悪魔・マルバス
お腹がいっぱいになった私は、どうやらそのまま寝てしまったらしい。
また誰かに運んでもらったんだろう。
隣に暖かい塊が、すうすうと可愛らしい寝息を立てて寝ていて、どうやらバアルも一緒に眠ってくれたらしい。
親がピリピリすると、それを感じ取った子供がぐずるのはよくあることで、実際、保育士として働いていて、自分の余裕のなさが子供の神経を逆撫でてしまったことは、何度もある。
わかってたって、どうしようもないんだけどさ。
ふと気づくと、胸のあたりが、冷たい。
起き上がり、胸元を見ると、服もシーツもぐっしょりと濡れていた。この甘い匂いには覚えがあった。
「で、で、出た〜〜!!」
感激のあまり大きな声を出してしまって、バアルが目覚める。
泣き出すバアルを抱き寄せて、乳を含ませると、んくんくと、すごい勢いで飲み始めた。
少しくすぐったいような、不思議な感覚。
そして、口では言い表せない満ち足りた感情に、胸が一杯になる。
愛おしいと言う感情が湧き上がってきて、何度も何度もバアルの髪を撫でた。丸くて柔らかい頬も、美しい黒い巻き毛も、長いまつ毛も。どれを取ってもなんて美しい子なんだろう。
額の小さな二つのツノでさえも、愛らしく感じて、ツンと指先で押した。
次の瞬間。
グッと噛まれて飛び上がる。
「っぅぅぅぅううううぅううう!」
声にならない絶叫で身悶えする。歯がまだ生えていないからよかったものの、これを生えかけの歯でやられたら死んでしまうかもしれない。
ツノは触っちゃダメらしいと胸に刻んで、またバアルの髪を撫でることにした。
自然と笑みがこぼれる。
この世界に来たことは、とても受け入れられないけれど、バアルと出会えたことは、とても素敵な奇跡だと思えた。うっとりと多幸感に浸っていると、それを打ち破るように、ドタドタと大きな地面を揺るがす足音と、無粋なノックが響いた。返事をする間も無く、飴色のドアは開く。
「マリア様、あなたですか! 私の厨房を……! し、失礼」
部屋に飛び込んできた大きな黒い獅子の、あまりに見事な毛並みに、私の目は奪われた。漆黒のたてがみに、トパーズのように黄色い眼。むき出しの鋭い牙と扉を抑える爪。その大きな四肢は出入り口を塞いでいる。
うつむき恥ずかしそうな獅子に、私はハッとして胸元を膝かけで覆う。胸元を直し、縦抱きにしたバアルの背を軽く叩くと、小さくゲップする。
「ゲフゥ」
「おっきなゲップだねぇ」
笑いながら背中を撫でると、視線を感じた。
ああ、そうそう。ライオンがいたんだった。
こんな至近距離でライオンを見れるなんて、早々ない。興味津々で近づいて、じーっと観察する。こんな大きな生き物、怖いはずなのに、私にじっと見られて気まずそうな姿はまるで大きな猫で笑ってしまう。
「……あなたは」
「きゅ、宮廷料理人のマルバスと申します」




