石の在り処
その場にいた全員が、立ち尽くしている。バアルだけは、宙を浮いていたけれど。
「私の主が……いるのですか? 魔界に?」
ラーラは期待に満ちた顔で私に歩み寄る。絶対とは言えないけど、多分そうなんだ。
勇者かもしれないと思ったけれど、でも、その時はこの世界の仕組みを知らなかった。
「……わからないけど……多分」
奇妙な表情をしたアンナが、私の胸元のペンダントに触れた。指先は少し震えている。
「あなたの持っている石は……私が、魔王を産んだときのものかもしれないわね」
「……じゃあ、私の……石は?」
「……母となる者が転生した地に、落とされるはず……」
アンナの言葉に、私は一体どこに転生したのか。唯一わかっているのは、あのベッドではないこと。
「一体……マリア様の石は、どんな力を持っているのか……」
そう呟いて、エリゴールが意を決して言った。
「ーーーーどちらにせよ、魔界に、戻らなくては」
その言葉に、私は深く頷いた。
「ルシファーを目覚めさせなきゃ。ルシファーなら、私が初めて転生した場所を、知ってるはず」
「……それは……難しいのでは? それに、魔王様がどちら側にいるのかも定かではないのですよ?」
「……それが無理なら……記憶を、取り戻さなきゃならないわね……」
アンナの声は不思議と落ちついていて、殺気立った心を少し穏やかにする。勇者がそれを逆なでる。
「マンバを、俺の子を……この世界に連れ戻さないと……この世界が……」
「不思議な話だわ。二つの世界の後継者が、入れ替わっているなんて」
ナアマが呆れたように笑う。
「……そっか。ブリトニとバアルがこの世界を……」
「次の世代にうまく引き継げれば、マリアが言っていた世界は……確かに……実現できるのかもしれないな……」
勇者のつぶやきは、その場のみんなの心に響いた。
新しい世界の始まりを、信じられる気がした。
「どう繋ぐか、ね」
「確かに」
ここで失敗してしまえば、さらに状況は悪くなる。
家族を奪った種族と手を繋ぐことはなくなるだろう。
恨みの連鎖が、また始まってしまう。
だから、もう、今までのしがらみは全て捨てなくてはいけない。
「……この世界を壊して、新しい世界を作るんだよ」
私の声は、みんなに届いただろうか。
不安になって、みんなの顔を一人ずつ見やる。
うつむいていてみんなの感情が汲めない。
空回りを、しているのかもしれなかった。
この世界の未来を考えるとき、私はバアルのことしか考えられない。
身勝手な、母親の理論かもしれなかった。
美しい、素晴らしい世界を、自分の子どもに与えたい。
シンプルな、それ以上でもそれ以下でもない、純粋な希望。
「準備をしろ、魔界に行くぞ」
勇者はそれだけ言い放つと、歩き出す。その後をラーラは追う。
「アンナ……?」
「マリア、私も行くわ。足手まといかもしれないけど、息子に一目会いたい。ここで待ってても、仕方ないでしょ。あなたたちといる方が、きっと可能性はあるはず」
「……わかった、アンナ。行きましょう」
アンナは何度か頷くと、運よく焼け残った家に走りこんで行った。
「エリゴール、じゃあ、私たちも魔界に戻るのね」
「それしかありません」
「はぁ〜、どのルートで帰るの? はっきり言って、私たち、お尋ね者ですからね」
ナアマが髪をかき混ぜて唸っている。
そう、それから、私はさっきから、ずっと気になっていた言葉をぶつける。
「ーーーーマルバス、ついてきてる?」
「む、難しい話は、よくわかりませんでした……」
エリゴールとナアマが冷たい視線を向けている。申し訳なさそうな黒獅子は、しゅんとしていてとても可愛い。
「仕方ないなぁ。魔界に向かう道で、ゆっくり説明してあげるから」
大きな体をくるっと小さくまとめている姿は、アンモニャイトスタイルは、なんとも愛らしくて思わず笑ってしまう。
ーーこうして、私たちは怒涛のような出来事のせいで、あることをすっかり失念していたのだった。




