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悪魔の樹の復活

 全身が引きつけられるように、強い引力を感じる。何もかも持っていかれそうになるのを全身でこらえて踏ん張る。

 枯れた樹肌は、うっすらとした光を纏いはじめた。

 ジリジリと全身に鳥肌が立つのを感じる。


 私は今、とんでもないことをしているかもしれない。


 樹肌が水分を取り戻し、枝ぶりが増す。

 光を求め、ぐんぐんと地上に向かって張り出していく枝に、鮮やかな緑の葉がつく。

 それはおとぎ話のようだった。

 ジャックと豆の木を目の前で見ているようで、まるで現実味がない。


「わぁ……」


 月並みな感嘆符が、唇から漏れる。

 薄く発光する樹は、この暗黒の谷間まで薄っすらと照らす。

 目を凝らして見えるのは、草一つ生えない、死に絶えた谷間。

 ここは、なんて冷たい場所なのだろう。


 もう一度、ゆっくりと考える。

 私の召喚された場所が、ここだとしたら、あの召喚の魔法陣がここで描かれたということになる。

 辺りを見回して、その形跡がないか探すけれど、暗すぎて見えない。


 ここのどこかに魔法陣があるとすれば、ここに私か、私以外の妃が召喚されたということになるんだろうけど、この場所に立ち入れる悪魔はそうそういない。


 本当はルシファーが、私を呼び寄せたのか…。それとも、他の悪魔が……?


 失った記憶を取り戻さないと、何もかも靄がかかったようだ。

 自分の知らない自分がいるなんて、考えたこともなかったけれど、いざ自分がそうなってしまったら、不安でたまらない。

 空白の過去を抱えて、何かを決断する時、これでいいのか確信が持てずにいる。


 この樹を甦らせている、今この瞬間でさえ。


「……大きな樹……」


 その伸びていく樹を見上げて、つぶやく。

 この大きな樹を癒す石の力に驚く。

 この石の力は、無尽蔵なのか、それとも、いつか枯渇するのか……。だとしたら、この樹に使い果たしてしまいそうだ。けれど、途中で切り上げる方法がわからない。

 与えているというより、吸い上げられているような、そんな感覚。


 生気が満ちた枝が、例の石の場所まで届く。

 あっという間に葉が生い茂り、石が隠れてしまう。


「あ!」


 見えなくなった石の場所を、忘れないように枝の形を覚えようとする。けれど、刻一刻と形を変えて成長する樹は、みるみる大きくなっていって、もうどこに石があるのか分からなくなってしまった。仕方なくさっきまであった場所のそばにある、少し変わった菱形のように見える岩を目印にすることにした。


「……このまま、ミイラにでもなっちゃいそうだよぉぉ」


 いい加減、不安になって叫ぶと、それに気づいた黒獅子のマルバスが、私の隣に寄り添った。


「……なにを……しているんです、マリア様?」

「マルバス! もう大丈夫なの!?」

「……随分楽になりました。ありがとうございます。ーーで、これは?」

「これ、多分、悪魔の樹だと思うんだけど、その木の枝に石っぽいのがあって」

「……石っぽい」


 その程度の決めつけで、こんな大変なことをしでかしているのかという、非難めいた声だった。


「……あと、この枝を伝って登れば、上に戻れるかもって、思って」

「確かに。それはそうかもしれませんね」


 マルバスは、早速樹の下に駆けよって、上を仰ぎ見る。樹肌に爪をたて、その感触を確かめている。


「うん、登れそうだ。……バチが当たりそうではあるんですけど」

「悪魔でも、そんなの気になるの?」

「……一応、伝説の樹ですから。マリア様、いつまでそれを?」

「途中でやめられないんだよ〜〜〜〜!」


 樹の先端は、もう見えない。谷を突き抜けたかもしれない。

 これなら、きっともう、すぐにでも他の悪魔に見つかってしまうだろう。


「早く逃げないと、この異変は目立ちすぎます。もう悪魔たちがここに向かっているかもしれない」


 わかってはいるけど、この手を止められない。力が溢れるのを、止めることができない。


「……?」


 樹肌に張り付いた手のひらが、ふっと浮いた。


「離れた!」


 私が歓喜の声をあげた次の瞬間には、マルバスは私を背中に乗せて、樹を駆け上る。


「石があるの、拾い上げるから!」

「どこですか!?」

「……見失った!」

「んもぅ!」

「でも、あの菱形の岩の近くだと思うから、行って!」


 指差した岩を目指して、すごい速度でマルバスは垂直の樹を駆け上がる。目印にしていた岩のそばにたどり着くと、マルバスは生い茂った葉を踏み散らしていく。露出した枝をよく見ると、先細りしている。


「ここから先は枝が細い……」


 大きなマルバスの体では、折れてしまうかもしれない。その背中からためらいなく降りた私に、マルバスは驚く。


「待ってください、オレが!」

「マルバスが行ったって、あの石を持ってくることができないんだよ?」


 もちろん枝の上を器用に歩くなんて、サーカスの綱渡りのようなことは私にできるはずもなくて、枝を跨いで、ジリジリと近づく。

 きっとこの辺りだと、ゆっくりと用心しながら近づくと、キラキラと光るものが見えた。


「……あった!」


 手元の枝を握りしめ、ぐっと身を乗り出す。

 薄紅の光に、指先がカチリと届く。


「ーーーー貴様、そこでなにをしておる」


 地を這う低い声、楕円の眩い光に包まれた何かが、私の目の前に突如現れた。

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