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勇者の恋

勇者は、ポツリポツリと話し始めた。


突然転生して、意味の分からない世界にやってきて、仕事もどうやって探せばいいのか分からず、どうしようもなくて、浮浪者になってしまったこと。

向こうの世界でも、こちらの世界でも、どこにいっても自分は不要な人間なんじゃないかと、思い詰めて自殺しようとしているところを、マンバに救われたこと。


「あいつが、なんとかなるっしょ、って言うのが好きだったよ」


真っ赤になった鼻をすすって、勇者が笑った。


「俺よりも一年くらい前に転生してきたらしいんだけど、あのコミュ力でこっちの世界に馴染んでて。なんか、こっちの人間みたいだった」


剣を腰から外して、洞穴の奥に置かれているいくつかの大きな(かめ)に手を突っ込む。何やらごそごそしていると思ったら、何か中から取り出してきた。


「こっちの酒だ。呑むか?」

「……いら……」


断ろうと思ったけれど、一緒に呑みたいのだろうと気づく。もう授乳もしていないし、いいかと受け取った。グラスのようなものを手渡される。その中のオレンジの液体はとても綺麗で、柑橘のような甘い香りがした。


「俺、全然強くないからな、そんなに呑めない。果実酒だし、あまくて呑みやすいぞ」


カラカラと音がする小瓶に入っているのは、くるみやアーモンドのような木の実だった。


「マンバの家においてもらって、飯を食わせてもらって……」


ヒモじゃん……と思いつつ、渡されたお酒をちろっと舐める。美味しい。オレンジとレモンの間のような、柑橘の味だ。


「お、おいし〜」

「だろ? ミルクで割ってもうまいぞ」


にっこりと笑うと、勇者には笑い皺が浮かんで、うん、悪い男じゃない。


「マンバに村の仕事を紹介してもらって、鍛冶職人のもとで働き始めた。……正直言って、上手くいかなかったよ。あっちの世界でできなかったことなんか、こっちに来たって出来るわけねーし」


苦笑する勇者は、すこし寂しそうで、グッと酒をあおって、空のグラスにまた継ぎ足した。


「チートとか、そういうの、期待してたんだけどな〜。ハーレム最高のラノベみたいなヤツ」


白い目で見ると、顔の前で手を振った。


「や、期待しただけだって!」

「まぁ、いいわ。それで、仕事がうまくいかなくて、勇者になったの?」

「ーーまぁ、上手くいかなくてさ。そしたら、マンバに、平手打ちされて上手くいかないのを人のせいにすんなって怒られて。ははは、かっこつかねーだろ」


照れた顔で頬を掻きながら、勇者ははっきりしない口調で話す。


「まぁ、俺の場合はその通りで。完璧なコミュニケーション不足。周りにどう思われてるか気になって、空回りばっかしてた。使えねーヤツって思われたくなくて、ちゃんと聞き直さなかったり、わかった気になって思い込みでやっちゃったり」


そういう子、いるなーとぼんやり思い出す。新人教育担当をしたとき、そういうのを凄く感じた。筋は悪くないのに、そういう残念なことが。でも、そういうのって、大体いつも原因がある。プライドが高いとか決めつける人もいるけど、話を良く聞くとバイト先とか、学校、家族なんかに、感情的な人がいて振り回された結果、訊ねるということにトラウマがあったり。


「どんだけ失敗しても、泣きながらでも家に帰ってこい。疲れたらうちで飯食って寝て、愚痴でもなんでも聞いてやるから、みっともなくても食らいついてけ、ってさ」

「言いそう〜〜」


マンバが言っている姿を想像して、笑いながら私もお酒を呑む。


「受け入れられてる、って、初めて思った。情けない俺だけど、マンバには、そのまんま受け入れてもらってるって」


勇者の両目に、また大粒の涙が浮かぶ。

泣き上戸は勘弁してほしいところだわ。


「マンバが好きだって、初めて気づいて。仕事も、必死でがんばったよ。親方になんども叱られて、それでも、それこそ食らいついて。親方も、俺が必死ってわかってからは、教えかたが変わった。俺、マンバと暮らすために……できれば、結婚して、子どもいっぱいつくって、にぎやかな家にしたくて。稼ぎがほしかったんだ」

「へぇ。すごいじゃない。マンバも幸せだね」

「いや、マンバには振られ続けてたんだけど。そういう眼では見られないって」


ざ、残酷か。


「でも、俺ががんばれるのは、マンバのためだけだから」


はにかむ勇者をみて、だったらなぜあんなにチャラ男になっていたのかと疑問に思う。


「俺が刀鍛冶として、親方に認めてもらった日、マンバは俺を受け入れてくれた」


満面の笑みで、勇者のお喋りは止まらない。勢いづいて、マシンガンのように続く。


「お祝いだって、俺の好物をテーブルいっぱいに作ってくれて、呑めないワインなんかで乾杯して、酔った勢いで、俺、しつこいくらい口説いて……絶対幸せにするからとか、食うに困らせたりしないとか、最後なんか、好きだって泣いてすがって、俺、ほんとみっともなくてさ」


なんだかジンと来る。そこまで求められて、嫌な気のする人間がいるだろうか。

あの気のいいマンバなら、きっとほだされてしまう。


「マンバが、しょーがねーなって。抱きしめてくれて……そんで……俺、幸せで。これ以上ないって、こんな幸せなこと、絶対にないって。それからは幸せな毎日だった。鍛冶場と家の往復で、それだけで、ホント幸せで。しばらくしてマンバが体調崩して、医者に見せたら、妊娠で。俺、幸せで狂っちまうかな、ってくらい幸せだった」


両手で顔を覆い、肩を揺らせながら、勇者は嗚咽まじりに続ける。


「ーーーーある日、家に戻ったら……マンバが消えていたんだ」

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