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2話ーー黒霧事件【起】

 12345、まだ増える。

 678……9。


 いつかの百鬼夜行事件を思い出すほどの規模だ。


 あの事件の首謀者だった鬼の氷のように凍てつく光を放つ眼光を思い出すと今でも身震いを隠せない。


 しかし、それとは裏腹に、目の前の鬼のちっぽけさが顕になる。

 あの鬼と比べれば、安い欲に飲まれた安い人間。チンケな夢に飲まれたチンケな自我。



「……おっけー。久々に暴れようか!」

『賛成じゃ! 退屈しのぎにはなるだけの頭数はあるようだしの!』


 気持ちが昂る。

 腕の間接を鳴らしてニヤッと口角を上げ、


「『【夢幻結界】』」


 声を揃えて口に出し、合図を唱えた。


 鬼を倒すための鬼の力を解放するために。


 鬼化すると、異能者の能力使用時のように痣がどこかに現れることはない。その代わりに痣と同じ色の角が生えるようになる。

 俺の額、それも右側だけに角が生えている。

 綺麗に透き通るような紫かと思えば、何もかもを塗りつぶしそうな紫に色を変える。その変色はまるで何かが脈打っているようにも見えた。


「理性の残った鬼は……いなさそうだな」


 目は白目を剥き、口からはよだれが垂れているが、本人たちは全く気にする気配がない。

 一直線に俺に向かって走ってくる。


『ならば遠慮はせんでよいな』

「ああ、手加減無用で行くぞ!」


 本気と言ってもこの程度の相手に出す力などたかが知れている、そのはずだ。



『ふふっふ、許可はとった! 行けぃ煉獄龍!!』



 雲を割り、天へと昇る龍。神々しくあるはずのその姿は全てが炎でできているがゆえか、恐ろしさしか感じさせない。


 そしてその龍が天から降下し、鬼を全て飲み込んで焼き尽くす。

 燃え尽きた、その言葉では生温いかもしれない。

 1匹でも死人が出かねない鬼のはずだが、炎に飲み込まれた9匹の鬼は灰になって風に舞ってどこかへ飛んで行ってしまった。


 その場に残されたのはその鬼たちが身につけていたであろう無傷の衣服と、鬼にならなかった人達だ。

 その人達も状況を全く飲み込めずに呆けているか、見間違いだと納得させその場を離れていくものばかりだ。


「ちょっとやりすぎ」

『ちゃんと許可はとってあるわ!』


 予想以上にフラストレーションが溜まっていたらしく、一撃で片付けてしまった。


 鬼化が複数同時に起こるなんてことはありえない。普通の人は戸惑い、咄嗟に動ける人はほとんど居ないだろう。

 それでも、随分と気配が減っている。警官でもしっかりと対処できている証拠だ。


 これならあの監視官が死ぬようなことは無いだろう。


 強制で鬼化させる何か。処刑人が扱う礼装か、憑依者が使用する宝具か。

 その正体は不明だが、あの監視官が監視官をしている目的である『3年前までの自身の記憶』に繋がるかもしれない。

 俺でもこの考えが思いつくのだから彼女ならすでに俺の元にやってきた時にはその目的のために動いていたのだろう。


「さっさと追いかけますか」


 ◇


 正直焦っている。

 同僚からの救援要請はまだ耳に入ってこないが、それはいつものこと。もともと連携を取っているわけではないので報告といえば死亡報告くらいのもんだ。

 つまり周辺で起こっていることには各自で対応しましょうというのが方針といってもいい。


「鬼化が一気に始まったといっても…深度はバラバラか」


 深度というのは鬼化のレベルを表す指標だ。数字が大きいほど強い鬼を表す。

 しかし今回の事件で引き起こされる鬼化は大目に見積もって深度1~2しかない。原因が不明なだけあって驚異的なのは変わらないが…目的が見えてこない。


 だが、これを引き起こしているのは確実に深度4以上の大物のはずだ。


 処刑人はあくまでも罰を下すために動く。島全体を覆うなど面倒なことはしない。

 そして憑依者が黒幕の可能性だが……これはまだ否定しきれない。


 この島を覆い、中からの脱出を防ぐ黒い霧。これ程の規模の能力発動を維持出来るほどの鬼は未だ出会ったことがない。


 もし憑依者が黒幕ならばさっさと手を引き、本部の指示に従うだけの木偶の坊となろう。

 なぜなら、憑依者は監視対象外だし、そもそも私では手に負えない。


 その理由は私の能力の対象は異能者だけだからだ。


 憑依者は【起源を刻んだ者】とも言われる。

 異能者や鬼、処刑人が扱う能力は全て異能に分類されるが、憑依者の宝具だけは別物扱いされる。

 そもそも別位相の力を使っているのではないか、と言われている。だから、私の能力の対象外になり、憑依者の前では私はただの一般人、どうすることも出来なくなる。


 鬼の少ない方か、多い方。


 私の異能【異装の魔眼】は対異能に特化した能力だ。

 力は瞳を媒体に発動し、視覚で捉えた異能を消し去る能力だ。

 だから、死角からの攻撃には無防備だし、使いすぎると目に負担がかかり、血涙まで出たことがある。

 能力自体は強力なのは理解しているが、持久力がなく、中々使い勝手の悪い能力だ。

 なので1対1なら結構強い。1対多数なら弱っちぃ。



「一回戻って立川でも連れてくるべきかな」



 黒幕は順当に考えたら、鬼の多い西にいるはずだ。

 やっぱり、支部に戻って応援要請を



「あれ先輩こんなところで何してるんすか?」


 知った顔が現れた。


「立川!? なんでここに?」


「西の支部に彼女がいるんすけど、暇だし会いに行こうと思ったんす。そしたら鬼がいきなり現れて、支部に逃げ帰ろうとしたところで先輩に会いました」


 なるほど。

 私たちは中央支部、立川の彼女さんは西支部に務めているらしい。


 で、こいつは勤務中に彼女に会いに行こうとして途中で鬼が現れたから逃げてきたと。


 ……首にしてやろうか。


「……働きなさい。今から西に向かうわ」


「ええっ! 今回は鬼結構多いっすよ!? 先輩役に立たないじゃないですか!」


 こいつムカつくわね。


「それに月華つきかさん、先輩より強いし大丈夫っすよ」


 月華さんとはこいつの彼女であり、西の支部に務める監視官だ。なぜこいつなんかの彼女になったのかは未だに分からない。


 清水月華、黒髪ロングの美女。

 現在25歳、監視官歴4年。

 討伐鬼数56、捕獲鬼数24の好成績。

 異能名【根源への1段目(ファーストステップ)

 火を生み出し火を操る異能。火の規模は範囲によって左右される。シンプルだが、それ故に強い。


 私も先輩として頼りにさせてもらっている。


 確かに清水先輩の異能なら敵が何人いようと問題なく対処できるだろう。


「西に行くよ。鬼が多く出たなら、その理由があるはず。黒い雲で閉じ込めるだけならまだしも、既に犠牲者は出てる」


 被害者数として数えられるのは人間だけだ。

 鬼化すれば被害者ではなく加害者になってしまう。

 今回の事件の鬼化はその前提を覆すものだ。鬼も被害者なのだから。


「りょーかいっす。まぁ月華さんがいるから心配ないと思うんすけどねぇー」



 ◇



「村瀬!」

「先輩! 4時の方向に逃げました!」

「……逃がしたか」


 刀を鞘に戻し、ふぅ、と一息つく。


 周囲の避難は住んでいたはずだが、何しろ建物を壊しすぎた。

 それも全てあの鬼のせいなのだが……。


「人的被害は出ていないな」

「はい。先輩が倒した10人の鬼以外も一般市民や警察によって倒されたみたいですね」


 村瀬がいてよかった。村瀬の異能【侵入追跡ポジションチェスター】は探知型の異能力だ。

 その能力のおかげで鬼の発生をすぐに探知し、即座に行動できた。


「さっきの鬼は?」

「西区を出たみたいです」


 追跡範囲は西区全域だ。

 西区を超えた鬼はもう管轄外だ。他の監視官に任せ出良いだろう。


「そうか」


 それにしても奇妙な鬼だった。

 額に生えるはずの角は片方のみ。まるで実体がないかのように攻撃をすり抜け、手持ちのナイフで攻撃という稀な戦闘スタイルだった。

深度は3程度だろう。


「……しんくん大丈夫かな」


 願うのは愛しの彼氏の安全だけ。


 なぜなら、彼の不幸体質は折り紙付きだからだ。

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