終末のロボット(3)
「…単純だからこそ、発展もしたのかもね」
ほら、何処にでもあるじゃない。いじめってさ。私は被害者の一人だけど、きっと私よりも酷いことをされている人もきっといる。だから、大丈夫。
強がっていたら、ある日家から出れなくなった。制服が気持ち悪くて、他人の声が全て私を嘲笑うように聞こえるようになった。勿論、私の思い込みではある。いや、ストレスから心の病気になったと言う方が正しい。
「詩乃、ご飯だよ」
『いちいち呼ぶのめんどくさいから、さっさとしろよ』
違う。母さんはそんなこと言ってない。
部屋から出るのも恐くて、私を傷付けない本の世界に居たくて。私はそのまま寝た…
真っ白い世界。
「ここは夢? それとも、やっと死ねた?」
ぽかんと浮かぶようにシンプルな木の扉があった。何故かその扉を開けなくてはいけない気がして、ひんやりとしたドアノブにてをかける。
「…圧倒的…」
どこもかしこも、本だらけ。高い天井すれすれまで積み上がった本や、小さいテーブルの上の本。巻物、木簡、藁半紙に、あれは骨? まん中の空間には花柄のタオルケットが背もたれにかかったソファーがある。
「こんにちは」
ひょこりと本と本の間から女の人が顔を出した。黒髪の女の人はやさしく微笑み、私をソファーに誘う。
「…あんた、誰?」
私は違和感を感じない。
「私は結。この歴史博物館の管理者であり、最後の人間が造った最後のロボットでもあるの」
結は綺麗な黒髪を桃色のシュシュで結んでいる。日焼けを知らないような白い肌。頬をさくら色に染めているその容姿は、人間そのもの。
「で? その最後のロボットさんは、私に何か用でもあるの?」
「ずいぶん、ひねくれてるね」
「どーも」
「ただ、お話しがしたかっただけなの」
寂しかったから…。結の台詞が勘にきた。
「は? 私、あんたの暇潰しの為に呼ばれわけ?」
「…なんで、そうなるかなぁー」
結はあちゃーと首を振る。
でも、あいつは最後の人間と言った。それが本当なら、ここは未来だ。私はあいつに呼ばれたと推測するのが妥当だろう。
「じゃあ何? 私を未来に呼ばないと世界は滅ぶわけ?」
「まさか。地球はまだ滅んでいないし、人間が絶滅するのは君が死んでからずーーっと後の話」
結は正直に、ひねくれと中二病が混ざってめんどくさいね君。と言った。って、余計なお世話だ!
「でも、マジで迷惑。私にだって生活あるし」
「私は確かに、君を呼んだけどね。ここへ呼ばれて応えたのも、来たのも君の判断だよ。私は招待しただけ」
「は? 私、応えた覚えないんだけど」
「心の奥深く。それこそ核に近い部分で。本人に自覚がなくとも」
だって、やっと死ねた? って言っちゃう位に何処かに行きたかったんでしょう? と結が尋ねる。
「…っ、ははっ、あんたの方がよっぽど中二病な台詞だよ」
「けどね、君の言葉は一理ある」
結は眉を下げて、遠くを見た。
「タイムトラベルには移動時間がかかりすぎる」
血の気が引いていく。
「…っそれって、どれくらい?」
「今は、二日間」
じゃあ、前は? と私が聞くと、結は困ったように
「…一週間」
と、小さく答えた。
「ふざけんな! どうせ、私以外の人間も呼んだんだろ!?」
「はい…」
「事件じゃねえか! そのせいで、どれくらい周りに迷惑が掛かるか、想像したことあんのか!?」
「…」
「こっちが、安全だからといっても、そいつの親は何も知らないんだろ? 心配で眠れない夜を過ごさせたいのか?」
「…違う」
「じゃあ、親に周りに心配掛けるようなこういう事は止めろ!」
最後の台詞は、私自身に響いた。
私、親に心配掛けるような事ばっかりだ…。
「…でも、止めない」
「あ?」
結はぎゅっとスカートを握りしめてそう言う。
「自己中でも、自己満足でも、何も変わらなくても、私は足掻く。やらない後悔より、やった後悔を私は選ぶ!」
でないと、私が動いている意味がない。と言う結はきっと話をしたいだけではない。何かを伝えたいのだろう。
「…私は、足掻いたっけ?」
いじめに耐えることは、足掻いた事になるのだろうか? 「嫌だ」と、誰かに伝えた? 誰かに助けを求めた?
目から鱗が、こぼれ落ちた。
「私って、思ったよりも単純?」
「いいと思うよ。単純で」
結は笑ってそう言う。
「…単純だからこそ、発展もしたのかもね」
「え?」
「だってそうでしょ? 楽したーいって思ったから乗り物が発展して、おいしいものが食べたいって思ったから色んな料理ができた。単純だからこそでしょ?」
「それも、そうか…」
「まあ、その単純は時に狂気になるから、扱いには要注意だけどね」
目の前に山積みの本の中にはそれを物語るものが沢山あるのだろう。結はゆっくりと山積みの本を見回した。
「何か、ごめん」
「いいよ。よく解らないけど、さっきよりすっきりしてるね」
私は気恥ずかしさから頭を掻く。
「うん。溜め込んだ感情が爆発したら、すっきりした。自己中なのは私の方だ」
「じゃあ、君を呼んだのは正解だったね」
結は楽しそうに笑ってガッツポーズをした。
「私、頑張るよ」
「もう既に頑張ってるのに?」
「いや、周りを頼る事を頑張る」
「そっか。いいね!」
結は「頑張って」とは言わなかった。
「そろそろ時間だけど、聞きたいことある?」
「…私、大丈夫かな?」
「大丈夫。どうせ、人間は絶滅するんだから、後悔しないように生きるのが一番でしょ!」
すとん
心にその言葉が落ち着いた。
一見なげやりな台詞に聞こえるが、私に勇気を与えるのには充分だ。
「ありがとう」
「どういたしまして。ええっと…」
「詩乃。里山 詩乃」
「詩乃さん」
自分の名前を身内以外で悪意なく呼んでもらえるのは久しぶりだった。うれしいものだ。
「うわっ。急に眠くなってきた…」
「さよなら、詩乃さん」
「じゃあね、結」
最後に私の視界に入ったのは大量の本だった。
「…夢?」
布団から出て、時計で日付けを確認する。
「二日たってる!」
あれが夢で無いことが証明されたようで、嬉しい。
見るのもおぞましかった制服も、着てしまえば何て事は無かった。やっぱり、考え一つで大きく変わるものだ。
「詩乃! 二日も部屋から出なかったから、心配したぞ」
部屋から出てリビングへ行くと父さんが心配していた。そして、ワンテンポ遅れて私の制服姿に気が付く。
「私、学校行く」
その時の父さんの間抜けな表情が愉快だった。
玄関を開けるのはやっぱりまだ怖いが、外の風は心地いい。世界は厳しいだけじゃない。
「ポチ、久しぶり」
隣の柴犬に挨拶すると、黒い尻尾をブンブン振って喜んでくれる。どうやら、私を覚えているようだ。可愛いやつめ。
「大丈夫。どうせ、人間は絶滅するんだから」
足の震えが止まらない私は、校門の前でそう唱える。
私は教室のドアを開けて
「おはよう」
と、挨拶をした。
その時のクラスメイト達のバカ面は、一生忘れてやらない。
「詩乃さんの座右之銘はなんですか?」
「『大丈夫。どうせ、人間は絶滅するんだから、後悔しないように生きるのが一番』ですね。私の人生を変えてくれた言葉です」
「詩乃さんはどうして女優に?」
「私に勇気をくれた方へのメッセージです。もう会うことはありませんけど、きっと見てくれると思います」
私は、女優の道へ進んだ。色々あったし、勿論夢を諦めようともしたが、座右之銘が支えてくれた。
あの本だらけの歴史博物館だ。小説を書く事も考えたが、書かずとも書かれればいい事に気がついた。何より、私は単純で自己中だ。結の為に振り回されるのはごめん被る。まだ知らない未来の話。
所で、私には年上の従姉妹がいる。その従姉妹夫婦は共働きで娘をよく我が家で面倒を見ていた。
「あのね、しーちゃん」
「なに?」
「わたしね、未来にいってきたの!」
「…え?」
まだ誰も知らない未来の話_
今日の空です。
お付き合いして下さりありがとうございます!
今回は『未来の歴史』は
あまり出て来ませんでした。
座右之銘の悪用例。
「どうせ、人間は絶滅するんだから宿題はやーらない。テレビでも見よっと」
あらすじにも記載しましたが、この話は
『終末ロボット』シリーズと関連しています。
もしよろしければ、そちらもお読み下さい。
精進します。