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リプレイを基にした小説のようななにか

作者: 五十嵐 嵐

 あぁ、僕は本当に幸運だったのだ。

 あの船が巨大な何かに襲われ、僕らはみんな死んでしまうかと思った。

 でも、誰一人として死ななかった。そう、僕らは本当に幸運だったのだ。

 あれは・・・きっと神様なんだ。そうだ。名状しがたきあの方を名状しがたいと名状してしまうのは簡単なことなんだ。それじゃあ僕はあの方を・・・神と呼ぶことにしよう。


************************


「う〜ん、躁鬱の傾向がみられますかねえ。お薬を出しておきますので、気分が乗らない時は無理して何かをしようとする必要はありません。気分がいい時だけ、お仕事に行けばいいんですよ」

 初老の医者はそう言って、パソコンに私の記録を打ち込んだ。

「じゃあ、また二週間後にお会いしましょう。お疲れさまでした」

 会釈をして、診察室を出て行く。今は気分がすぐれない。私は幸運だっていうのに。

 薬局で薬をもらって帰路に着いた。

 あの事件以降、私はおかしくなってしまったようだ。私は自分のことを幸運だと思っているのに、ちっとも幸せじゃない。最近は落ち着いてきたけど、気が狂ってしまったせいでアナウンサーの仕事も休養中だし。気分がいい時に行く仕事はない。あの日みた何かを思い出そうとしても、心がそれを拒んでいるような・・・

 ああ、だめだだめだ。何を考えても辛くなる。こんな時はコンビニに寄ってあれを買うとしよう。

「いらっしゃいませー」

 入店音と同時に元気な女性店員の声が響く。うう、夕方のこの時間はあんまり好きじゃないんだけどなあ・・・まぁ、いいか。

 こんな時間に成人向けのコーナーに立ってるのは僕くらいだろう。うーん、もうほぼ買い尽くしたような・・・あっ、快◯天の新刊。今日が発売日だったっけ。

「ありがとうございましたー」

 さすがにこれだけ買うのは恥ずかしいので、一応夕飯も買ってきた。今日は幕内だ。

 あっ、なんか気分が良くなってきたかも。やっぱり私は幸運なのだ。新刊もゲットできたしね。

 そろそろ日が落ちてくる。日の入りも早くなってきた。肺の奥から息を吐き出すと、少しだけ白く曇ったような気がする。

 この時間のコンビニはあんまり好きじゃないけど、この時間の大通りは少しだけ好きだ。私の通る道を、街灯の明かりがポツポツと照らしてくれて、ヘッドライトを点灯する車がチラホラと現れる。私を待つ家に帰ろうって気分になる。やっぱり私は幸運なのだ。世界に私が一人だけになったような気分。あれ?気のせいか本当に人が少なくなったような?どうしたの?そんな顔で私を見て。みんな見てよ、この美しく光る赤いランプ・・・ん?赤?あれ?これは、車のヘッドライト。私に近づいてくる。あぁ、視界が白く染まって・・・これは、神からの贈り物?やっぱり私は幸運だったんだ。


************************


 目を開けると、そこは暗闇だった。さっきまでの人通りが嘘のように静まりかえっている。あれ、私はどうなったのだろう。はっ、そうだ、家に帰る途中に、確か、あれは、車にはねられて?う、うわぁ!私は死んだのか!?いや、じゃあここはどこだ!?何もない。暗闇。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い・・・

「あら、起きたのですね」

 その声は唐突に聞こえてきた。歌声かと聞き紛うほどに美しく透き通った声。はっと顔を上げると、そこにいたのは・・・

「女神、ですか?」

「はいー、女神です」

「えっと、その格好は・・・」

「あ、これですかー?実は呪われちゃって外せないんですよー。教会に行かないと呪いって取れないじゃないですかー」

「いや、ビキニアーマー、ですか?どうなんですか、女神として。っていうか、自分で外せばいいんじゃないですか?」

「あっ、確かにそうでしたー」

 女神が何か聞いたこともないような呪文?のようなものを唱えると、ビキニアーマーが外れて・・・って私はとっさに目を覆った。よく考えなくても、あれ外れちゃったら全裸なんじゃないの!?

「目を開けてください」

「いやいやいや!開けられるわけないじゃないですか!第一ここはどこであなたは誰なんですか!?」

「まぁまぁ、大丈夫ですからとりあえず目を開けてください」

 恐る恐る目を開けると、そこには女神の美しく透き通った肌が・・・ん?なんだこの謎の光は。ちょうど女神の大事な部分を隠すようにどこからともなく光が降り注いでいる。えっと、光源はどこですか?

「実はあなたは死んだのです」

 女神は普通な感じで話しているが、こちらとしてはいろんなことが気になって仕方がない。光源とか。

「えっと、薄々感じてはいたんですけども、じゃあここはどこですか?」

 人差し指を口に当てうーん、と考えるそぶりを見せた後女神は

「転生の間です」

 と答えた。

「いやいや、その名前絶対今考えたでしょう!?っていうか転生ってなんですか!?漫画じゃあるまいし!」

「あなたは死んだのです。私の手違いで」

「は?」

「新作の術を試していたら、ちょっと間違えちゃって」

 舌を出し、テヘっ☆と言う効果音が見えてきそうな表情をする女神。

「だからあなたを転生させます。あっ、でも同じ地球に転生させることはできないので、別の世界にね」

 なんかもうツッコミどころ満載だが死んだなら一層の事殺して欲しいんだけど。

「あの、私は生きるのが辛いんですけど」

「お願いします」

「どうせ転生したって何もいいことなんかない」

 私は幸運なのだ。死ぬことができて。

「いやでもこのままだと私の責任になっちゃうので、生き返ってください」

「いやこのまま死なせてください」

 女神はニッコリ微笑むと

「わかりました。もう行ってください」

「え?」

 女神がまた呪文のようなものを唱えると、唐突に天井から光が降り注いできた。そのまま光は私のことを飲み込み、薄れゆく意識の中私が最後に見たのは、満面の笑みで手を振る女神の姿だった。


************************


「うーん・・・」

 暖かい日差しが降り注ぐ。草木がそよ風に揺られる中私は目を覚ました。見渡す限りの緑。ここは、草原?

 ここはどこだろう。日本ではないような。はっ、そういえば私は転生?したのだろうか。だとしたらここは私の知っている地球ではないのかも。立ちあがり、あたりを見渡すと私の体に何かが触れた。

「うわええ!」

 思わず身構えてしまったが、そこにいたのはみすぼらしい格好をした少女だった。長い黒髪にくりっとした大きなエメラルドの目が美しい少女だが、着ている服は麻の服のようなものだけだった。なぜこんな小さな女の子がこんなところにいるのかとか、この世界のこととか聞きたいことはたくさんあったけど、とりあえず言語が通じるかどうか話してみることにした。

「えっと、君は?」

「サンディ」

 よかった。日本語で会話できるみたいだ。少しだけ頭痛がするような気もするけど。

「サンディっていうの?どうしてそんな格好を?」

「お金がないの」

 お金がないのにどうしてこんなところにいるんだろうか。とりあえず着ていたジャケットをはおわせてあげた。

「えーっと、サンディ、ちゃん?僕はこの世界のことがわからないから、近くの町まで案内して欲しいんだけど」

 サンディと名乗ったこの少女はこくりと頷くと、私の手を引いておそらく町のある方へ駆け出していった。

 

************************


 時々見たこともない動物に遭遇したが、無事に町にたどり着くことができた。町は中世ヨーロッパのような作りをしており、過去にタイムスリップしてきたようだった。町を歩く人々はほとんど人間のように見えるが、ツノがあったり、身長が小さかったり、逆に大きかったりしてやはりここは地球ではないことを思い知らされる。町の周りには要塞が築かれ、町の中央と思われる場所には堅牢な城が建っている。

「な、なんだこれは・・・」

 ここまで異世界を強調されるものを一度に見せられると、さすがに今までの出来事を信じざるをえなくなる。頭の端で、実は夢なんじゃないかとずっと思っていたが、ほっぺをつねってみても痛いしやっぱりこれは現実なのだろう。

「こ、ここは?」

「グランフェルデン。古きを温め新しきを知る。古き王都”グランフェルデン”」

 私をここまで連れて来てくれた少女はこちらを見ずに淡々と応える。年相応の女の子かと思っていたけど、実は結構落ち着いた子なのかも?

 再びサンディは私は引っ張り走り出した。

 入ってきた門から続く長い道を抜けると、円形の広場に出た。そこは鎧や剣を身につけた兵士のような人たちが闊歩していた。

「サンディ、あの子たちは?」

「冒険者。この世界の仕事の一つ」

 冒険者、なんて異世界っぽい響きだろうか。まぁ私には関係のない仕事だけど。

「ところでどこに向かっているんだい?」

「神殿。あなたはこの世界の人間じゃない。見た感じヒューリンのようだから、太陽神アーケンラーヴ様の加護を受ける必要がある」

「ア、アーケン?神の加護?どうしてそんなことを?」

「ダナン様にそうしろって言われた」

「ダナン?誰それ?その人も神様なの?」

「この世界を作った偉大な神様で、あなたをここに連れて来た人」

「ん?僕をこの世界に連れて来たって、もしかしてさっきあったあの人?」

「わからないけど、多分そう」

「ええ!?あのダメそうな女神が、この世界の創造主!?本当なの・・・?」

「私はダナン様に会ったことはない。から、わからないけど・・・」

 サンディは少しだけ肩を落とした。そんなにすごい人なんだろうか、あの女神。

 広場を抜け、高級そうな家が立ち並ぶ住宅街の中心にその神殿はあった。サンディ曰く、この神殿はこの世界の七つの神を信仰している七大信仰らしく、それぞれの神の信者が来るため神殿は常に人で賑わっているそうだ。荘厳な神殿は私の知る限りのロマネスク教会に似ていた。

 サンディは教会に入ると一人の背の高い神官に話しかけた。スラリとした長身にキリッとした眉が美しい、ザ・二枚目と言うべき男性だった。よく見ると耳が普通の人間よりもピンと突き出している。これは、まるでゲームや漫画に出てくるエルフのような耳だ。

「熱盛イヅルさんですね?」

「えっ、あっ、はい」

 現実世界では見たこともないようなイケメンの神官に見とれていたら、彼が突然声をかけてきた。

「私は、ここ、グランフェルデン大神殿の神官長を務めております、ソーンダイクと申します。イヅルさんあなたが今日ここに来ることは神のお導きにより承知しておりました。ようこそ我が教会へ。さあ、洗礼の準備はできております。こちらへどうぞ」

 そう言うとソーンダイクと名乗った神官は、私の手を引いて神殿の奥へと向かっていった。それにしてもこのイケメン、かなり若く見えるけどもう神官長をやっているなんて、いったい彼にはどれほどの実力が・・・じゃなくて!

 どこに向かわされているかわからない中、私は現状を説明しようと試みた。

「えっと、ソーンダイク、さん?こんなこと言っても信じてもらえないかもなんですけど、実は私この世界に来てまだ全然時間が経っていなくてですね。この街以前にこの世界のことが全然わかっていないんですけど・・・」

 今まで女神やらサンディやらに流されるままについてきたけど、よく考えてみたら異世界から転生してきましたー。なんて言われてはいそうですかと信じる奴なんていないだろう。そう思ってソーンダイクに話しかけてみたが、実際自分のことをどう説明していいかわからずに口ごもっていると、ソーンダイクの方から思いもよらない言葉が飛び出してきた。

「イヅルさん、わかっています。あなたが別の世界からこの世界に来たこと。女神ダナンからのお告げによって全て聞かされています」

「えっ、でも、いくら女神の言葉でもそんなこと信じられるんですか」

「神の御言葉は絶対なのです。神がカラスは白いといえば、カラスは白いのです。ですから私は、あなたのことを信じます。あなたが何を言おうと」

 はーー。これはすごいや。ここまで信仰深いなんて。いや、これはもはや信仰というよりは崇拝のレベルでは?

 なんだかわからないけどこの神官はとりあえず私のことを全面的に信用してくれているようだ。

「じゃあ信用してくれているついでに聞きたいんですけど、今から何をするんですか?なんかずっと地下のほうに向かっているような気がするんですけど」

 手を引かれるがままについてきたのはいいが、神殿の一番奥の部屋からずっと階段を降りてきている。地上の光なんて届くわけもないし、申し訳程度に壁の両側に灯っているランタンと地下へ伸びる螺旋階段は否応なく私の体に恐怖感を与えてくる。ソーンダイクさんは悪い人には見えないから、変なことをされるわけじゃないとは思うんだけど。

「神から洗礼を受け、加護を受けたまわるのです」

「洗礼、ですか?」

「はい。この世界に生まれたものは皆幼子のうちに洗礼を受け、神のご加護を賜っているのです。洗礼と言っても、我々神官が神の代理として禊を行い、神より授かりし呪文によってそのご加護を与えるのです」

「それって絶対にやらないといけないんですか?」

「基本的には受けるべきです。神のご加護がないと、この世界より受ける負の部分より受ける影響が大きくなり、闇落ち、早死にする危険性が高まります。様々な事情で洗礼を受けられない方もおりますが、基本的にそういった方は満足した一生を送ることができていません」

「た、確かに大切なことかもしれませんね・・・」

 あんのクソ女神、そんな大切なことも言わずにこの世界に俺を放り出したのか。サンディに出会えていなかったらどうなっていたことか。

「あ、そういえば私と一緒にいたサンディという女の子は一体何者なんですか?お知り合いのようでしたが」

「彼女は神の使いです。普通は神殿や教会にしか顔を出さないのですが、あなたの場合は特別でしょうね。さあ、着きましたよ。ここが我がグランフェルデン大神殿が誇る、泉の間です。ここであなたに洗礼を行います」

 ソーンダイクが呪文を唱えると目の前の石扉が青く光り、左右に開いた。その扉の奥の光景は今まで見てきたどんな光景よりも美しかった。地下とは思えない広さのその部屋は光は届いていないはずなのに青白く輝いていた。洞窟の壁から多数突き出した水晶のような石のかけらが、自らを光源として発光し部屋中を照らしていたからだ。部屋の中央には大きな水たまりがある。おそらくこれがこの部屋の名前の由来となった泉だろう。曇りなく透き通った泉の水は、部屋中から発せられる光を反射してより一層美しさを増していた。

「あの、洗礼って何をやるんですかね...?」

「大丈夫ですよすぐに終わります。イヅルさんがすることは泉の水に浸かってからだを清めることだけですから。あ、でも水は少し冷たいのでちょっとだけ我慢してくださいね」

 ソーンダイクの言った通り、洗礼はすぐに終わった。冷たい水に浸かって、彼の口から発せられる言葉とそれに共鳴するように美しく光る水晶を眺めていただけだった。

「おかえり」

 洗礼から戻るとサンディが私のことを迎えてくれた。

「ただいま。サンディ、この後はどうするの?僕この街に宿なんて持ってないんだけど」

 こちらに来てからどれほどの時間が経ったかはわからないが、日が落ち始めていた。よくよく考えてみれば、この世界に私の家なんてないし、あまつさえ私の持っている日本円がこの世界で流通しているとは思えない。

「こっち」

 サンディは再び私の手をとって歩き出した。

「イヅルさん!洗礼初日は魔物に狙われやすくなっていますので、壁外には出ないようにしてくださいねー!」

 ソーンダイクの忠告に会釈で返事をして、私はサンディに連れられて神殿を後にした。

 通ってきた高級住宅街を戻り、先ほど通った円形広場を反対側に抜けると、再び多くの住宅が顔を現した。神殿付近の住宅街ほど立派な家ではないが、日本で住んでいたアパートに比べれば比較的マシな戸建て住宅が並んでいた。まさかサンディは夢にまで見た一軒家までもプレゼントしてくれるのだろうか?だとしたら異世界転生も悪くないかも!

「ついた」

 期待に満ちて顔を上げるとそこには・・・こう、なんとも年季のある、いわゆる、ぼろアパートが・・・

「これじゃあ俺の家とほとんど変わらないじゃねーか!!」

 案内されたのはいかにもと言った様子のボロアパートであった。途中で公園を抜けて進んできた住宅街のはずれにあるそのアパートの真後ろには城壁があり、正面に沈みゆく夕日もとい西日が見えるということは、このアパートに日が当たるのは昼間から夕方にかけてということになる。朝日の当たらないそのアパートは、あまり人が住んでいないのか、ほとんどが空室であった。

「ねえサンディ、もうちょっとマシな家はなかったのでしょうか?」

「ダナン様からの伝言『予算不足☆』」

「あんのクソ女神ぃ。まあそれでも野宿するよりかはマシか」

 だいたい女神が予算不足とかわけがわからない云々などと不満を垂らしていると、サンディが一枚の紙を差し出してきた。

「これ」

「ん?なんだこれ。えーっと、契約書。以下の者が101号室を使用することを許可する。熱盛イヅル様。家賃5000G。支払いは毎月の第四月曜日に。サンディ?」

「なに」

「今日って何年何月何曜日?」

「火の暦1023年10月23日月曜日」

「サンディってお金持ってるんだっけ?」

 サンディは麻の服のポケットをガサゴソと漁ると、一枚のコインを取り出した。

「これは何Gなの?」

「500G」

「ちなみに一月は何日だい?」

「30日」

「ってことは来週までに5000G用意するのか」

 サンディはこくりと頷いた。

「・・・無理だろ!!!こっちの世界の放り出されてまだ1日も経ってないのに借金5000Gってなんだよ!払えるわけねえだろ!っていうかどうやって稼ぐんだよ!!!」

 久しぶりに大きな声を出した。俺、まだこんな声でるんだな、ハハハ・・・

 やっぱりいいことなんて何もなかった。今日だって1日サンディに振り回されただけだし、念願の一戸建てかと思いきや借金があるし。はぁ、生きてても何もいいことなんて・・・

 その時、サンディが私の袖を引っ張っていることに気づいた。

「これ」

 サンディはどこから取り出したのか、もう一枚の紙を私に手渡してきた。

「何だよ、これ。なになに、冒険者シート。・・・冒険者?」

 もう次から次へと脳の処理が追いついていないので、サンディに答えを求めるしか今の私には術がない。

「これは何?」

「冒険者シート」

「それはわかるんだけど、僕に冒険者になれっていうの?」

 サンディは首を縦に振って返事をした。

 ハハ、もうわけがわからないや。そうだ、これはきっと夢なんだ。寝て起きたら、きっといつものアパートで目がさめるはずだ。そうに違いない。パ◯ラッシュ、僕もう疲れたよ・・・


************************


 空腹で目が覚めた。そういえば昨日の夜は何も食べずに寝てしまった。

 体を起こしてあたりを見渡すと、そこは真っ暗なボロアパート。明かりをつけると傍らには寒そうな格好で毛布にくるまって眠る少女が一人。ここはグランフェルデン王国。お父さん、お母さん、私は今日、冒険者になります。

「って、そうだよなぁ」

 寝ても冷めてもここは異世界。どうやら夢じゃないようだ。昨日ふてくされて寝る前にサンディがペラペラ話していた情報によると、一週間で5000G用意するには冒険者になるしか方法はなく、またここの住民はヒューリンーこちらの世界の種族で、私もこの種に属するらしいーはその身体能力を生かして基本的に冒険者になるものだと思っているらしく、この都市でヒューリンが生活して行くには冒険者になるしか道はないという。

 はぁ、こうなりゃもうヤケだ。

「サンディ、起きてくれ」

 軽く体を揺すってみるが起きてくる気配はない。

「おーい。サンディ」

 今度はもう少し強く揺すってみる。小さな手で瞳をこすり上半身を起こしたが、数秒その姿勢で固まったのち、ばたりと再び倒れこんでしまった。

 まさか、この子朝弱いのか。そりゃそうか、まだ小さいんだしな。

 なんども眠りそうになるサンディをかろうじで起こすと、どうしたら冒険者になれるのか聞いてみた。

「むにゃ、しんでん」

 それだけ答えるとまた深い眠りについてしまったので一人で神殿に向かうことにした。

 昨日の記憶を頼りになんとか神殿までたどり着くことができた。まだ朝は早いのに、神殿には結構の人が集まっていた。

 私はソーンダイクを探し出すと、ことの顛末を伝えた。

「なるほど、冒険者ですか。確かに一週間でそれだけのお金を稼ごうとすると、冒険者になるのが一番いいと思います。それではこちらの冒険者シートに名前と身体データを記入してください」

「あ、それ持ってます」

「そうでしたか、データの計測はこちらで行えますので彼女にお気軽に相談してくださいね」

 ソーンダイクが示した方向を見るとケモミミと尻尾の生えたナースがいた。金髪にケモミミ、ピンクのナース服に隠れた豊満な胸。まるで漫画の中からそのまま飛び出してきたかのような人だ。彼女はおそらくヴァーナという種族だろう。

「えっと、新規冒険者の方ですか?」

「はいそうです」

「あぅ、じゃ、じゃあまずはこちらに」

 こらこら、そんなにオドオドするでない。手をそんな風に体の前で組んだら自前の爆弾というか秘められし可能性がだな。

「イヅルの変態」

「えっ、サンディ!?いつの間に」

 こいつ、寝てたんじゃなかったのか。

 身体データというのは身長や体重、視力聴力といったごく普通のもので、いつもの健康診断と何も変わらないものだった。

「それではこちらにどうぞ」

 全ての身体データを記入し終えたら再びソーンダイクに連れられて神殿内の不思議な部屋に連れてこられた。昨日の泉の部屋に比べると、こぢんまりした部屋で明かりもランタンがドアの横にあるだけで薄暗い。

「冒険者シートを持ってここに立っていてください。終わるまで動いてはいけませんよ。それでは始めますね」

 ソーンダイクは呪文を唱えることはせず、部屋の壁に触れた。すると、足元から青白い光が溢れ出し、私の体を包んだ。薄暗くて見えなかったが、私が今立っている部屋の中央の床には魔法陣が書いてあり、そこが光っているようだ。

「冒険者シートをみてください」

 ソーンダイクの言葉に従って私は冒険者シートを見た。すると今まで空欄だった、能力値やHP、MPといった欄に文字が浮き出してきた。次第に光は薄れ、全ての欄が文字で埋まった。数十秒ほどの出来事であった。

「はい、これであなたも立派な冒険者です。あとは武器や防具を購入するだけですね」

「えっ、これで終わりですか?」

「はい。装備を揃えれば、依頼を受けることもできますよ」

「もうですか!?」

 冒険者シートを見ると、メインクラス:ウォーリア、サブクラス:シーフと書いてある。スキルの欄にも幾つかの単語が並んでいる。

「なんか、全然実感がわきませんね」

「そうですねー。今の時代は誰でも簡単に冒険者になれますからね。あ、こちら新冒険者の記念です。これで装備を揃えたりしてくださいね。依頼を受けるには神殿受付のアリエッタに聞くか、冒険者ギルドに行くことをお勧めします」

「神殿でも受けられるんですね」

「はい、あちらのアリエッタにお尋ねください」

 部屋から出てソーンダイクの示した方を見ると、小さな女の子が冒険者であろう人たちの対応に追われていた。

「それでは、良い冒険者ライフを」

 そう言うとソーンダイクは神殿の奥に消えていった。

「イヅル、腹減った」

 いつの間にかそばにいたサンディの言葉を聞いて、昨日から何も食べていないことを思い出した。

「飯、食いに行くか」

 今日はやることがたくさんあるな。まず、腹一杯ご飯を食べて、装備を買って、サンディに新しい服を買ってやって。はぁ、お金足りるかな。


 こうして、私熱盛イヅルの冒険者としての生活は幕を開けた。愉快な仲間たちに出会うのはこれから三ヶ月後のお話。私の第二の人生が今、幕をあける。

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