどね。東くんも最初こそ顔色が悪かったけど、だんだんと慣れてきて楽になりつつあるみたいだし。
あっ、でも動物も魔素濃度の高いところで育った食べ物とかそこを流れる水とかを摂取すると魔素の取り込みすぎでかなり気分が悪くなるって研究結果もあるらしい。まあ水はともかく食べ物はそういう環境下では動植物が暮らしていけないから食べようがないんだけどね。
しばらく進んでいるうちに私達は山の中腹辺りまで来た。そしてそこで問題が発生した。
「あー、これは…」
「見事なフラグ回収だな…」
うん、お察しのとおり隠れられる岩のない場所にたどり着いちゃいました…。
いや、あのね、だいぶ先まで行けばまた岩の多い場所に出れそうな感じなんだけど、この辺一帯が岩とか全くない完全な更地なんですよ…。厳密に言うと岩はないけど切り立った高い岩壁とか、深い谷とかはあるから、更地っていう言い方もちょっと違うかもしれないけど。しかもちゃんとたくさんの魔物がうろうろしてまして、どう考えても見つからずに通るのは不可能なんだよね…。今は岩に身を隠してるけど、出てったら絶対にすぐに囲まれる。ちなみに周りの環境に適応した岩石タイプの魔物なので薬も効かないです。せめて薬が使えれば眠らせるなり痺れさせるなりなんなりできたのに…。ここまで何もないならこの間のドン引きするレベルに強力な毒薬も使えたのに…。
…今度研究して薬の効きにくいタイプの魔物にも有効な薬を開発しよう。難しかろうがなんだろうが絶対完成させよう。
そんな誓いをたてたところで今すぐ完成させることはできない以上、ここは強引にでも正攻法で突破するしかない。…どう考えてもそれ以外ないよね…?
「しょうがない、行こうか」
我がパーティーの頭脳が盛大なため息とともにこう言ったからには本当に有効な手段は何もないのだろう。しょうがない、腹をくくるか。
私達は覚悟を決めて岩の影から出る。そして全力で走ってできるだけ奥まで行こうとした。しかし、案の定すぐに魔物たちに見つかり囲まれる。5体のボス級魔物(薬効かない)に囲まれるとか最悪すぎる。
(薬が効かない時点で私ほとんど役に立たないんだけど!)
魔力の無駄遣いができないから魔力弾は使えないし、いくら魔力で覆ったところでナイフで岩石を攻撃してもたいしたダメージにはならないし…。
…我ながらほんとに全く役に立たないな。せめて二人の足を引っ張らないように気をつけよ。
どうせ役に立てないならと私は相手の攻撃を躱して先へ進むことに集中する。そもそも私たちの目的はこの魔物を倒すことではなく先へ進むことなんだから、この選択もあながち間違いではないよね?
一方戦える九条と東くんは真面目に戦闘を行っている。…といっても魔力と体力の温存を念頭に置いているのだろう、強力な魔法の使用は避けて最低限の動きで相手の攻撃をいなしている。私同様先へ進むことを最優先に行動しているようだ。
一時はどうなるかと思ったが、倒すことを目的とせず、攻撃を避けながらちょっとずつ先へ進むだけなら案外なんとかなるかもしれない。
――そう思ったけど現実はそう甘くなかった。
「げっ」
「これはさすがに…」
5体程度ならまだなんとかなっていたが、この騒ぎに気づいた他の魔物が寄ってきてしまった。一気に数が倍になるとか聞いてない…。
「とにかく逃げるぞ!」
私達は必死に攻撃を避けながら逃げる。しかしさすがに相手が多すぎて攻撃を躱すのも一苦労だ。避け続けるのに必死で逃げていく方向にまで気を遣う余裕がない。進むべき方向に行けないだけならまだ良かったんだけど、攻撃を避け続けるうちにどんどん九条や東くんとの距離が離れていってしまう。
(ど、どうしよう)
焦っていたところにさらに追い打ちをかけるように、増えすぎた魔物の攻撃によって足元が崩れたり崖の上から落石が降ってきたりと、地形による被害まで起こり始めた。そのせいでますます大混乱だ。落石を避けた九条が崖のそばまで追い詰められてしまい、すぐ側の地面が崩れ落ちたことに驚いていた東くんはその隙に魔物に完全に包囲されてしまっている。
かく言う私も足元が崩れてしまい、必死に掴んだ岩さえあえなく崩れ落ちてしまった。そしてそのまま為す術もなく深い谷底へと落ちていったのだった。
渚ちゃんっていつもフラグたてまくってますね。すぐ油断する癖はなかなか抜けないようです。
さて、一人じゃろくに戦えないのに仲間と分断されてしまった渚はいったいどうなるんでしょうか。次回は谷に落ちた後の渚のお話です。