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魔王の母、マリア

なろう初投稿です。

完結を目指して、毎日17時〜20時までに投稿する予定です。

よろしくお願いします。

 ーーーー共犯者になれ……。


 光も届かない深海で、微かな気配を感じている。

 その深くどこか甘い声に聞き覚えはない。


 ただ、その声を、言葉を、忘れてはいけないと強く感じているのに。

 両手ですくった砂が、指の間からこぼれ落ちていくように。


 取りこぼしていく想いを、私は掻き集めようと必死になる。

 落とした瞬間、それは塵になり、霧散する。


 ーーーーもう取り戻せない。


 こうして失ってしまったことも、もう、きっと忘れてしまうのだろう。






「んぎゃ、んぎゃ、んぎゃ」


 まだフワフワとした発声の甘えたような泣き声が聞こえた。

 バタバタと慌ただしい周囲の音がして、どうしようもないだるさと下半身の鈍い痛みが、どっかりと居座っている。

 どこか血生臭い匂いが、あたりに充満していた。


 私一体、どこにいるんだろう……。

 誰かが私に向かって声をかけていた。


「……マリア様! おめでとうございます」


 マリア……?

 あぁ、また間違えられた。

 私は、「まりな」だ。

 地味顔だと自認する私が、29年間、どうにも好きになれない名前……。

 それでも間違われるのは嫌だった。


「立派な男児でございます」


 子どもなんて絶対に産んでいない。

 仕事で子どもを見ているけれど、私自身は出産どころか結婚さえ、いやいっそ、恋愛だってしたことない。

 子どもは好きだけど、私が恋をしたって、うまくいったことなんかなくて、結婚も出産も、子どもの頃からどこか遠い国のおとぎ話くらい遠かった。

 そんな私だから、子どもと触れあえる保育士になったのに……。


 あぁ、そうだ。

 昨日は遅番で、亮くんのママが迎えに来てくれなくて……。でも、人手不足で今日は早番で。

 絶対遅刻なんかできないのに、身体はまるで縫いつけられたように動かない。

 また園長に嫌味を言われちゃう。

 早く起きて、保育園に行かなくちゃ。


 そうだ……私、寝過ごして、遅刻しそうになって、……車に乗った。

 そこまでしか記憶にない。

 全身の痛みから想像して、私はどうやら交通事故に遭ったらしい。


「さぁ、この凛々しいお顔をご覧ください」


 ぬっと何かが差し出された気配がする。疲れきって瞼を開くのも面倒だったけれど、仕方なくゆっくりと目を開く。早く否定しなくちゃ。この子のママはパニックになっているだろう。

 そもそも、怪我人と妊婦を間違えるなんて、どんな病院なのよ!


「マリア様、これであなたも立派な魔王の母君です……! 妃の務めを果たされましたね」


 一気に目が覚めた。

 目を開くと、そこはまるでどこかの城内の豪華絢爛(ごうかけんらん)な一室で、深紅のビロードの天蓋ベッドに私は横たわっていた。

 何かの間違いじゃないかと、視界を巡らせる。


「………え!!!!」


 ずいっと差し出された新生児にはふさわしくない真っ黒なおくるみを覗き込むと、端正な異国の顔立ちの赤ん坊が泣いている。見るからに純血の外国人の子どもだ。

 やっぱり私の子どものはずがない。


「ひゃあ、ひゃあ」


 動く小さな手が、おくるみを押しのけて、ふわっとずれ落ちる。

 その子の額には、小さいながら間違いなく二本の角が生えている。


「ーーーーーー!?」


 理解できない。なんなの、この生き物は。

 ガタガタ震える手で吐き気を抑えようと口元にやると、その肌の色が異様に白いことに気づく。自分が知っているよりも、はるかに細くて華奢な指に、思わず手のひらをみる。

 この手も私のものじゃない。


「マリア様、お加減が? 産後の肥立ちには気を付けなければ……」


 血の気が引くのを感じながら、恐る恐るその声のする方を見遣った。


 真っ赤な目、真っ赤な髪、鋭い牙。抜けるような白さ。

 そして、やはり羊の角のようなものが、額の両端に生えていた。

 美しい生き物ではあったけど、彼女は人間じゃない。


「マリア様!?」


 驚いた彼女の背中から、コウモリのような大きな羽が飛び出す。

 ひどい夢だと、誰か言ってくれればいいのに。


 思わず天を仰ぐと、悪趣味な天井は鏡ばりになっていて、私の身体がよく見えた。

 真っ白で華奢な身体に、美しい金髪、青い眼。まるで北欧の少女のような、透明感のある女の子が横たわり、その衣服や寝具は真っ赤な血にまみれていた。


 そして、そのベッドは恐らく、血液で描かれた魔法陣のようなものの中心に据えられている。


「こ、これは……」


 全身が震えだす。何が起こっているのか、まったくわからない。全身の血の気が引いていくのがわかった。すると、もう一人、近くから似たような女性が現れて、恐ろしい形相で私の腕を押さえつけた。


「ま、まずい……! こんな日に死なれては、ーーーー我々が魔王様に八つ裂きにされてしまう!」


 コツコツと神経質そうな足音がして、片眼鏡の燕尾服(えんびふく)の女性が現れた。長い髪を無造作にまとめ、冷ややかな美貌は感情を全く浮かべていない。

 その女性はためらいなく半狂乱の彼女から子どもを片手で取り上げた。


「人間の女よ。お前は今日から魔王の妃であり、後継者の母となる」


 その声は、男のものだった。男性だったのかと驚いた次の瞬間、突然頬を殴打された。


 カッと頭に血が上り、このまま憤死してしまいそうなほど腹が立つ。


 全身が痛くて、血まみれで、その上私は私じゃなくなっている。

 何もかも失って、どうしてこんな意味不明で理不尽なことを、受け入れろなんて、冗談じゃない。

 どこにぶつけていいのかわからない怒りを込めて、私は男を思い切り睨みつける。


「ほぅ……」


 面白そうに片眉を跳ね上げて、赤ん坊を両手で抱えなおし、その男はおもむろに膝をついた。


「確かに、あなたは今日からこの世界の魔王の妃。私が未来永劫(みらいえいごう)仕える方の伴侶。無礼を心より謝罪し、あなたに永遠の忠誠を誓いましょう……私の名は、アザゼル。魔界の序列9番……以後お見知り置きを」


 魔界……。


 その言葉に、絶句する。意識を取り戻して数分。

 いまだに何もわからないけれど、この生き物はどうやら悪魔らしい。


「あなたには、今日からこの次期魔王・バアル様を育てていただきます」

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