人と猫との距離
「猫神様、むやみに出歩くのはお控えください」
『何だい藪から棒に』
あの誘拐未遂事件の翌日、アタイは何故か散歩の自粛を言い渡された。
「ありえない大きさの化け猫がこの街に現れるってうわさが広がってるんです」
『そんなの今更だろ?』
「たしかに今まではそれでも良かったのですが、今やインターネットの時代です。かすかなうわさでもすぐに広がってしまいます」
『そのいんたーねっととやらは分かんないが、それが何故散歩しちゃいけないって理屈になるんだい?』
「街の住人にとって猫神様は自然の一部ですが、外の人はそうではありません。このままうわさが広まれば、一目見たいとかならまだしも、猫神様をつかまえようとする人間もやって来てしまいます」
『ふん、アタイがそんな輩にしてやられるタマに見えるのかい?』
「ダメですよ。さいあく、人間をてきに回してしまいます」
『やれやれ、面倒臭い世の中になったものだねぇ』
「おさんぽなさるなら、これまで以上に人目にお気を付けください」
『分かったよ。他ならぬアンタの忠言だ、肝に銘じておくよ。ただそうなると外にいる猫達をどうするかだねぇ』
「だいじょうぶ、それはぼくが代わりにめんどうを見ます」
『それは重畳。よろしく頼むよ』
それ以降、散歩コースの変更を余儀なくされた。
それから幾年月。ちゃんと人目を避けてるからか、追いかけられたりせず、平穏に過ごしていた。
逆に街中の猫の世話をしている武史の方が、妙な噂になっているらしい。
そんな情報を耳にして間もないある日。
「猫神様、今日貴方であろう猫を探していると言う人物と接触しました」
『その手合いには注意するよう言っていたのはアンタじゃなかったかい?』
「僕も初めは警戒しましたが、話を聞く限り、少なくとも賊の類では無いと判断しました」
『で、何て言ったんだい?』
「その人は昔事件に巻き込まれそうになった所を、猫に助けられたんだそうです。その時見た猫の特徴が、猫神様と合致していました」
『ふむ……もしかしてソレは、アンタと同い年位の女の子かい?』
「ええ、そうです。心当たりがおありなのですね」
『何となく覚えているよ。割と珍しい出来事だったからねぇ』
「それなら話が早い。今週末にその人を家に呼ぶ予定なので、猫神様自身の目で確認し、大丈夫そうなら姿を見せてあげて下さい」
『アンタにしては性急に事を決めたねぇ。まあいいさ、もし本当にあの娘なら、ちょいと気になってはいた所さ』
その夜……
『武史から聞いたかい? 今週末、女の子を連れて来るって話を』
「え? 猫神様、今何と……」
驚いた事に、この数年間で兎羽は、アタイの言葉が聞けるようになっていた。
ある意味息子よりも成長著しい。
『その様子だと、やはり母親には話してなかったか』
「ほ、本当に、武史が! 女の子を家に?」
『落ち着きな! 残念ながらアイツ自身に用がある訳じゃないけどね』
「ん? それって」
『どちらかと言えば、アタイに用があるらしい。それより、アンタはどうするんだい?』
「一緒にお迎えしてあげたいのは山々だけど、私週末は朝から行かなきゃいけない所が」
『そうかい』
若干嫌な予感がしていたが、杞憂だったか。
「でも、せっかく武ちゃんが他の人とお近づきになるチャンスなのに、もどかしいですね」
『それに関してはアタイも同感だから、こっちで何とかしてみるよ。武史のヤツも、いい加減人間側に戻った方が良い』
「よろしくお願いしますね、猫神様」
それぞれの思いやちょっとした目論見と共に時は過ぎ、その日はやって来た。