再会と催事
「おはようございます。早かったですね」
「もう待ちきれなくて」
随分と早い時間に、件の少女が訪ねて来た。
確かにあの時の面影があるような気がする。でも確証が持てないので、しばらくは隠れて様子見する。
「あの~、探しに行っちゃ駄目ですか?」
「ほぼ初対面の相手の家屋を家捜しは感心しません」
えらく行動力のある娘に育ったようだ。
この後彼女は、武史の日課に付き合う事になった。相当に猫の扱いに慣れており、武史一人だと苦労する(普段はアタイが手伝っている)寝床の掃除も、彼女の活躍により捗っていた。
『ふむ、これは……』
あの時の娘かどうかはさておき、猫達がこれ程気を許すのであれば、悪党ではあるまい。
アタイは二人が昼食を取っている最中に、姿を出す事にした。
「あの時は本当にありがとうございました! そして、その時にお礼が言えなくて、今まで待たせてしまって申し訳ありませんでした!」
『随分と騒がしい娘に育ったもんだねぇ』
この少女は、あの娘で間違いないようだ。しかも彼女はアタイの言葉が分かるらしい。ゆみは更に、こう言葉を続けた。
「あの、私に出来る事は有りませんか? 気持ちだけじゃなく、猫神様に何か恩返しがしたいんです!」
しめしめ、これは都合が良い。ここは存分にその言葉に甘えるとしよう。
『コイツと、武史と仲良くしてやってくれないかい?』
「え?」
『コイツはどうも猫に寄りすぎててね……コイツには、同じ人間として接する、身近な存在が必要なのさ』
「必要ありませんよ、そんなもの」
武史は予想通りの反応をし、この場を去って行った。
『本人があの調子だからねぇ。正直無理にとは言えないし、骨が折れるとは思うけど、そばにいてやってくれないかい?』
「はい、もちろんです」
こっちが乗り気なのは正直助かった。これで少しずつでも、武史が人間の社会で居場所を作れるようになってくれれば。
『おや、こんな朝早くにどうしたんだい?』
「いえ、大した事では……」
ある休日の早朝、武史が台所で何かを作っていた。
「申し訳ありませんが、今日は一日外出させていただきます」
『構わんよ』
少し後、準備ができたらしい武史は、大荷物を持って家を出た。
「どうなさるのですか?」
『それはもちろん……』
「あらあら。後で私にも聞かせて下さいね」
『ふん、アンタも大概だねぇ』
「子供の成長を見守るのは親の責務、ですよ」
『良く言う』
アタイはここ数年で鍛えた人目を避ける技術を駆使し、武史の尾行を開始した。
電車等の乗り物を使われたら少々面倒だったが、そんな事は無く、少し離れた大きな公園にやって来た。
「あっ、お~い武史く~ん! こっちこっち!」
そこにはゆみ……と、数人の子供達が既に待っていた。
一体何が始まるんだい? そしていつから名前呼びになったんだい?
「彼こそが、この街のボスネコこと河津武史君、です!」
「「おおぉお~(パチパチ)」」
ゆみが自慢気に武史を紹介し、子供達が歓声を上げる。
何だこれ?
「さぁ! 早速猫さん達を、彼に呼び出してもらおう。それじゃあよろしく!」
「いや。大袈裟に言ってますけど、手品でも何でも無いですからね」
そう呟きながら武史は背負った鞄から何かの袋を取り出し、その中身をぶちまけた。
次の瞬間、もの凄い勢いで魚の匂いが広がっていく。鰹節を粉末にしたものか。
そしてその匂いに釣られた近場の猫達が、わらわらと集まって来る。
「あっ、ねこさんだぁ!」
「いっぱいきたぞ!」
「かわいい~!」
子供達が口々にはしゃぐ。
何がしたいのかアタイには予測がつかないので、このまま身を潜めて様子を見る。
「はぁ~いみんな並んで~。これから猫さんのご飯を配るから、受け取ったらゆっくり近付いて、猫さんにあげてみてね~」
「「はぁ~い!」」
ああ、武史の荷物はこれか。
こう言う行事が特定の施設で行われている事は知っている。ただ、いきなり公園の中で催されるのは稀だろうが。
猫と子供とのふれあいイベントはつつが無く進み……
「みんな、猫さんどうだった~?」
「「~~~~~!」」
色んな声が混ざって聞き取れないが、子供達は皆笑顔だった。
驚いた事に、武史の表情にも拒絶の色は見えなかった。
「それじゃあ最後に一つだけお願い、帰ったらしっかり手を洗おうね」
「「はぁ~い!」」
その意図は分からないが、目的は達成できたみたいだ。
これ以上は野暮と判断したアタイは、ちゃんと人目に付かないよう、茂みを通ってその場を後にした。