はじめに
こちらの物語は、弥生時代の終末期、もしくは古墳時代の初期を舞台にしています。
日本国内に乱立していた国々が、ヤマト王権の元で一つにまとまり始めた時代。
強引に統合を圧し進めるヤマトと、そのことに抵抗感を持つ各地の国々。
そこには、少なからず衝突もあったでしょう。
今回は、そんな国の一つ「吉備」で暮らす、口のきけない土師「クチナシ」を主人公としました。
吉備(現在の岡山)の弥生時代の遺跡からは、特殊器台という筒状の焼物が多く出土しています。
特殊器台とは壺を置くための台で、祭祀に使われた道具ではないかとも考えられています。
側面には弧帯文と呼ばれる美しい文様が彫られており、形状が似ていることから、のちに出現する円筒埴輪の原型ではないかとも言われています。
土師とは焼物を作る職人のことで、中でもクチナシは、弧帯文(文中ではアジロ)を美しく描く名手と呼ばれています。
弧帯文には、何か意味が込められていたのか。
特殊器台から、どのようにして円筒埴輪へ変化していったのか。
弧帯文が取り除かれた円筒埴輪を見て、吉備の人々はどのような思いを持ったのか。
まずはそのあたりから、想像を膨らませていきました。
そして、奈良の纒向石塚古墳の周濠から発見された、弧帯文が彫られた木製の円板。
これは、一体誰が何のために作ったのか。
なぜ、周濠から見つかったのか。
そして、石塚古墳に埋葬されているのは誰なのか。
そんなことを考えながら、書いたお話です。
もしかしたら、こんな土師がいたかもしれないな……と、古代に思いを馳せていただけるきっかけになれれば幸いです。
※この物語はフィクションです。