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伽耶のアジロ  作者: 長緒 鬼無里
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第一話

 四方に置かれた松明(たいまつ)が、パチパチと音を立てて火花を吹き出している。

 立ち昇る炎に照らされて、円状に並ぶ巨石の岩肌に、人の顔を思わせる不気味な影が浮かび上がる。

 その石の向こうでは、白装束に身を包んだ女たちが列をつくり、(ひたい)を地面に押し付けるようにして祈りを捧げていた。

 最前列の年長の女は、渦状の文様が彫られた石に向かい、榊を左右に振りながら奇声を発している。

 今は祈りの時間。ここにいる女たちは巫女なのだ。

 初めて目にするこの狂気的な光景を、俺は瞬きをするのも忘れて見入っていた。


 祭祀が終わり、巫女たちが立ち去るのを見届けた俺は、荷物を背負い直して広場の反対側に向かって歩き始めた。

 巨石と巨石の間には、丸い壺が載せられた筒状の壺台(つぼだい)が、等間隔に並べられている。

 その一つの前で足を止めた俺は、眉をひそめて大きなため息をついた。

 

(ああ、本当だ。ひどい(ゆが)みようだ)


 途中から「く」の字に曲がっているし、側面に描かれたアジロも形が揃っていない。

 今朝、粗悪品が混じっていることに気が付いた親方が、交換してくるように言ってきたのだが、想像していた以上にこいつはひどい。

 確かこれを作ったのは親方の二番弟子のはずだが、こんなものを作っているようでは、今後は格下げされるだろう。

 そんなことを心の中でつぶやきながら、俺は担いできた新しい壺台と粗悪品とを置き換えた。


(みろ。完璧だ)


 闇の中に浮かび上がる壺台を眺めて、俺は得意げに腕組みをした。

 腰高ほどある円筒形のそれは、歪むことなく地面から真っ直ぐ伸び、アジロと呼ばれる渦巻く縄目模様は、均一な形を保って連続している。


(おっと、新しい台の上に壺も移動させなきゃな)


 悦に入っていた俺は、ふと我に返って、粗悪品の上に置かれた壺を持ち上げた。


「これは、お前が作ったのか?」


 その時、足元からよく通る女の声が聞こえてきた。

 手にした壺を横にずらして視線を下げると、そこには白装束姿の女がしゃがんだ姿勢で、壺台に刻まれたアジロをじっと見つめていた。


「……」


「これ、お前が作ったんだろ? 見事なアジロだな」


 戸惑いながらも小さく頷く俺の顔を、女は輝く大きな瞳で見上げた。

 白い衣装に垂らし髪、目元と口元には鮮やかな朱がさされている。

 その容貌からして、さっき祈祷を行っていた巫女の一人に違いない。

 よく見ればまだ若い。

 俺よりさらに若く、少女と呼ぶ方がふさわしい年齢かもしれない。

 だが、強い意志が感じられる漆黒の瞳からは、少女とは思えない威厳が感じられた。


「……」


 突然現れた彼女に驚き、呆然と立ち尽くす俺から、少女は再び壺台に視線を戻して、指先でアジロをそっとなぞった。


「そうか、お前がこれを……」


「おい、クチナシ! 何をもたもたやってんだ!」


 その時、彼女の言葉を野太い男の声が遮った。

 振り返ると、肩で風を切って近付いてくる親方が見えた。


「これはこれは巫女様。こいつが何か失礼をしましたか?」


(いて!)


 巫女の存在に気が付いた親方は、バツが悪そうに首の後ろを掻きながら、反対側の手で俺の頭を強く叩いた。

 神の声を聞くことができる巫女は、この国では特別な存在として(うやま)われている。

 たとえ相手が少女であっても、庶民にとっては目上の存在なのだ。


「いや、この壺台があまりに見事なので、見せてもらっていたのだ」


 着物の裾についた土を軽く落として立ち上がった少女は、そう言って親方に笑顔を見せた。


「そいつはありがてえ。おい、クチナシ、お前の壺台を褒めてくださっているんだぞ。頭くらい下げろ」


 親方は嬉しそうに顔をくしゃくしゃにすると、今度は俺の後頭部を掴んで、無理やり下げさせた。


「すみませんねえ。こいつは土師(はじ)としての腕はいいんだが、口がきけねえんすよ」


「あ……だから、クチナシ……」


 思わずそう口にした少女だったが、次の瞬間気を使ったのか、はっと口元を手で塞いだ。


「そのせいで親にも見捨てられましてね。育て親の俺が名前もつけてやったんすよ」


 得意気に胸を張る親方に、少女は戸惑いの表情を見せた。

 そりゃそうだろ。

 こんな名前、最悪だ。

 正直、人前では呼ばれたくない。

 腹立たしさと恥ずかしさから、俺は(うつむ)いて壺を持つ手に力を込めた。


「ほら、用事が終わったらさっさと帰るぞ。ここは俺たちのような人間が、長居しちゃいけねえ場所なんだ」


 俺が自分の名前に不満を持っていることなど、夢にも思っていない親方は、そう言って帰り支度を急ぐよう、目で合図を送ってきた。

 それを見て、俺は仕方なく抱えていた壺を新しい台の上へ置き、撤収する台に縄をかけた。


「じゃあ、巫女様、失礼しました」


 俺が壺台を背負って立ち上がると、親方は少女に愛想笑いを送りつつ、早く行けとばかりに背中を蹴り上げてきた。

 思わずよろめいた体を立て直しながら後ろを振り返ると、さっきの少女がどこか寂しそうな表情を浮かべて立っていた。

 これが、俺と朱鷺(とき)との出会いだった。




 ここ、吉備国(きびのくに)はいいところだ。

 一年を通して温暖な気候で、海の幸にも、山の幸にも恵まれている。

 田畑が広がる広大な平野に点在する丘に登れば、南海道(みなみのわたつみち)(瀬戸内海航路)と、その先に伊予之二名島いよのふたなのしま)(四国)の山並みも見える。

 そんな吉備の中心部から少し離れた、横風を防げる山あいの集落に、俺たち土師の工房はある。

 ここで俺たちは、日常的に使われる(うつわ)から、祭祀用の神器(じんぎ)までを手分けして作っている。

 神器を作る土師は、確かな腕を持つ選ばれた存在なのだが、アジロを美しく彫る職人となれば、さらに絞られる。

 そんな中、幼い頃から親方に育てられ、技術を叩き込まれてきた俺は、十五の時から神器の製造に携わってきた。


「お前が口さえきけたら、俺の後継者にするのになあ」


 工房の隅で黙々と壺台にヘラを押し付けてアジロを描く俺を見て、親方は大きなため息をついた。

 俺はヘラ先から視線を動かすことなく、小さく笑って首を左右に振る。

 親にも見捨てられた俺を拾い、ここまで育ててくれた親方には心から感謝している。

 この先、この腕さえあれば、口がきけなくてもどこででも生きていけるだろう。


「おーい、焼きあがったぞー!」


 その時、外から俺たちを呼ぶ声がした。

 朝から広場で焼いていた壺台がようやく焼きあがったのだ。

 きりのいいところで手を止めた俺は、急いで焼き場へと向かった。


 

「相変わらず、お前の彫るアジロは素晴らしいな」


 まだくすぶる薪や藁を棒の先で押し除けながら、焼き場の責任者のオヤジが言う。

 やがて、黒い灰の中から赤い筒状の焼物が顔を出してきた。

 日の光に照らされて線刻に影が落ち、繊細な文様が浮かび上がる。

 今回も、まずまずの出来のようだ。


(ああ、これをまたあの人に見てもらいたいな)


 気がつけば、閉じた瞼の裏に、あの日出会った巫女の姿が映っていた。

 だが、直後に我に返った俺は、顔が熱くなるのを覚えて、周りの目を避けるように顔を伏せた。




 アジロはその昔、海を渡って吉備に攻め入ってきた、伽耶(かや)の一族が持ち込んだ文様とされている。

 大昔、彼らは筑紫島(つくしのしま)(九州)から、伊予之二名島を介してこの地へやってきた。

 鉄の武器を持つ彼らに当時の吉備国王が降伏し、王権を明け渡した後は、伽耶の(おさ)が代々この地を治めてきた。

 アジロとは伽耶の王家の紋章で、航海術に長けた彼ら海人族が代々引き継いできたものであり、家によって模様が異なるらしい。


 伽耶は残酷で非道なところもあったが、製鉄の技術を持ち込み、この国を著しく発展させた。

 また、海運にも長けた彼らは、大きな船が停泊できる港を造り、その後吉備は南海道屈指の貿易港として大いに栄えた。

 これにより国が潤い、生活も豊かになったことで、吉備の民も彼らを侵略者とはとらえずに尊んできた。

 だが、つい先日、そんな平和な日々を脅かす奴らがこの国にやってきたのだ。



 その日も俺は、祈祷の丘へ向かっていた。

 今度は、古くなった壺台の交換を親方に命じられたのだ。

 新しく焼きあがった壺台を背負い、縄で体に縛り付けて坂道を登り始める。

 今回は比較的小型のものとはいえ、土でできた壺台の重量はかなりのもので、額に汗が一気に噴き出してきた。


(……?)


 ふと、背中が軽くなるのを感じて、俺は後ろを振り返った。

 すると、そこには、顔をしかめながら必死に俺の荷を軽くしようと力を込めている朱鷺がいた。


「やっぱり、お前のアジロは美しいな」


 額の汗を手の甲で拭いながら、朱鷺はそう言ってにこりと笑った。




 

 その後、壺台の交換を終えた俺たちは、広場の隅の木陰に腰を下ろして、そよぐ風で汗を乾かした。


「お前とは、また会えるような気がしていたんだ」


 朱鷺はそう言って、木の葉の隙間から陽の光が降り注ぐ天を仰いだ。

 この前のように化粧はしていなかったが、汗に濡れた素顔も美しかった。


「……」


 先ほど置き換えたばかりの壺台を指差す俺を見て、彼女は首をすぼめて笑った。


「礼ならいいよ。お前のアジロを、私がもう一度間近で見たかったんだ」


 なんで言いたいことがわかったんだと目を丸くする俺に、朱鷺は今度は声をあげて笑った。


「ははは。私は巫女だからさ。お前の心の声も聞こえるんだ」


 ああ、と俺は心の中で驚きの声をあげた。

 すごいんだな、巫女って。

 神の声だけでなく、人の心の声も聞くことができるんだ。

 俺はこの時そう思い、妙に納得したのだった。


「なあ、クチナシ、これからたまにここで逢わないか? お前とこうして話をしていると、嫌なことも忘れられる気がするんだ」


「……」


 思いがけない申し入れに、目を泳がせている俺を見て、朱鷺はぷっと吹き出した。


「自分には話なんかできないって? 大丈夫だ。お前とは心で会話ができるから」


 なおも戸惑いながら、自分の汚れた衣を見回す俺の手を取り、朱鷺は大きな瞳でまっすぐ見つめてきた。


「口がきけなくても、どんな身なりをしていてもいい。私はお前に会いたいんだ」




 それから俺は、壺台を交換すると聞けば、すすんで運び役を引き受けるようになった。

 重い壺台を運ぶなど、どいつも嫌がる仕事だから、大抵の場合希望は叶った。

 壺台の置き換えは、朝夕の祈祷の終了を見計らって行われる。

 そのため朱鷺は祈祷後もその場にとどまり、俺の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「今日のアジロは、クチナシの手によるものではないな」


「……」


「ああ、今回は親方が作ったのか。確かに出来はいいが、お前が彫るアジロの方が繊細で私は好きだ」


「……」


「照れるなよ。本当のことを言っているだけだ」


 言わんとすることを的確に言い当てる彼女といると、俺は自分が口がきけないことを忘れられた。

 それと同時に、本当に巫女は人の心の声を聞くことができるのだと、その不思議な力に驚かされた。


「私にはお前の心の声が聞こえる。お前にも、私の心の声は聞こえているのか?」


 ふと、朱鷺が真面目な顔をして、俺の顔を見つめてきた。

 霊力どころか何の能力も持たない俺に、人の心など読めるはずがない。

 激しく首を左右に振る俺から視線を外して、朱鷺は大きなため息をついた。


「……そうか。そうだよな」


 そう言った朱鷺の表情が妙に寂しげで、俺はそんな彼女の横顔を、不思議な気持ちで見ていた。

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