11, 渚と佑真 ―前編―
今回は途中から過去編に突入します。
昔書いた展開ほぼそのままなので個人的につっこみたい箇所があるのですが、あんまり気にしないでいただけるとありがたいです。
あと冒頭は三人称で九条視点になっています。
九条達は街に戻るとすぐに宿を借り、布団の上に渚を寝かせた。相当ショックが大きかったようで、二人がなんと声をかけても渚は返事をしない。
「なあ九条、さっきのって渚の幼馴染み、なんだよな?死んだんじゃなかったのか…?それになんで渚にナイフなんか向けるんだよ?」
「そんなのおれだって訊きたいよ」
渚ほどではないが、九条と東も少なからずショックは受けている。
渚を見ていれば佑真が渚にとってとても大切な存在だったことは痛いほど伝わってくる。それなのにまさかあんな再会を果たすことになるなんて、一体誰が予想できただろうか。
「つーかさ、死者が生き返るとかそんな馬鹿げた話ありえるか?わけわかんねえんだけど」
「あー、それについては、死んだって言ってもあくまで名目上の話で、正確に言うと行方不明だから生きてたとしてもそこまで不思議ではないというか…」
訝しむ東に対し、九条はなんて言えばいいかと言葉を探す。本人以外の口から勝手に具体的な話を漏らすわけにもいかず、なかなか説明が難しいのだ。
「その話は私からするよ」
九条が悩んでいると、すぐそばでもぞっと人の動く音とともに掠れた声が聞こえた。見ると渚が力の入らないふらふらとした動きで身体を起こしている。
「渚、まだ起きない方がいいよ」
九条が声をかけもう一度寝かそうとするが、渚はゆっくりと首を横に振る。
「ううん、大丈夫。こんなことになったんだもん、佑真の話、東くんにもちゃんと話さないと…」
渚は大丈夫なんて言っているがまだ顔が青いしふらふらしている。せめて少しでも楽になるようにと九条は布団を壁際に寄せ、渚が壁にもたれかかれるようにする。
「ありがと九条」
渚は力なく笑うと東の方に向き直り、話を始めようとする。しかし佑真のことを思い出そうとするとさっきのことが過ぎって余計につらくなるのだろう。一言も話せないまますぐに言葉に詰まってしまう。
しかしそれでもなおなんとか話そうと力を振り絞る渚の手は小さく震えていた。
そんな渚の様子が見ていられなくなった九条は、渚の手をそっと握りしめる。
「大丈夫、無理しなくていいよ、ゆっくりでいいから。まずは気持ちを落ち着けよう。ほら、深呼吸してみて」
九条に言われて、渚はぎこちなく深呼吸を始める。最初は震えてうまくできなかったのだが、繰り返すうちにだんだんと落ち着いてきて呼吸が楽になった。
「ありがとう九条、これでなんとか話せそう」
そう言う渚の顔色は相変わらず悪かったが、繋いだ手の震えは止まっていた。
「じゃあ改めて話すね、4年前のあの日のこと」
そう言って渚は1年前に九条に教えてくれたのと同じ話をもう一度語り始めた。
あれは4年前の2月、私の10歳の誕生日のことだった。
雪の多い地域でもないのに前日までは3日ほどずっと記録的な大雪が降り続いていたが、その日はそれが嘘のようにすっきりと晴れ渡っていて、一面の銀世界に私はテンションが上がっていた。
「すごい!真っ白!!」
起きてすぐに窓の外を覗き込んだ私は興奮気味に声を上げる。
するとその声を聞いたお母さんが階段の下から声をかけた。
「渚、起きたなら早く着替えて下へいらっしゃい!佑真くん来ちゃうわよ?」
「あ、はーい!」
そうだ、今日は朝から佑真と遊ぶ約束をしてるんだった。いや、約束してなくてもほぼ毎日一緒に遊んでるんだけど…。一緒に遊ばないのなんて家の薬草園で手伝いをする日くらい?…あ、でも手伝いの日は佑真も来てくれて一緒に手伝いをしてるな。ほぼ毎日じゃなくて365日ずっと一緒に居る気がしてきた。
佑真は近所に住んでる同い年の男の子。親同士が仲良いのもあって、物心つく前からいつも一緒で私とは気の置けない仲だ。サラサラの金髪に透き通った青の瞳をしたまるでモデルのような美少年で、村中の女の子に大人気だったりする。「渚ちゃん、佑真くんと幼馴染みなんていいなぁ、羨ましい」ってしょっちゅう言われる。
確かに美形だとは思うけど、顔は見慣れすぎて私はそこまで気にしてないんだけどね。
顔のことは除いても誰にでも優しくて紳士的な佑真はまぁモテないわけがない。私も例に漏れず佑真のことが好きだし。
なまじ顔が良すぎるせいでライバル多いし、幼馴染みとはいえいつも一緒にいるとひがまれるし、佑真に関してはわりと悩みが絶えなかったりもするんだけど、それでも佑真と一緒に過ごす時間が私は大好きだった。
佑真と会うのは毎日のことだけど、せっかくの誕生日だし私は一番お気に入りの服を選んで手早く着替えると急いで下へ降りていった。
顔を洗い、朝食のトーストをもそもそと食べていると玄関のチャイムが鳴った。私は慌てて残りのトーストを押し込み玄関のドアを開ける。
「おはよう渚。ごめんね、ちょっと早すぎたかな?」
飲み込めなかったトーストを口の中でもぐもぐと噛んでいる私を見て、佑真が困ったように眉を下げる。
私は返事をしようと慌ててトーストをのどに流し込んだ。
「そんなことないよ!私の方こそこんな出迎え方になっちゃってごめんね」
好きな人の前でこんなことをしてるのは恥ずかしくもあるが、だいたいいつもこんな調子なので今更な気もする。飾らない自分でいる方が良くない?と前向きに考えるようにしよう。
「ごめんなさいね佑真くん。この子ったら朝起きたには起きたんだけど、雪がよっぽど嬉しかったのかずっと窓から眺めてて、呼ぶまで全然降りてこなかったのよ」
「ちょっと余計なこと言わないでよ!」
親ってなんでこんな余計なことしか言わないんだろう。お母さんはちょっと黙ってて欲しい。
「もう行こ佑真」
これ以上余計なことを言われる前にさっさと家を出ようと私は佑真の手を引く。
「いいけど先に上着を持ってきた方がいいと思うよ?外はかなり寒いから…」
「あ、はい…」
お母さんと佑真を二人にしたらまた余計なことを言われそうで嫌なんだけど、確かに雪の日に上着なしで外に出るなんて自殺行為をしたくはないので、私はしぶしぶ自分の部屋まで上着を取りに戻った。
「うちの子がいつもごめんなさいね。あの子すごく手がかかるでしょ?」
渚がいなくなるや否や、案の定母が ”余計な話” を始める。
「いやいや、そんなことないですよ。渚といるのはすごく楽しいですし。僕の方こそいつも連れ回しちゃって…今日だって家族や他の友だちと誕生日を祝いたかったかもしれないのに無理を言ってしまいましたし…」
決まり悪そうにそう言う佑真を母は微笑ましそうに見守る。
「何言ってるの!あの子今日のことすごく楽しみにしてたわよ?こっちが聞き飽きるくらい、いっつも佑真くんのことばっかり話してるんだから、そんな小さなこと気にしなくて大丈夫。これからも渚のことよろしくね」
「……はい!」
”余計な話” が終わった頃、ようやく渚が戻ってきた。
「じゃあ今度こそいってきます!」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
母が見えなくなってから渚がこそっと尋ねる。
「ねえ佑真、お母さん何か変なこと言ってなかった?」
それを訊いた佑真は、渚にバレないように小さく笑った後、天気のことくらいしか話してないよと嘘をつく。自分の話した内容も訊かせたくないし、おばさんの言っていたことも内緒にしておいた方がいいだろう。
渚はちょっと訝しげな表情を向けていたが、まあいっかと小さく呟いてこの話を終わりにした。深く突っ込まれなかったことに佑真はちょっと安堵し、別の話題を振ることにした。
佑真の反応からしてたぶん本当に余計な話をしたんだろうなというのを私は察した。けれど本人は上手く誤魔化せたつもりでいるみたいだし、知らぬが仏という言葉もあるので、私は敢えて突っ込まないことにした。
佑真ってかなり器用なくせに嘘をつくのはわりと苦手みたいなんだよね。微妙に顔に出たりとか、いいわけが下手でいまいち誤魔化しきれてなかったりとか、なんかこう…絶妙にボロが出るんだよね。あからさまに下手なわけではないけど上手くもないというか…。
まあ嘘が上手い人ってなんか胡散臭いし、佑真には今のままでいて欲しいけどね-。
そんなことを思っているうちにたどり着いたのはいつも一緒に来ている小さな公園。今日は雪に埋もれていて遊具は使えないが、雪合戦をしたり雪だるまを作ったりして遊ぶ子どもたちでいつも以上に賑わっていた。
佑真はそんな子どもたちの横を通り抜けて隅の方にあるベンチのところへ行き、雪を払って私に座るよう促す。私が言われるままに座ると佑真もその横に腰掛け、鞄の中から可愛らしい包みを取り出した。
「渚、お誕生日おめでとう」
佑真は笑顔で私に包みを差し出してくれる。それを受け取った私は「開けていい?」と佑真に尋ね、そっとリボンをはずす。すると中から出てきたのは桜色の可愛らしい、暖かそうなマフラーだった。
「わぁ可愛い!!ありがとう佑真!」
私はマフラーを抱きしめ、満面の笑みでお礼を言った。私は佑真からのプレゼントならなんでも嬉しいのだが、このマフラーは本当に可愛くて一目で気に入った。
「最近すごく寒いのに渚はマフラーを持ってないみたいだったからこれにしてみたんだけど、喜んでもらえて良かった。桜色にしたのはもちろん渚に似合うからっていうのもあるけど、一足先に春を感じてもらえたらいいなって」
佑真は照れくさそうにマフラーを選んだ理由を教えてくれる。自分のことをすごく考えて選んでくれたことがわかって私はますます嬉しくなった。
「ほんとにありがとう!さっそくつけてみるね」
私は丁寧な動作でマフラーを首に巻いてみる。すると首回りが一気に暖かくなって、気のせいか全身がポカポカしてきた気がした。
「すごくあったかい」
笑顔の私を見て佑真も嬉しそうに顔をほころばせる。
「似合ってるよ、渚」
「ありがとう」
佑真に褒められるとなんだか照れくさい。私は少し火照る顔を誤魔化したくてベンチから立ち上がり、雪玉を作り始める。
「佑真、せっかくだから私たちも雪合戦しよう!」
それから私達は雪合戦に雪だるまに雪兎にと、思いつく限りの雪遊びをして楽しんだ。そして少し疲れてきたし12時近くなったので、少し早いけど昼ご飯を食べることにした。今日の昼食はお母さんが持たせてくれた手作りサンドイッチだ。ちゃんと佑真の分もある。
「いただきます」
サンドイッチを食べながら、私達は午後からの予定について話し合う。
「雪遊びは十分楽しんだ気がするけどこの後はどうしようか?」
問いかける佑真に対し私は即答する。
「私まだ誰の足跡もついていないところに行ってみたい!」
せっかく雪がたくさん降ったんだから、どうせならまだ誰の足跡もついていない場所へ行って二人で最初の足跡をつけてみたい。それに、私が起き出すのが遅かったのもあって、外に出たときにはどこもかしこもたくさんの足跡だらけで、足跡のない綺麗な雪景色を見られなかったのが少し残念だったというのもある。
「わかった。じゃあ食べ終わったらどこかに足跡のついていない場所がないか探しに行ってみようか」
「うん!」
昼食後、私はわくわくしながら意気揚々と出発した。しかし、探せど探せどまだ足跡のついていない場所が見つからない。多くの人が行き交うような場所が足跡だらけなのは仕方ないが、空き地など普段あまり人が行かないような場所さえすでにいくつか足跡がつけられている。
「うーん、皆考えることは同じってことかな…」
佑真が困ったように呟く。もう村の中はほぼ全部見て回ったので、すでに行き詰まってしまっているのだ。
「他にまだ誰も来てない可能性のある場所は……」
佑真が必死に考えてくれているので、私もどこかなかったかなともう一度考えてみる。すると、ふとある場所を思いついた。
「……森はどうかな?」
森も普段は子どもたちの遊び場として賑わっているのだが、これだけ雪が積もっていたら歩きにくいし、もしかしたら行くのを避けているかもしれない。
「確かに可能性はあるね。ちょっと行ってみようか」
佑真からも同意を得られたので、今度は村の近くの森へ行ってみることにした。
普段より文量が多くなったので二つに分割しました。ここまではまだ平和。
しかしまあ渚ちゃんは九条くんに頼りすぎですね。最近仲間になったばかりの東くんと違って、九条くんはずっと一緒に旅してきたからかなり心を許してるみたいです。九条くんが甘やかすから余計かな?
次回は渚と佑真のお話の後編です。