漆黒の星空
驚いて、あんぐりと口を開けたまま、勇者は私を凝視する。
「ずいぶん、思い切ったこと言うな…」
グラスに酒を注いで、興奮したように飲み干す。
「悪魔を皆殺しにするのか」
ギラギラした目つきで、この人はずっと魔族と戦ってきたのだと思い出す。
「……平和的解決よ。戦争を終わらせるの」
「バカなこと言うな。どれだけの人間が悪魔に殺されたと思うんだ」
「悪魔だって、同じはず」
「無理な話だ。そんなおとぎ話聞く気はないぞ。とっとと魔界に帰るんだな、魔王の妃さんよ。いや、待てよ。お前と息子を人質にすればいい」
意外とバカじゃないんだな、と思わず言葉にしてしまいそうになって口をつぐむ。
「賢いって思っただろ?」
前向き〜。私もこんな風にならないとね。
「私を人質にしたところで、プラマイゼロよ。マンバはあっちにいるんだから」
「……最悪、マンバたちを取り戻せる」
「みんなになんて言うの? 自分の家族を取り戻すために、最後の切り札を使いますって? 勇者も名折れね」
「う、うるさい!」
「私なら、うまくやるから、協力して」
「騙されるか」
頑なになってしまった勇者は、多分もう酔っ払っている。さっきから真っ赤な顔は、興奮しているわけではなさそうだ。
「いいわ。酔っ払いとは話にならないしね。あと、私が死ねば、魔族の力が増すんだって。ーー私は魔界の生贄なのよ」
嘘は言ってない、嘘は。
「と言うわけで、変なことはしない方がいいよ」
「待て! どこに行くんだ!」
「この村の巫女、アンナのところにいるから、酔いが冷めたら来なさいよ」
端っこになる薪を一本取って、松明から火をもらう。洞窟から出ると、陽は落ちかけている。きっとすぐに陽は落ちる。
この洞窟は、そんなに複雑な場所にない。しばらく歩けば、村につけるだろうと歩き出す。
勇者と洞窟にいる方が、良かったのかもしれないけど、ゆっくりと考え事がしたかった。
勇者は、和解を持ちかければ乗ってくると思っていた。
勇者というものは平和主義者だと、勝手に決めつけていた。
パチパチと松明が爆ぜる音を聞く。
赤がチリチリと飛ぶ。
具体的な、人間も魔族も、お互いが納得する方法を考えなくてはいけない。
そんなこと自分にできるのか、問いかける。
「できるわけないじゃん」
人間と悪魔は、憎しみ合っている。
長い歴史があって、お互いを許し合うことは、難しい。
人間と悪魔が手をつなぐことは、ありえないことなのかな。
今は劣勢の魔族も、勇者さえいなければ、魔力は使い放題で、きっとこの世界は魔界へと傾く。
今までずっと虐げられてきた人間が、この好機に魔族と手を組むなんて、考えるわけがない。ここぞとばかりに、人間は、いままでの借りを返そうとするだろう。そして、お互いが傷つけあう。
「あ〜、幼稚園児の喧嘩の仲裁じゃないからな〜〜。専門外です!」
唸りながら、頭を抱えてしゃがみこんだ。
ーー私の運もここまでか……!
破れかぶれでも、ここまで来れたから、何とか勇者を説得できると思っていた。
甘かったかもしれないけど、諦められない。
次の世代にまで、この戦いを、恨みを、引き継ぎたくない。
ホーホー。
フクロウのような鳴き声が聞こえる。
ハッと我にかえって周りを見回す。
気づけばあたり一面真っ暗で、星だけが煌めいている。
こんなに綺麗な星空を、私は見たことがない。
漆黒に点々と浮かぶ、光を放つ宝石のようだった。
ため息しか出ない。
「……綺麗……って。あ、あれ……?」
私は、完全に道に迷っていたのだった。
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