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庭師・バティム

 ーーーーここから逃げること。


 それが目標になってから、私は城を散歩と称してバアルを抱いて毎日ここを歩き回っている。


「マリア様、おはようございます」

「おはよう」


 朝の散歩はすっかり日課になって、すれ違う悪魔はみんな挨拶をしてくれる。悪魔なのに、礼儀正しいもんだなーと感心するくらいには、この世界に馴染んできてしまっている。

 我ながらこの適応能力、ちょっとやばいかもしれない。


 正直なところ、逃げるんだと決めたものの、最近ここはとても居心地が良くなってきている。

 ナアマは私のリクエストを聞いて、部屋を清潔に整えてくれるし、飛ばされたマルバスも戻ってきて、私の口に合う料理を一生懸命研究して出してくれている。

 ただ、罰としてアザゼルに魔法でずっとライオンの姿にされているけれど、まぁ動物好きの私にはそれも好都合だった。あと、意外と料理も上手になってきて、食事も楽しみになってきた。


 こんなに居心地が良すぎると、どうにも怠けてしまう。これはアザゼルの作戦かもしれない、なんて思ったりして。


「散歩、ですっけ。楽しいですか、それ」


 ふっと現れたナアマが、バカにした口調で言う。もう私に敬語を使わないことにしたらしい。


「楽しいよ、一緒にどう?」

「ご冗談を」

「ねー、ナアマ。外の世界って、どうなってるの? 見てみたいんだけど」


言った途端、ナアマの顔は険しくなる。


「どうして?」


まずい、警戒されてしまう。誤魔化さないといけないと、本能で察知した。


「しょ、食材をね。見つけたいなって。あっちのものに似てる食べ物、他にもないかなぁ〜なんて」

「……フゥン」


 いまナアマに疑われてはまずいと、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべる。


「ま、食い意地はってるもんね、マリア様。う〜ん、今はここに結界が張られてて、出ることはできないかな」

「ど、どうして」

「戦時中だよ? 敵国が攻めてくる可能性だってあるし。魔王の妻が召喚されたのは、どの国だって知ってるんだし。マリア様を狙って、誰かが入り込むかもしれないし」


 低空の赤い月が、異世界から誰かを召喚した(きざ)しらしいことは、なんとなくわかっていた。


「結界って、いつ無くなるの?」

「なくなるわけないでしょ、この国を守ってんだから」


あからさまにナアマは「バカじゃないの?」の顔で私をみている。


「あ、でも。……魔王様のご帰還の時だけ、一時的に結界はなくなるかも」

「へ、へ〜〜〜。そうなんだぁ」


 そんな一か八かのタイミングでしか逃げられないのかと、心の中で白目をむいた。


「魔王様に会いたい?」

「ーーどんな人なの? あ、ヒトじゃないんだった」

「魔王様……ルシファー様は、誰よりも強く、恐ろしい方で……」


 ナアマの口調が急に変わる。心底恐れているんだろうと言うのが伝わってくる。


「……恐ろしい……か。自分の子供が生まれたって言うのに……悪魔って自分の子供はどうでもいいの?」

「きっとお喜びのはず。……今は侵攻中なだけで、すぐにお戻りになって……きっと」


 必死に言い募るナアマをちらりと見やると、困った顔をしている。


「ーー息子が生まれたのに会おうともしないなんて、いい父親なわけない」


 私がそう吐き捨てて歩き出すと、ナアマはもう追いかけてこなかった。それにもまたイライラとしながら、散歩を続ける。

 結界が消える時を狙って、ここをでる。

 言うのは簡単だけど、それはあまりに現実味がなかった。


 そもそも、景色的にここは崖の上に建っているらしい。

 鬱蒼な森が周囲を取り囲んでいて、その向こうに断崖絶壁がある。簡単に出ていける構造ではなかった。

 この城は、なんという建築方式なのかわからないけれど、とりあえず悪趣味で、悪魔の彫像なんかが柱や壁、いたるところに彫り込まれていて、どことなく薄暗い。

 多分ここには色々な仕掛けがあって、きっと一筋縄では行かないんだろう。


 それに、うまく抜け出たとしても、森を出るまでの食べ物や、この服では移動できないから、それなりの衣類、あと生活を始めるためのお金。……ここのお金の単位も知らないのに。


「無謀かもなぁ……」


 バアルを覗き込むと、バラ色のぷくぷくほっぺを私のデコルテにピタッと押し当てている。この小ささ、この乳臭さ。はぁ、たまらん。可愛すぎる。

 ここにきて、まだ一週間ほどだろうけど、悪魔の成長速度は速いのか、バアルはもう首が座って、昨日は寝返りまでした。

 だけど腕に抱いたバアルは、ちっとも重くない。多分、私を気遣って、浮いてくれているんだと思う。この子はきっと賢くなる。優しいし、隣国と戦争なんかしない魔王になる。


「ね! バアルはいい子だもんね」


 誰の魂も必要ないし、この子はきっといい子だ。親バカかよと自分で突っ込みながら、回廊を歩く。


 花のいい香りがして、そのあと視界に鮮やかな青い花が入る。

 ここに庭があるのは、部屋から見ていて知っていた。丁寧に手入れされていて、美しい花が何種類も咲いている。

 ここを悪魔が管理しているなんて、信じられない。もしかすると、私のように人間がここにいるかもしれないと、ずっと来てみたかった。

 近づいて、そのひときわ美しい花を覗き込んだ。


 これは、なんという花だろう。


 真っ青でバラに似たゴージャスな花弁がたっぷりとついている。触れようと手を伸ばすと、風がたった。


「いけません、この棘に刺されば、命はないですよ」


 そう言って現れたのは、屈強な男だった。

 巨体を持て余して、上から私を覗き込んでいた。2メートルはあるだろう。あまりの大きさに、純粋に怖い。


「恐れ入ります、マリア様。ここの庭を任されております、庭師のバティムと申します」

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