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失う覚悟

「……マリアは子供を産んだらすぐに、生贄にされるだろう。マリアは私と近づきすぎたことを、よく思っていない連中がいる。……また同じ轍を踏む気ないだろうからな……」


 ルシファーの重い声に、呻いたのはバティムだった。

 私が逃げないことを選択したせいで、協力者なしでは不可能だとルシファーは言った。

 ーーーーそして私は協力者に、バティムとマンバを選んだ。


「……確かに……そう言う手合いもおりますが……」

「ウチらにどうしろってのよ〜」


 困惑を隠さない二人に、説得モードの私は続ける。


「私たちが逃げて、向こうでこの子と平和に暮らせる? この子のツノは隠せないし、こそこそと逃げ隠れて暮らすような、そんな生活をこの子にさせたくない。だからって、ここにこの子を置いていくなんて絶対、嫌。だって、何も悪いことはしてないんだもん!!」


 子供の理論だと言うことは、わかっている。

 どれもこれも全部なんて、わがままだってことも。


「わーったよ」


 マンバは苦笑して、私の背中を叩く。


「子どもは置いてけないよね、わかるわかる」

「マリア様、俺が命に代えてもお守りするぞ!」


 ルシファーは、まぶしいような、不思議な表情で私を見ている。


「何? 変な顔して」

「……いや、そなたは私以外も、こうやって取り込んでしまうんだな」

「取り込むって……」

「そなたは、本当に……」


 ルシファーの深紅の瞳に、吸い込まれそうになったとき、マンバが割り込んできた。


「待った待った、ここでおっぱじめないでくれる?」

「そうだそうだ、こんな非常時に」


 二人の怒りはごもっともなので、私は舌を出す。ルシファーは、素知らぬふりで話を続ける。


「……しかし、そなたがこちらに残るとなると……。厄介だ。いつまでも私が側で守ることはできない。私は戦場に戻らねば」

「戦場……?」


 その単語に、私は発作的に嫌悪感をあらわにする。


「……そろそろ人間界に偵察で残ってくれているエリゴールたちと合流しなければならない……こう着状態はそろそろ終わりを告げそうだ。向こうの兵力が戻りつつある……」

「魔王不在のその隙に、マリア様をと考える輩は多いでしょう……」

「まぁ、魔王がいるから手出しできないんだしね」


 二人の言葉に、ルシファーは小さな声でつぶやく。


「私たちは、近づきすぎた……」


 後悔しているのかと、問いただしたい。

 私は、何度こうなっても、きっとルシファーを選んでしまうのに……。あなたは違うのかと。そう責めるのもおかしい気がして、口をつぐむ。その場の空気を誤魔化すように、笑い飛ばした。


「なんかさー、こう、バティムが薬草でパパーっと、みんなを眠らせるとかさ、ぜーんぶ忘れさせるとか……」

「それだ!」


 バティムは、魔王の塔のバルコニーに走り出て、宙でドラゴンに姿を変えると、そのまま空を飛ぶ。


「は、迫力ぅ〜」

「マリアは見たことなかったのか?」

「だって、ルシファーが乗るの禁止って言ったから、バティム、変身しなかったんだよ」

「そりゃ、あんたが見たら乗せろって、駄々こねるからでしょ」

「確かに」


 そんな無駄話をしている間に、バティムは戻ってくる。

 器用に人間に戻って、バルコニーから部屋に戻ると、ポケットから小瓶を取り出す。


「これは、記憶を消す薬です」

「……え」

「マリア様が出産される日、次期魔王の誕生で、また低空の赤い月がやってきます」

「なるほど。……みんなの記憶を消して、マリアの転生をなかったことにするんだな。マリアとこの子の転生は、同時だと思わせるのか……」


 ついていけないのは、私とマンバだけのようだ。

 二人はうなずき合っている。


「これでマリアの命は、私が戦場から戻るまでは保証される……」

「二人の間に、繋がりはない。……誰も疑いません。盗まれた、と、私の日記に書いておきました。これで、みんなの記憶が消えても、消した犯人はわかりません」

「……え、みんなの記憶を、消すんでしょ?」

「そう、みんなの」


 バティムの言葉が、どうしても飲み込めない。


「……低空に赤い月が兆したら、お産の準備です。謁見の間に悪魔は集まる……そこで私がこの薬を。人間の村も広場に集まり、マリア様の無事を祈るはずそこではマンバが」


 この子が産まれるとき、みんなの記憶が、消えてしまう。その事実に震えながら、私はお腹を何度も撫でた。

 この無謀に思える作戦しか、私たちには残されていない。


「あとは、隔離された、マリア様の部屋だけ」


 バティムは、私の目をじっと見る。


「ーーーーい、いやよ。私は忘れない。こんなにたくさんのことがあったのよ。忘れたりしない! ルシファーのことは? マンバは? バティムは? マルバスだって、ナアマだって……嫌だよ!!」


 ルシファーが私の手をとる。


「私が、覚えているから」


 半狂乱の私の体を抱き止めて、ルシファーは囁く。


「私が全部、覚えているから」

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