義勇軍
その気配に気づいたのは、私だけじゃなかった。
影が視界の端を走ったと思った次の瞬間、草陰から人間が這い出してくる。
「だ、誰だ、お前たちは!」
あっという間に、エリゴールとマルバスに捕まったのは、お待ちかねの山賊かと思いきや、小男だった。身なりの見すぼらしい農民で、腰に手入れの悪い農具をぶら下げている。
「山賊じゃないの?」
「俺っちは、義勇軍に入るんだ!」
土で汚れた顔をじっと見つめると、まだ子どもで驚いてしまう。
「お前たち、悪魔だな! 俺っちが成敗してやる〜〜!!」
暴れ出す少年を、エリゴールが難なく押さえつけた。
「どうしましょう、放っては面倒だ。始末しましょうか」
無表情のエリゴールに、少年の血の気が一気に引く。
「やめて、離してあげて! まだ子どもじゃない!」
私は、慌てて少年に駆け寄って、二人から取り上げる。怪我はないか確認して、火のそばに連れて行く。
「お前……悪魔じゃないのか?」
少年は私の顔を覗き込んで、恐る恐る問い掛ける。少年の顔を濡らした布で拭いながら、頷いた。
「まだ子どもじゃない。どうして義勇軍になんか入りたいの?」
「今度の勇者様はすごく強い。最後の戦いになるだろうって、みんな言ってる。俺っちもその伝説の戦いに加わりたいんだ!」
目をキラキラさせて少年は話し出す。少年にとって悪魔は絶対悪で、人間を困らせる存在ーーこの世界では、悪魔は必要ないもの。それでもーーーー。
「……私は、人間と悪魔に戦いをやめてほしいと思ってる」
「でも、もうちょっとで勝てるんだぞ」
「どうして戦わないといけないの?」
「悪魔が、悪いことするからだ」
「悪いことしなきゃ、戦わなくていいでしょ」
「で、でもっ! 悪魔は悪いことするもんなんだ!」
少年は興奮して、叫ぶ。
「やっぱり始末しましょう」
エリゴールが身を乗り出す。私はそれを手で制して、首を振った。
「私は転生してきて、魔王の息子を産んだの」
それを口にした途端、少年は大きく目を見開いて、私を蔑む目で見た。
「魔王の子どもを産みたくて産んだんじゃない。でも、こうして生まれて、腕に抱けば、愛おしいし、幸せになってほしい。……あなたの家族は、あなたが義勇軍に入ることを喜んでるの?」
「……ううん」
「でしょうね、心配してると思う。帰りなさい。どれほど勇者が強くても、あなたが傷つかない保証はないんだから。戦場は、そういうところなのよ」
髪を手櫛で整えてやり、微笑みかける。
「名前は、なんていうの?」
「ーーモートル」
「モートル。命は粗末にしちゃダメよ」
「正気ですか!? こいつを解放すれば、我々の存在が知られてしまいますよ」
「エリゴール、いいの。私たちは、ここに逃げてきたの。人間と戦いにきたんじゃない」
エリゴールに向き直って、その顔を見上げるけれど、暗くて表情までは読み取れない。
「……なぁ、お前たち、逃げてきたのか?」
「そうだよ。私たちは悪魔から逃げてきたの」
「でも、そいつ、悪魔だよ?」
「じゃあ、人間は絶対に悪いことしないの? 全員がいい人間なの?」
「それは……」
「悪魔だって色々いるよ。この悪魔は私を守ってくれてる。魔王の命令でね」
「ま、魔王の?」
「そう、魔王の」
言い切ったとき、私の脳裏に見たこともない色とりどりの花がよぎった。
「魔王が、そう命じたのよ」
胸が不意に温かくなる。きっとあの花は、あの日記に書かれていた花。
繋がらない記憶の断片が、私の中に眠っている。
あの手帳を読み進めたい。
私たちに何があったのか、知りたい。
「みんなが幸せになっちゃ、ダメなのかな」
そう呟くと、胸がぎゅっと絞られたように痛んだ。それを誤魔化すように、地図を取り出す。一緒にまとめた紙束に、手紙が混じっているのを思い出す。
「そうだ、この近くに、この村があるって聞いたんだけど」
私は預かった手紙を差し出す。
ここの文字は、人間の文字も読めないから、私には何を書いてあるかわからない。
「これは……!」




