光の正体
楕円の光が、徐々に近づいてくる。
眩くて、なにも見えない。
その声は、低く、重く、ずっと奥に響く。
「……だれ!?」
「ここで何をしている」
目を凝らしても、その姿は見えない。光に目を焼かれるばかりだ。腕で目を覆って、光に向かって叫ぶ。
「……この樹を復活させたのか」
「だったら、なによ!」
「ーーここにどうやってたどり着いた?」
問いただすばかりの光から目を背けて真下を見ると、その光で照らされた谷底は、はっきりとその姿をあらわにしていた。影の落ちた樹の脇の地面には魔法陣が描かれている。見覚えのある魔法陣だった。
「ーーーー私は……ここで?」
「……記憶は、ないのか」
どこか、聞き覚えのあるような、その声を必死で思い起こす。不思議と恐ろしいとは感じなかった。
「……マリア様! この光は!?」
マルバスの必死の呼びかけに、私は思わず振り返る。眩しすぎる光に、マルバスは獣の目では耐え切れないのか、人の形に変えて目を覆っている。
「危ないです、戻ってください!」
マルバスがその体を前に乗り出したとき、枝が大きくたわむ。バランスを取ろうと枝を掴んだけれど、しなる枝は耐えかねてグッと下がっていく。指先が石に触れた。どうせこのまま落下するのならと、その石を手に伸ばす。冷たい感触と浮遊感は同時だった。
「マリア様!!」
枝が大きく跳ね上がる。その感触にマルバスは、私が落下したのだと勘づいて、叫んだ。
「……ま、るばす……?」
ふわふわと、浮かんでいる。
光の中に、自分の体が。あれほど眩しかったのに、その光の中に体をおけば、そこは見晴らしのいい場所だった。
殺伐とした谷底がよく見える。呆然としたマルバスも。
自分の体が抱き上げられていると知ったのは、膝の裏と背中に回った腕に気づいたからだ。恐る恐る視線を持ち上げると、そこにいたのは………。
「フラウロス……」
「ーーーーあれほど騒いで、よくものこのこと戻ったものだ」
ぼそっと呟いたセリフはあきれ返った口ぶりだったけれど、怒りは感じない。
「……なぜ私を助けるの、フラウロス」
「ーーーーその石が……聖職者としての力が、この世界に必要なのですよ、マリア様」
「この世界に……この世界を、あなたはどうしたいの」
「ーーーー今となっては、もうわからない……」
思い詰めた声に、思わず押し黙る。
その横顔は、寂しげで、あまりに人間的だった。その表情に絆されたのかもしれない。私は、一呼吸おいて、諭すように話し始める。
「……あなたの探す妃を……多分、見つけたと思う……」
「……なっ……!」
「ーーーー殺さなくてはいけない? あなたの顔は、まるで人間みたい。愛している人がいる、人間みたいなんだもん……。この石をあげる。必要なら、私が残ってもいい。だから、殺さないで。アンナは……何も覚えていないの……でも、ルシファーを愛してる。自分の息子を、とても愛してる。あんないい人、どうして殺さなきゃいけないの?」
感情的すぎる私の理屈を、フラウロスがどう感じたのかはわからない。
無言のまま、フラウロスは、ぐんぐんと上昇していく。深い谷底は、どんどん遠くなって、落ちたあの場所にあっという間にたどり着いた。ゴロゴロと石が転がるその場に下ろされて、地に足がついたというのに、浮遊感が消えない。
「……マリア様、あなたは彼女と違って、我が子を捨てても、支障なかったようだ」
フラウロスの言葉に、発作的にその頬を打った。
「そんなわけないでしょう! あの子を置いてきた私の気持ち、あなたなんかにわかるはずがない!」
そのびくともしない胸を左手で押して、何度も叩く。
「ルシファーとあの子のところに帰るために、ここにいるの! 必要なら、あなたを……」
右手の石を、フラウロスの鼻先に掲げる。
「……どんな力があるのか、わからないけど、これであなたを倒す」
「ーーふっ、ふふふ……」
フラウロスが笑い出す。
「威勢の良い方だ……。ルシファー様が愛した理由もわからなくもない……」
「あなたがルシファーを育てたんでしょう!? このままでいいの!? ルシファーは眠ったままだって聞いたんだけど……!」
「私が眠らせた」
フラウロスの言葉に凍りつく。
ということは……反逆罪の主犯は……フラウロスってことなの……?
私、こんなとこで、ラスボスにたった一人で……立ち向かってるってこと!?
「ーーーーなんだっていいから、ルシファーを……目覚めさせて!!」
頭の中でいろいろなことがごちゃごちゃと混じり合う。それを吹き飛ばすように、私は大声で叫んだ。