記録と記憶
震える手で、私はその紙束を開く。
ーーーーお腹がとても目立ってきた。
バアルはとてもよく動く。
足の裏の形にお腹の形がグゥッと動く。
とてもこそばくて、笑ってしまう。
この子は、元気な子だと思う。
元気の良さが、とても嬉しい。
ルシファーは、今日も花を持ってきてくれた。
お腹を蹴るバアルを見て、すごく驚いていた。
ルシファーがあんな顔ができるようになって、本当に良かった。
寂しいあの人に、家族を作ってあげたい。
不安はいっぱいだけど、バアルを元気一杯で産んであげなきゃいけない。
あんなに心配しながら待っているルシファーのためにも。
私たち三人は、必ず幸せになるんだーーーー
私の中から消えた記憶を、私の書いた文字がその存在を示していた。
信じられない。
私は、魔王をルシファーと呼んでいる。
親しげに、そして、三人での将来を誓い合っていた。
何もかも忘れているはずなのに、ルシファーは私を守ろうとしていた。アザゼルが勝手に召喚したと、本気で怒っていた……。
わからない。
始まりさえ、わからない。
この世界は、どう転がっていくのか、私はこの先、どうすればいいのか。
頭を抱え込んでしまう。
答えはどこにもない。
「マリア様! 一刻も早く、ここを立ち去りましょう! 城はかなり混乱しているようです。きっと追っ手が大量に押し寄せてくる……」
エリゴールの声に、我に返った。
「ひとまず、バアル様の力で海の向こうに行ければ、安全です。追っては来られない。そして、どこかにあなたを隠します……」
「エリゴール……」
「それが私の使命だ」
「わかってる」
「あいつらは連れていけません」
「……ここには置いていけないの。ここで暴れられては困るから」
絶対に認めないと言わんばかりのエリゴールの耳元に囁いた。
「向こうに着いたら、必ず二人から逃げるから、ね?」
手帳を荷物の奥の方に突っ込んで、立ち上がる。そして、振り返って、みんなに向かって叫んだ。
「ここのみんなにかける迷惑を最小限にしたいの! 手伝って!」
エリゴールが頷いて、辺りを見回す。
「よし、収穫できそうなものは、全部収穫するぞ、ナアマ、手伝え!」
「はい」
「村人たちに、動物を移動させるように指示を出せ!」
テキパキと指示を出し、エリゴールが走り出す。マルバスを探すと、牧場の柵を魔力で引き抜いて、広場の中に移動させている。
「マルバス、ありがとう」
私が声をかけると、マルバスは恥ずかしそうに顔を掻いた。
石を拾っているマンバを見つけて、私も石を拾いながら話しかける。
「マンバ、ここの結界、どうすればいいんだろう……祠も壊れちゃったし」
「……あんた、石、拾えるの?」
そう言われて、手に持った石を凝視した。マンバも驚いて無言になっている。
「ほ、ほんとだ」
「あのね、マリア様! この割れた石で、広場の集会所を囲むの! 集会所の近くに、食料庫もあるし、そこに結界を作れたら、みんなが逃げ込める、結界になるから!」
ブリトニが言い終わるか終わらないかで、バアルが石を持ったブリトニを持ち上げ、集会所の周りを一緒に回り始める。
一致団結する村人を見て、この村は大丈夫だと、自分自身に言い聞かせる。
「ねぇ、マンバ。こんなことになって……」
「ストップ、そういうの、もういーから」
「……うん」
「戻ってきな。待ってるから」
マンバに、最後の石を手渡そうとすると、突き返された。そして、何か思いついたように、私の手から石を乱暴に奪った。マンバは自分の首にかけていた革紐を外して、器用に石に結びつける。
「それ、持ってて」
「え…でも、これは」
「何かの役にたつかもしんねーじゃん」
戸惑う私の首に、マンバはそのネックレスをかけた。
「帰ってきて、待ってる」
マンバのその手を掴んで、その目を覗き込む。
「約束する」
マンバも何度も頷いた。
破れない約束ができたから、私は頑張る。
絶対、ここに戻ってくる。
手伝いを終え、戻ってきたみんなに向かって言い放つ。
「さぁ、バアル! 私の悪魔たち! 人間界にブッこむよ!!!」