勇者とその嫁
ぐんぐんと進むその後ろ姿を追いかけていくと、勇者は、私を近くの洞穴へと連れて行った。
人気のない森の奥にあって、そこは大きな岩と岩で出来上がっている。
こんな場所にのこのこ付いてきて、自分が一体どんな扱いをされるのか、不安になった。
入り口ですら薄暗いそこで、勇者は手慣れた様子で松明をつける。
それを壁にかけた。
「ここは、俺の鍛錬の場だ。ーーさぁ、話を聞こう」
地面にぺたりと座り込んだ勇者が、意外とストイックで驚く。
「マンバって、知ってるわね」
そう切り出すと、勇者の顔が歪んだ。
その両目から大きな涙がこぼれ落ちて、こらえ切れない嗚咽が漏れる。
口許を両手で押さえて、物理的に嗚咽を抑えようとしているけど、無駄だった。
しゃくり上げて、勇者は泣き崩れる。
「ちょ……あなた」
「マンバは……? 子どもは……? し、死んだのか」
肩を震わせて、勇者は泣いている。
「マンバも、娘のブリトニも、元気に暮らしてるわ」
それを聞いた勇者は、目を見開いて私を凝視した。
「ほ、本当か!? このことで俺を騙すのは、絶対に許さないぞ」
「マンバたちはこの目で見たわ。勇者の子どもだってことは隠して暮らしてるけどね……」
「マンバは俺とのこと、後悔してるのか……」
「それは……分からない。聞いたことがないから」
勇者は震える手を組んで、視線を落とした。
「会えるのか」
「……物理的には。マンバが会いたいのかは、確認させてほしい」
「そうだな」
小さな、消え入りそうな声で勇者は呟く。
「私のこの手帳に書いてあることが、真実なら……二人は魔界で人質になってる」
「人質だと!?」
一気に気配が殺気立つ。言葉が悪かったと反省しながら、出来るだけ言葉を選ぶ。
「元気にしてるし、多分、それを理由に虐げられたりはしてないから、それは安心して欲しい」
「何を根拠にお前を信じればいい」
食ってかかる勇者の言葉も一理ある。
「マンバはこの世界に来て出来た初めての友達なんだ。……あぁ、そうだな……この世界に来た理由は、渋谷に行こうとして友達と地元の駅に向かってる最中に原チャでコケたって言ってた」
「……そうだ、そうだった」
懐かしそうな勇者の顔が、優しげに緩む。
「この世界にツケマがないのがマジ最悪って」
「ははは、言ってた言ってた」
ピリピリした空気が、ふっと消える。
「私の本当の名前はマリナ。保育士をしてたのよ」
「俺の名前はマサルだ。あっちでは、フリーターだった……な、なんだよ、その目!!」
「別に。ていうか被害妄想でしょ」
ジロッと勇者を睨むと、唇を尖らせて続ける。
「今でこそこうだけど、マンバと会ったときは、俺は何もできなくて、本当にダメな男だった。向こうの世界も嫌いだったけど、こっちに来ても、俺はこの場所が嫌いで……文句ばっかり言ってたんだ」
溜息をついて、勇者は頭を抱えた。
「だけど、マンバは……。転生して何もできない俺をマンバは拾ってくれた。マンバが俺を助けてくれた」
一呼吸置いて、勇者はゆっくりと言葉にした。
「ーー俺の力はマンバにもらったんだ」




