巡り戻った文庫本
小学校の四年生か五年生の時だったと思う。夏休みの宿題としてゴム製の「蔵書印」を作った経験がある。自らが所有する本に捺印し、「これは俺の本だ!」と主張する為のハンコである。
図工の宿題として自作の蔵書印を選んだ理由は単純だった。祖父が持っていた蔵書印に憧れていたのである。書体の種類は知らないが、「カッコイイ!」と思った漢字で掘られた祖父の蔵書印。それと同じ自分用のハンコが欲しかったのだ。その事を祖父に話した処、消しゴムではなく、ゴムの板を使ったハンコの作り方を教えてくれ、その見本として私が憧れた蔵書印の印影を渡される。それを参考にして……、正確には完全な〈パクリ〉だったが、一辺が四センチ程の蔵書印を作った。
その一方、私はハンコの印影……、正確には、そこに掘られた漢字に興味を持っただけであり、それが「蔵書印である」という認識は全くなかった。
夏休みの宿題として学校に提出した後、担任の教師から、「何故、これを作ったの?」と尋ねられている。小学生が蔵書印を作った事に驚いたのは間違いないだろう。その時、私は、「字がカッコイイ!」とだけ答え、「蔵書印」という言葉は一度も使っていない。そもそも、この時、私は蔵書印という言葉すら知らなかったのだ。
実際に、この蔵書印を使う様になったのは高校生になってからである。入手した書籍……、それは、ほとんど古本屋で買ったものだが、「奥付」と呼ばれる著作者名や出版社名等が記されたページに自らが作った蔵書印を押した。しかも、読了した本のみに押印する。それは「この本は俺の物であり、読み終えている」という証しでもあった。
高校卒業後、私は大学がある東京で一人暮らしを始める。蔵書印が押印された本の大半は実家に残したままだった。
その実家も父親の仕事が関係して別の町へと引っ越す。その際、〈俺の本〉は了承なしに処分されてしまった。半面、その件に関して余り憤りを覚えていない。そこは、さすがに「東京」である。私が実家に残した本は数冊を除くものの、古本屋で安価に買えたからだ。
その上、ここには裏話があった。その詳細は割愛するが、本を勝手に処分した事に対する慰謝料的な意味合いの現金を貰ったのである。しかも、かなりの金額を……。
大学生になって以降、私は自作の蔵書印を押さなくなった。その理由は、ただ一つ。そのハンコも実家に置いてきた為だ。
蔵書印として小学生の時に自らが作ったハンコ以外を使う気にはならず、その後、「蔵書印を押す」という行為は一回も行っていない。
私は大学卒業後、ある会社に就職し、そこで出会った女性と結婚した。翌年には長女を、三年後には長男も誕生する。
そんな私も今年、還暦を迎えた。娘は嫁ぎ、息子にも子供がいる。つまり、「おじいちゃん」と呼ばれる〈身分〉なのだ。
自らが製作した蔵書印は「実家で紛失」という結末を辿る。一方、それが押された数冊の書籍は現在も所有していた。本自体は経年の劣化が進んでいるが、割と綺麗な状態だろう。もちろん、その印影も、しっかりと残されている。
私が勤める会社に近い駅前広場では時折……、確か年五回だと思ったが、古本祭りが開催されていた。その期間中、会社帰りに立ち寄るのを楽しみにしている。
ある時、私は、そこで懐かしい文庫本を見付けた。高校生の時に読んだSF小説だ。しかも、それは東京でも見付けられなかった数少ない一冊である。思わず手に取り、値段を確認すると千五百円もした。文庫本としては高額と言っても構わないだろう。もちろん、それ以上の金額が付く文庫本も数多く存在するが……。
(プレミアが付いたのか?)と考えながら、奥付を見ると、蔵書印が押されていた。しかも、私が作った蔵書印!
もちろん、即座に購入する。
自宅に戻り、念の為、購入した本の蔵書印と、元から所有している本の印影とを比べてみたが、全く同じものであった。
更に、買った文庫本を調べてみると、本の最終ページ……、「後ろ見返し」と呼ばれる部分に古書店の店名が入った小さな紙が三枚貼られている。私が所有していた時には付いていなかった筈だ。その店名が全て異なる点から、私の手元を離れた後、少なくとも三回は転売され、ここへ戻って来たのは間違いない。
(こんな事が、あるのか……)
そう考えながら、再び、蔵書印を見る。「奇跡」とも言える文庫本との再会に目頭が熱くなり始めた。そして、小声で呟く。
「お帰り」と……。
巡り戻った文庫本(了)




