10, 最悪の再会
今回は新キャラ登場です。
第二章メイン場面のひとつです。
南の森へ行ってみると確かに様子がおかしかった。この間の山は尋常じゃない数の雑魚魔物が発生していたが、この森は数自体はあの山よりは少ないものの、通常より強い魔物ばかりがうろうろしている。ある意味あの山よりタチが悪いかもしれない。
「うわー、これはなかなか厄介だね…」
「とりあえず可能な範囲で倒しながら奥へ進んでみるか。”出る”って話も気になるし」
私達はうなずき合うと、とりあえず奥に向かって歩き始めた。
今回からは東くんという仲間が増えているため以前よりだいぶ戦いやすい。今までいなかった攻撃向きの魔法が使えるメンバーが加わったことで戦いがかなりスムーズになったのだ。雑魚相手なら九条は今まで通り敵を蔦でなぎ払ったり締め付けたりして倒しもするが、強い個体相手の場合は東くんのサポートをメインに行う戦い方になった。そして私は正直全く戦い向きではないため、完全に薬を使った東のサポート専門になった。
サポートに専念できるようになったため、私も九条も以前より自分の持ち味を生かしやすくなっている。それに東くんも一人で群れに突っ込んでいくよりもサポートがあった方が断然戦いやすいため、一戦一戦の消耗が格段に抑えられるようになったし、素早く安全に魔物を仕留められるようになった。私達ってたまたま出会っただけの三人なんだけど、割とバランスのとれたパーティになったみたい。
こういったパーティのバランス改善の効果もあって、今回は全体的に強めの個体が多いにもかかわらず、私達はたいして苦戦することなく順調に森の奥へと進んでいった。
それから1時間ほど魔物退治を続けたが、確かに魔物には散々遭遇しているものの、おばけとかそういった類いのものには一切出会わない。
「やっぱりさすがに気のせいだったのかな?」
「まあおばけとか現実味ないもんなー」
まあどうせいないんだろうと高をくくってそんなことを呑気に話していると、ふと視線を向けた先、私達の居る場所から少し離れたあたりの木々の隙間から微かに青白い光が漏れているのが見えた。耳を澄ませてみると、かすかに声のようなものも聞こえる気がする。
「……ねぇ、あれって…」
「おばさんが言ってたのっぽいよな…?」
……え、いるの…?
「とりあえずもう少し近くまで行ってみよう」
私と東くんが少々怖じ気づいている中、特に何も感じていないのか九条が平然と光の方へ歩み寄っていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ…!」
私は慌てて追いかけ九条の服の裾を掴む。こうでもしないとちょっと怖いんだもん。
そんな私の様子に、九条は呆れたように小さくため息をつく。そして、
「渚って意外と怖がりだよね」
そう呟くと、服の裾を掴んでいた私の手の上に自分の左手を重ねる。
「これなら多少は怖くなくなる?」
「う、うん!」
私は慌てて服を放し、代わりに九条の手をぎゅっと握りしめる。これじゃどっちが年上かわからないが、背に腹は替えられない。
東くんも追いついたので、私は九条と手をつないだまま光の方へ行き、そして茂みの影に隠れて様子を伺った。
青白い光はどうやら何かの機械が発するものだったらしい。何の機械かはわからないが、森には不釣り合いな大きめでごつい金属製のものが木々の間に無理やり設置されている。そしてその側には機械を操作しているのであろう二人の人影が見える。しかし遠すぎるうえこちら側に背中を向けているため顔まではよく見えない。
(こんなところで何してるんだろ?)
さすがにここから見ていても状況がよくわからないため、私達はもう少しだけ接近してみることにした。しかし、移動しようと足を動かしたときに私がうっかり木の枝を踏んでしまい、パキッという小さな音が鳴ってしまった。
すると、音に気づかれてしまったようで「誰?」と言って小さい方の人影が振り返る。
その顔を見た私は思わず絶句した。
(え、なんで…?なんでこんなところにいるの…?)
九条と繋いだ手に自然と力が入る。
そうしている間にも人影は段々と近づいてきて私達を見つける。そして相手の方も私に気づいたようで少し目を丸くした。
「佑真……?」
私は震える声で口にする。
「――久しぶりだね、渚」
少し困ったような表情でそう言ったこの人物は、佑真だということを否定しなかった。
――間違いない、本当に佑真だ。佑真が目の前にいる…。
「え、佑真ってあの渚の幼馴染みだっていう…?うわ、ほんと鏡見てるみたいにそっくりだな…」
東くんが初めて見る、自分にそっくりすぎる佑真に驚いている。佑真の方も東くんを見て驚いているようだった。
しかし、私にとって今はそんなことはどうでもいい。
「佑真、生きてたの…?生きてたならなんで黙っていなくなっちゃったの……?」
死んだと思っていた佑真が今目の前に居ることの衝撃は大きい。なんで黙っていなくなったのか、今まで何をしていたのか、訊きたいことは山のようにある。
「それは…」
佑真が言葉に詰まっていると、もう一人の人影がこっちに近づいてきた。
「佑真、知り合いか?」
「はい。でもレオンさんが気にするほどのことではありません」
レオンと呼ばれた人物は薄い金髪に赤い瞳をした背の高い人物で、整っているが故に余計に冷たい印象を与える、そんな顔立ちをした青年だ。
…ん?赤い瞳って、まさか……
「その赤い目、あなたはまさか魔族?」
私が言うより先に九条が尋ねた。
「ご名答。まあわかりやすいからな、この目は」
魔族とは、この世界と隣接して存在しているという魔界に住んでいる人間によく似た一族。ただし人間よりも魔法の扱いに長けていて、非常に高度な魔法文明を築いていると言われている。
言われている、なんて曖昧な言い方なのは実際に魔族を見たことがある人は少なく、まして魔界に行ったことのある人間なんておそらくいないからだ。魔界や魔族についての情報は古い文献くらいにしか残されておらず、学者ですら一般人に知られている以上の情報はほとんど持っていないらしい。
未知の存在はたいていの人にとっては怖いもの。警戒のために、もし赤い目をした人にあったらすぐに逃げるようにと子どもは親から教えられる。なぜなら赤い目は魔族である証のようなものだからだ。魔族は人間とほとんど変わらない見た目をしているが、色味は多少違えど例外なく全員赤い目をしているらしい。だから私もすぐに気づくことができたのだ。
――にしても、人間界と魔界は隣接しているとはいえ基本的に交わることがないはずなのに、なんでこんなところに魔族が…。しかもなんで佑真は魔族と一緒にいるの…?
わけがわからず混乱する私の目に、ふとあの謎の機械が映った。
(そういえばあれも何なんだろ?)
あれが何の機械かわかれば二人の目的もわかるかもしれない。そう思って私は目をこらして機械をじっくりと見てみる。すると機械に何か大きなものが設置されているのが見えた。
(あれは……魔物!?)
「ね、ねえ九条!」
私は慌てて隣の九条に声をかける。九条もすでに気づいていたようで、難しい顔で機械と魔物を睨んでいる。
「この森の異常はどうもあの二人が関係しているみたいだね」
九条が呟くとレオンがにやりと笑った。
「その通り。俺たちはここで魔物の強化実験を行っていたのさ」
魔物の強化実験…、なんて恐ろしいことをしているのだろう。そんなことをしたら、ただでさえ深刻な魔物被害が余計に悪化してしまう。
「魔物の実験て…まさかこの間の山での魔物の大量発生もこいつらのしわざか?」
怒りをあらわにする東くんに対し、レオンは小馬鹿にしたような態度で返す。
「山?いろんなところで実験をし過ぎてどこのことかわからないな」
この神経を逆なでするような言いように、東くんと九条は怒りのあまり拳を強く握りしめる。
しかし私だけはむしろ全身の力が抜けていた。考えたくもない現実に頭の中をぐちゃぐちゃにされ、レオンの言葉なんて耳を素通りしている。
「…ねえ佑真、なんでその人と一緒にいるの?佑真も…佑真も魔物の強化に協力してるっていうの…?」
震える声で尋ねる私に対し、佑真は一瞬苦しそうな表情を見せる。しかしすぐにレオンによく似た笑みを浮かべて、私にとって残酷すぎる答えを述べた。
「もちろんそうだよ。今の僕はレオンさんの忠実なる僕だからね」
一瞬、頭の中が真っ白になった。佑真があんな最低な魔族の仲間になったなんて信じたくない。あんなに思いやりがあって、優しくて、すごく良い人だったのに…、大好きだったのに…、こんなことって……。
「僕たちの実験はまだ途中でね、今はまだここを去るわけにはいかないんだ。だからもし邪魔をするというなら……たとえ渚でも容赦しないよ?」
その言葉が嘘ではないことを証明するように、佑真は私の喉元にナイフを突きつける。その目はとても冷ややかで、私の知っている佑真とは別人のようだった。
私は完全に身体の力が抜けて、そのまま地面にへたり込んでしまう。脳が考えることを拒否しているようで、言われた言葉があまりしっかりと頭に入ってこない。
「渚!!」
九条と東くんが慌てて私を助け起こそうとするが、身体に力が入らないためどうしても立ち上がることができない。
「…まずいな、これはすぐに退いた方が良さそうだ」
これ以上ここにいたら渚の精神が持たない。そう思った九条達は互いにうなずき合う。東が渚を背負い上げ、たぶん見逃してくれるだろうと思いつつも、念のため九条が煙玉を投げて申し訳程度の目くらましをし、急いで街まで戻って行った。
死んだはずの幼馴染み、佑真の登場です。渚にとってはちょっと酷すぎる再会でしたね。
そして一章でちらっとワードだけ出てきた魔族も登場しました。魔族は今後も話にかなり関わってきます。
あと補足なんですが、名前の漢字とカタカナの違いは人間と魔族の言語の違いを表しています。レオンと言葉が通じているのはレオンが人間の言葉を勉強したからです。
次回は渚の過去編です。(ここから修正作業がされてないのですぐには投稿できないかもしれません)