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騎士・エリゴール

 跪いても大きい彼は、私と同じくらいだ。

 ゆったりとしたコットンの白いシャツの袖を、小麦色のたくましい腕を見せつけるようにまくりあげている。

 畑仕事には良さそうな、ゆったりとしたズボンを履いて、こげ茶でボサボサのくせ毛に大きな麦わら帽子をかぶっている。まるで、昔の絵画に出てくる農夫のような姿が、この城では浮いている。

 だけど、マッチョな外見とは違って、表情はとても柔らかい。ここに来て初めてみたような、屈託のない笑顔だった。


 あの真っ赤な目さえなければ、人間だと思っただろう。


「バティム……」

「えぇ、ここで薬草の管理をしてるんで。この体の割に草花に好かれる性質なんでさ……。あぁ、いかん、こんな話し方してちゃまたあいつに叱れられちまう……あ〜これもだ……」


 困った表情で、汗をかいた額をそのままに、胸元のはだけた白いシャツのボタンを不器用そうな太い指で留めている。

 それをみていると、保育園の年少さんの不器用さを思い出して、思わず笑ってしまう。


「暑そうだし、そのままでいいですよ。それに、その話し方、嫌いじゃないし」

「やった、助かった! この体にこんな気質だ。ここはどうも性に合わなくて」


 安心した様子で、顔をくしゃっと歪ませた。大きな体だけれど、なんだか子供みたいな人だな。少し笑ってから、あたりを見回した。


 これが薬草かぁ……。


 どうにかこれで眠らせたりとかすれば、ここを抜け出せるかもしれない、なんて邪悪なことを考えてしまう。


「……よければ、ここ、案内しましょうか」

「いいんですか? ずっと気になっていて」

「もちろん。ここは全部、あんた…じゃない、マリア様のもんだから」


 バティムの笑顔につられて歩き出したら、大きな黒いモジャモジャが目の前に現れた。その立派なたてがみ…。


「マルバス……! どうしたの」


 獣化したままのマルバスが、私の前に立っている。気が立っているのか、毛が逆立って、息が荒い。


「……いけません、コイツなんかについて行っては」

「ああ、マルバス。お前、ずいぶんな格好だな。噂はホントか。おイタしたんだってな」

「グルルルル……」


 獣化したマルバスと並んでも遜色のない、大きな二人が睨み合っているのはかなりの迫力だ。


「騙されちゃいけません、この男はね、マリア様!」

「また始まった! お前、ちょっとしつこいぞ」


 両手を天に向けて、心底呆れたと言わんばかりのポーズでバティムが喚いた。ため息を浮いて、ズボンの右ポケットから何かを出す。

 すると、キラキラとした何かの粉をマルバスに向かって振り掛けた。途端、マルバスの唸り声が瞬時に寝息に変わる。


「え、なにそれ(欲しい!)」

「この世界の薬草は、こうやって使うんです」


 いたずらっ子のように笑ってまた元に戻したバティムのポケットを凝視する。


 今の粉、絶対に必要だ。

 何がなんでも盗まなきゃいけない。


 あれは紫のベルベッドの小袋に入っていた。

 チラチラと彼のポケットを盗み見ながら、その大きな背中についていくと、その一見美しいけれど、本当は危険な庭園に踏み込む。


 さっきの危険なバラもどきのアーチを抜けると、そこにはちょっとした家庭菜園のようなものあった。

 よく見ると、ハーブのようなものの中に食虫花のような毒々しいものが混じっている。

 花の色合いも全体的に、どす黒い印象でやっぱりここは、悪魔の庭園なのだと納得する。


「ふふ、なかなかの種類がここにはあってね、これなんかかなり珍しいやつで……」


 そう言ってバティムが指差した先には、手のひら一つ分の大きな蕾があって、バティムが草陰から引っ張り出したトカゲをその蕾に近づけると、蕾はワッと花びらを大きく四方に開いた。

 中には丸く歯のようなものがついていて、べったりと粘液が糸を引いていた。そして、蕾はトカゲの体を花びらで包み込む。

 ジタバタとしていたトカゲも、あっという間に動かなくなった。


「この粘液は、記憶を奪うんだ。すげぇ珍しい花で……」


 バティムの説明はもう耳に入らない。ちょっと衝撃映像すぎた。気分が悪い。


「バティム、マリア様が怖がってる。それに、なんだい、その話し方……」


 後ろから出てきたのは、少年だった。年齢は、12、3歳くらいだろうか。

 端正だけれどまだあどけない顔をしている。深緑のガラス細工のような目に、美しい銀髪を後ろに撫で付けている。

 一丁前に鎧をつけて、まるで騎士のような姿だ。なんだかコスプレみたいで可愛いなぁ……と眺めていると、その鎧にはたくさんの細かい傷があるのがわかった。


 まさか……、こんな子どもまで……。


「ああ、エリゴール。戦場からもう帰ってきたのか」

「うん、少し手伝ってきただけだから。僕はここをしっかりと守れってさ」


 二人の会話を聞きながら、こんな小さな子まで戦場に行かせるなんて、魔王はロクでもない男だと吐き気がした。


 魔王なんていない方が、この世界は平和に違いない。思わずぎゅっとバアルを抱きしめる。


「マリア様、ご紹介が遅れました。ぼ……私は……序列15番の地獄の公爵・エリゴール。60の軍団を率いる私めがあなたを必ずお守りいたします」

 

 彼はすっと歩み寄って、慣れた手つきで私の手の甲にキスをした。そして、上目遣いで私を見る。何そのまつ毛。エクステか、まつエクなのか……!?


「ヒャ……!」


こっちはそんなこと、され慣れてないんです!! 少年だからって、ここの悪魔は油断も隙も無い。


「バティム、花の世話ばかりじゃ鈍るだろう」

「……まぁな」

「マリア様は、散歩とやらがお好きらしい。僕らで……空の散歩に連れ出して差し上げよう」


 バティムが「わーったよ」と言い終わるか終わらないかで、大きな風が立ち上った。


「な……に……?」


 あれほど晴れていた空が真っ暗になる。大きな影があたりを覆った。

 何が起こったのかわからず、キョロキョロと周囲を見渡すと、日が落ちたように暗い。太陽を探そうと空を見上げた途端、息を呑んだ。


「素晴らしいでしょう。バティムは、魔界で唯一の炎のドラゴンなんですよ……」


エリゴールは私を左手で抱えて、トンと軽く地面を蹴った。ぐんと一瞬重力がかかったかと思うと、気づけば私とバアルはドラゴンの背中に乗っていた。

岩のような肌にしがみつく。赤煉瓦のような色合いで、これが生き物とは思えない。近すぎて全部は見えない。

だけど、庭園を潰さないように飛んでいるということは、これは間違いなくバティムなんだろう。


「空中散歩ですよ、マリア様。あなたの国をご案内します」


こんな奴らから、私は本当に逃げ切れるのか、そのことしか今はもう考えられない。


ーーーーむ、無理でしょ。

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