15, 凶悪な魔物
本当は魔物の出る館の話として一から書き直したかったけどそんな時間はなかった三章スタートです。
この間の一件が気になってはいるものの、私たちにできることはほぼない。行き先すらわからないうえ、会ったところでこの間逃げられたのが奇跡としか言いようのないほどの力の差もあった。本当は関わらないのが一番なんだと思う。
私は未だにもやもやしているものの、なるべくあのことは考えないようにしていつも通りの生活を送っていた。
なお今はとある街の広場で許可をとって薬の販売をしている。ボロ宿とはいえ連泊したし、食費なども地味に嵩むのでそろそろお金が底をつきそうなのだ。でも今回は、もともといた痩せ気味かつ子どもとはいえ顔立ちの整っている九条に加え、地味めカラーに変装していてもイケメンさがにじみ出ている東くんという二枚看板がサイドに控えているので、気になった奥様方が寄ってきてくれていつもより売り上げが良い。ありがたい。持つべきものは顔の良い友人だね!
「すげーな…渚の薬ってかなり評判いいんだな」
薬の販売には初参加の東くんが感心したように呟く。でもね、普段からある程度売れてたとはいえここまで売れたのは初めてなんだ。
「いやいや、こんなに好評なのは東くんのおかげだよ」
「え?なんで俺?」
東くんは言われた意味がわからないらしい。自分の顔の良さを認識してないみたい。
「うーん、まあ知らなくていいことだと思うよ?」
言っても謙遜されるだけだろうし、なんていうか東くんには変な自覚は持たないでこのままでいてほしいな。
「…そういう渚は一定数いる男性客の存在にそろそろ気づいてもいいと思う」
九条が何かボソッと言った気がするけど、どうせろくな事を言ってないだろうから気にしないことにした。
…とまあこんなことばっかり言ってるけど、私の薬って口コミで評判が広がってるらしいし、半分くらいはちゃんと普通に薬目当てのお客さんのはず。私の薬が欲しくてわざわざちょっと離れたところから買いに来たって話してくれる人も若干名だけどいたりもするし。
私の名誉のために言わせてもらうけど、別に売り上げの大半がミーハーな人に支えられているっていうわけでもないんだよ!
くだらない会話も挟みつつ着々と薬を売り続けていると、普通に常備薬を買いに来ている近所のおばさん達をかき分けるようにして、傷だらけの集団がやってきた。どうやら隊商らしく、大半が軽傷のようだが数人重傷者もいるようだ。
「ど、どうしたんですか!?」
私は慌てて薬を持って駆け寄る。すると隊商のリーダーらしき人物が前に進み出た。
「魔物にやられた…。君は腕の良い薬師で怪我の手当てもできると聞いた。とりあえず重傷のやつの手当てを頼めないか?」
そう頼むリーダーの様子からは、隊商のメンバーのことを心から心配しているのがよく伝わってくる。そんなに必死に頼まれたら断れるわけないよね。
「わかりました。すぐに取りかかりますね」
他の客のことはいったん九条と東くんに任せて、私は隊商の手当てを行うことにした。重傷者を優先的に手当てしていき、それが終わったら軽傷の人たちの手当てもした。ただ人数が多いので、怪我の本当に軽い人には傷薬を渡して自分で塗ってもらった。
重傷者の手当ては一通り終わってある程度落ち着いてきた頃、渚はもう一度怪我の原因について尋ねてみる。
「魔物にやられたって言ってましたけど、これだけの人数が怪我するなんて結構な被害ですよね?どこでその魔物と遭遇したんですか?」
魔物退治を生業にしてるからね、魔物情報は気になるんですよ。
「…北にある岩山だよ。って言っても厳密には俺たちは岩山に入ったわけではないんだけどな」
「え、どういうことですか?」
言い方に含みがあるから、ただ単厳密には岩山のそばの別の場所なんだっていうことを言いたいだけではないのだろう。
「俺たちは隣町からこの街に商品を運ぶ途中、岩山のすぐ横の道を通ったんだ。するとその時岩山から何かの咆哮が聞こえて、…気づいたら目の前が焼け焦げたようになってた」
「!?」
あまりに衝撃的な言葉に私は息を呑む。あの怪我が姿も見えないような位置から飛んできた攻撃によるものって…本当にそんなことがあるのだろうか。
「たぶんあの咆哮は魔物のもので、何か他のものを狙った攻撃がたまたま俺たちの近くに当たったんだと思う。ズレた位置でもこの被害なんだ、あれが直撃してたらかなりやばかった…。お前たちもあそこには近づかない方がいいぞ」
姿を見たわけではないなら真相は不明だが、もしそれが本当だとしたらかなりやばい魔物がいるということになる。さすがにちょっと勝てる気がしないけど、かといって放っておくこともできない。いきなり戦うのは避けた方が良いかもしれないが、少なくとも一度調査は必要だろう。
「教えて下さってありがとうございます。明日以降の薬も処方しておくので、治るまではちゃんと毎日塗ってくださいね」
たくさんの薬を手渡し隊商の方々と別れた後、私は九条と東くんに声を掛ける。
「2人とも、さっきの話聞いてた?」
「ああ、岩山の魔物だろ?一度行ってみた方がよさそうだよな」
2人も薬を売りながら魔物の話もちゃんと聞いていたらしい。私が言い出さなかったら自分から話題を振るつもりだったみたいだ。
本当は今すぐにでも向かいたいが、まだお客さんがいるのに急に店じまいにすることはできないし、しかも今日は一日中薬を売り続けてたからもうすぐ日が落ち始める時間だ。周りが見にくくなる暗い時間に魔物の住処に行くなんて完全に自殺行為なので、今日は薬の販売に集中して、一泊してから明日岩山へ向けて出発することになった。
渚はそこそこ可愛いのですがそれを全く自覚していません。東くんのこと言えませんね。
まああんなこと言ってましたが渚の薬師としての腕はかなり良いですよ。実家で両親にしっかりと鍛えられてます。
さて、次回は隊商の皆さんに話を聞いた山へ行ってみます。