聖槍は光を放ち
申し訳ありません。全話のあとがきで予告していた投稿時間よりも、遅れてしまいました……
冬休みって以外に忙しいと思いました。まさか活動報告を上げる時間も無いとは……!
紫暮は鬼々童榊魔天獄をきっと睨みつけた。その目はやはり激しい意思によって燃えたぎっていたが、その内側では次のような事を考えていた。
(鬼々童榊魔天獄……やつに勝利することは難しいだろう。さっき行ったのが、僕の全力の攻撃。だけど、やつには通じなかった。逆に、やつは指先一本を軽く弾くだけで、僕を吹っ飛ばした。槍のお陰で傷は治っているけれど、まだ頭がぐらぐらしている……どうすればいい? 見ろ、やつは笑っている。今から僕をじわじわと痛めつけるのが楽しみだというかのように。このままだと、僕はやつに殺されるだろう。かといって、逃げてもこの地獄という世界に殺されるだろう。実際、僕の体内にある生命力が、じわじわと減っているのが分かる。この世界に奪われているんだ。アーサーさんと次郎さんを見つけて合流するべきか? いいや、今彼らがどこにいるかは分からない、そもそもあの鬼は僕を逃がす気などないだろう。どうする? 残っている選択肢は、もはや無いのか? 死しかないのか?)
紫暮はがくりと膝をついた。鬼々童榊魔天獄はにやりと笑いながら言った。
「そら、どうした? 小童。絶望でもしたか? それとも、死を受け入れることにしたのか? どちらでも良い、この地獄にはお主を殺しても、あと2匹の獲物がおるのだからのう。ふん! とっとと死ぬが良い!」
鬼々童榊魔天獄は紫暮の頭を握りつぶした。頭を無くした彼の体はどたりと、血を流しながら横たえた。鬼は彼の死体から背を向けると、
「ふん、フォイル・ファイアマン殿から警戒せよと言われていたが、大したことなかったのう。奴の願いが叶ったあかつきには、初めに奴を殺すのも良いかも知れぬのう。奴はかなりの強者じゃ、向かい合っているだけで体が疼いてくるのう。魔法使いのみの世界とやらが完成するまでは、付き合ってやろう。さて、残り2匹の獲物は、どれ、あちらか」
紫暮の意識は朦朧としており、さながら夢の中の世界で過ごしているかのような感覚であった。彼はぼんやりとした目を開いた。そこは白とも、黒ともつかず、どこが上でどこが下なのかも分からない空間であり、彼は妙な浮遊感を味わっていた。彼は意識を少しずつ覚醒させながら考えた。
(ここは……そうか……僕は死んだのか……鬼々童榊魔天獄に殺されて……ここはあの世かな? 随分と殺風景なところだ……ああ、この光は安心する……温かい光だ、優しい光だ……もう、何もかもどうでもいいや。このまま目を閉じていよう……そうすれば、辛いことも全て忘れてしまえそうだから……)
と彼は目を閉じようとした。しかし、完全に目が閉ざされる直前、彼の目の前に映像が浮かびあがった。その映像には、紫暮と黒羽の二人が映っていた。彼らは、石畳の端にいくつも桜が植えられた、桜並木の下で向かい合っていた。紫暮は、黒羽に手を差し伸べながら言った。
「黒羽、僕は素敵な女性だ。少なくとも、僕がこれまでに出会ってきた女性よりも、遥かに素敵な女性だ。君の微笑みは僕の心を優しいものにしてくれる。君がそばにいる毎日は、どれだけ素敵なことなのだろうと考えてしまうんだ。そして、その生活が実現できたのなら、それはとても幸せなことだ」
「紫暮、私もそう思っているわ。けれども、私はあなたが思っているほど、大した人じゃないわ。話せないことだって、沢山あるわ」
「構わないよ。その隠し事がどのようなものかは分からないけれど、少なくとも秘め事がある女性には、魅力がある」
「ありがとう。けれども、私はあなたの手を握ることはできないわ」
「黒羽、僕は一生を君に捧げるつもりだ」
「一生を? おかしな人ね」と黒羽は微笑んだ。
「私なんかにそんな事を言うなんて。ねえ、紫暮。あなたは、本当に私に全てを捧げてくれるのかしら? ずっと、私と一緒にいてくれるのかしら?」
「もちろん、何があろうとも」
黒羽は紫暮の手を取ると、口づけをした。そのとき、少しだけ風が吹き、たくさんの桜の花びらが舞い降りた。
こうした映像を始めとし、二人の恋人が仲睦まじく、幸せな時間を共にした様子が次々と浮かび上がっては、消えていった。紫暮はこれらを見て、次のような感想を思い浮かべた。
(そうだ、このときは幸せだったなあ。一緒に過ごして……これが燈馬想というやつなのだろうか。このまま、思い出に満ちたまま消え行くのも悪くはないな……)
と彼は目を閉じた。彼の意識は少しずつかすれていった。すると
「それで良いのか?」という声が紫暮の耳に届いた。その声は、男性の声とも、女性の声ともつかない、不思議な調子の声であった。紫暮ははっきりとしない意識で答えた。
「良いのさ……もう、何もかもがどうでもいいんだ……このまま、幸せを抱えたまま死ねるのなら……」
「本当にそれで良いのか? もう一度目を開いてみたまえ。これを見ても、まだ幸せだと言えるのか?」
紫暮は目を開いてみせた。そこには、傷だらけになった黒羽が、紫暮を優しく抱きしめながら炎に包まれる光景が映し出されていた。彼はそれを見ると、体を震わせた。やがて雨が振り、炎が消えると、紫暮は目を覚ました。彼は見渡す限り何もない、焦げた地面が露出した荒野に立っていた。全てを喪った男はうつろな目で、辺りを見回していた。
「黒羽……? これは夢なのか? そうに違いない。こんなことありえない。夢だ、夢に違いない……黒羽が死ぬわけがない……悪夢だ。悪夢だ! さっさと覚めてくれ!」
紫暮はよろよろとしながら、まっさらとなった大地をあてもなくさまよった。彼の歩みには生気が感じられず、雨に濡れることも構わないといった調子だった。やがて、膝をついた。彼は、両手のひらを少しの間見つめると、絶望と体力の限界によって倒れた。
そこでこの映像は終わっていた。誰とも知れない声は言った。
「さあ、もう一度聞くとしよう。このまま全てに身を任せ、安楽の元に死ぬ事もできる。しかし、槍を使う力があるのならば、今一度その肉体を再生させ、生き返ることもできる。どちらを選ぶ?」
紫暮は歯ぎしりをし、拳を力強く握りしめた。彼の中には、激しい復讐の意思が再び芽吹き始めた。彼は叫んだ。
「一度は復讐を忘れた自分が情けない! この世に、死者を復活させるような魔法は存在しない。それは、魔法について調べて、真っ先に分かったことだ。黒羽は生き返ることはない。だからこそ、僕は絶望に沈み、虚無を覚え、怒りを発生させ、復讐すると決心したんだ! フォイル・ファイアマン! お前こそが、今の倉持紫暮という男の創造主だ! 待っていろ、待っていろ。どんな障害があっても、全てを乗り越え、復讐の刃でお前の喉を、魂を貫いてやる!」
「それで良いのだな? よろしい。この遺物が司るものは“意思”! その意思を忘れないかぎり、聖槍は主に力をもたらすだろう。主は寄り添うだろう」
紫暮の意識はたちまちのうちに覚醒した。彼が握りしめている槍から、強い光が放たれると、彼の肉体はすっかり元通りに再生した。鬼々童榊魔天獄はその光に気がつくと、振り向いた。そこには、敵に向けて槍を構え、闘争心をむき出しにしている紫暮が立っていた。しかし、彼のほっそりとしていた肉体には、魔力によって筋肉が宿り、頑丈さと怪力が宿っており、髪も灰色ではなく、白色へと変色しており、その長さも、腰ほどまで伸びていた。彼の目は、金色の、スッキリとした光が放たれていた。肌には、虎を思わせるような、光の文様が浮き出ていた。そのうえ、槍の形状も先ほどのものとは違う形に変化していた。槍の先端は二股に分かれており、柄の部分も天使の翼と茨とを思わせるような装飾へと変化していた。紫暮は言った。
「どうやら、僕は今までこの魔法、この槍の力を発揮することができていなかったようだ。それは、決して折れることのない強靭な意思が無かったからだ。僕は今まで、復讐など不可能だと心のどこかで思っていた。けれど、今度はそんな事は思わない。どんなことがあろうとも、僕は復讐を貫いてみせる! 僕はフォイル・ファイアマンに全てを奪われた、ならば同じようにフォイル・ファイアマンの全てを奪わなければならない! やつの計画を粉々にし、絶望の奈落に突き落としてから殺さなけれなならない!
この槍の名は、聖槍ロンギヌス! さあ、鬼々童榊魔天獄。お前が僕の前に立ちはだかるというのなら、粉砕してやる!」
鬼は乱杭歯をむき出しにしながら大笑いすると、叫んだ。
「良いだろう! 聖槍ロンギヌス! キリストを死へと追いやった槍。キリストの血を浴び、奇跡の一欠片を宿した槍。まさかこんなところで見ることができるとは! そして、復讐と来た! 復讐! それは人間が持つ感情の中で、一番強いエネルギーを持つ! 良いだろう、良いだろう! 改めて名乗ろうではないか。我が名は鬼々童榊魔天獄、人間共からは『鬼の王』『あやかしの王』と呼ばれている。あらゆる暴虐の化身であり、地獄の創造主であり、神々すらも粉砕する天魔である!」
「倉持紫暮、お前を殺し、フォイル・ファイアマンの全てを奪う復讐者だ。さあ、鬼々童榊魔天獄。そこをどいてもらおう」
二人は凄まじい速度でぶつかりあった。紫暮は槍による連撃を行い、鬼々童榊魔天獄は拳による攻撃をいくつも放った。彼らの動きはまさに神速といっても良いほどであった。槍の先端と、拳がぶつかりあう度に、火花が散り、けたたましい音が鳴り響いた。こうした攻防を行っているうちに、地面は衝撃によって粉々に砕け散り、砂埃や小石が空中に撒き散らされていった。
紫暮は大きな雄叫びをあげた。すると、槍の刃と同じ形をした、槍と同じ長さほどもある光の刃が、槍の先端に現れた。鬼々童榊魔天獄は言った。
「小童め、凄まじい魔力よ、そのうえ聖なる力も秘めている。悪魔、あやかしであるこの我の大嫌いな光じゃ。良いだろう、その攻撃、受けとめてみせよう! 打ち砕いてみせよう!」
紫暮は鬼々童榊魔天獄の元へと跳躍し、槍を振るった。鬼々童榊魔天獄もまた、ひときわ強く握りしめた拳を勢い良く突き出した。両者はこれらの攻防を終えると背中合わせに、数メートルの距離に立った。紫暮の槍の光と、肌の文様が消え、髪と目は元通りになった。その直後、鬼々童榊魔天獄の体は縦に真っ二つとなり、血を吹き出して倒れた。
まばたきをすると、地獄の風景は消え去り、ライブハウスの薄暗い空間へと戻っていた。紫暮のそばには、返り血を浴びた次郎とアーサーが立っており、彼らは符や刀、聖剣とそれぞれの武器を手に持っていた。そして、その3人のそばには真っ二つとなった鬼々童榊魔天獄の体が転がっていた。
はっとしたアーサーは言った。
「これは、元の場所に戻ったのか? そして、この死体は間違いなくあの鬼のもの。次郎君、君がやったのかい?」
「いや、違うな」と次郎は答えた。
「俺は、倒せども倒せども終わりが見えないほどの数の、獄卒……悪魔を相手にしていた。恐らく、アーサー、お前も同じだろう。紫暮、お前がやったのか? それほどに強いとはな、頼もしいことこのうえないぜ!」
「紫暮君、僕は正直安心しているよ。次郎はともかく、早く君のもとに救援に向かおうとしていたんだけれど、悪魔達の数が多くて中々向かう事ができなかったんだ。君が彼を倒す事ができるほどの実力をもっていたとは思わなかった。実力の上では、合格だ。君には、連盟の貴重な戦闘員として働いてもらおう」
紫暮は答えた。
「アーサーさん、ありがとう。僕もそれを望んでいた。これからよろしく。次郎さんも改めてよろしく」
と紫暮は2人に握手をした。それが終わると、鬼々童榊魔天獄の指がピクリと動いた。3人の男は素早く、警戒の様子を見せた。2つに別れた鬼々童榊魔天獄の体は、黒いもやへと変化し、一つのかたまりとなった。そのもやが散ると、そこには恐るべき鬼が立っていた。鬼々童榊魔天獄はニヤリとしながら言った。
「倉持紫暮よ、まさか体を真っ二つにされるとは思わなかったぞ。素晴らしい力じゃのう。なんじゃ? お主ら、そのような目をして。ふん、我は真っ二つに別れた程度では死なぬよ。そして、倉持紫暮だけではない。そこな二人も中々の力じゃったぞ、獄卒どもの倒しっぷりは凄まじかった。さて、これは全力を出しても楽しめそうじゃのう、少なくとも一方的な蹂躙にはならなくて安心したぞ。とくと見よ、この鬼々童榊魔天獄の真の姿をのう!」
3人の男達は額に冷や汗を浮かべた。鬼々童榊魔天獄は体をぶるりと震わせた。その直後、ライブハウスの天井を貫いて、赤い熱戦が鬼々童榊魔天獄を貫いた。彼は驚いた声をあげた。その後ろで炎が浮かび上がり、大きく揺らめくと、フォイル・ファイアマンの姿へと変化した。アーサーは警戒をしながら呟いた。
「これがフォイル・ファイアマン……!」
「アーサー」と次郎はアーサーの前に腕を出しながら言った。
「攻撃しても意味がない。これは炎の人形だ。実態はない。そこにフォイル・ファイアマン本人はいない」
「鬼々童榊魔天獄を切り裂くか」とフォイル・ファイアマンは言った。
「鬼々童榊魔天獄、その槍の真の力が発揮されては、お前の勝利は叶わぬ。相性が致命的なまでに悪い。お前はどこまでも薄暗い魔だ。魔を切り裂く光では、その魔は無力なり。3人の力量は知れた。目的は一つのみ叶わなかったが、十分だ。ここは引け」
「お主がそう言うのならば、良かろう。非常に口惜しいが、ここは下がるとしよう。さらばだ、お主ら。再び相まみえたのならば、その時こそは我が力によって地獄を味あわせてみせよう」
鬼々童榊魔天獄の体は黒いもやに変化し、その場から消え去った。
紫暮はフォイル・ファイアマンのすぐ正面に立ち、言った。
「フォイル・ファイアマン、お前は僕が殺してやる」
「良い。我の計画に賛同せず、人間共の味方をし、攻撃を加える者は魔法使いであろうとも、排除するつもりだ。我は世界を魔法使いの楽園へと創り変えるつもりだ。その過程で幾つもの犠牲が生まれるのは承知済み。我は人々全ての、あらゆる意思を背負おう。倉持紫暮、お前のその意思も受け止めるとしよう。しかし、お前の願いは決して叶うことはない」
「言ってろ、仮面野郎。僕はお前のその願いを打ち砕いてやる。お前が持つ希望を全て奪い取ってやる。悲しみと絶望のどん底に叩き込んでやる」
こうした会話が終わると、フォイル・ファイアマンは姿を消した。
その後、3人は時間がかなり経っているのに気が付き、別れることにした。日はすっかり暮れており、街も夜の闇を照らす準備に取り掛かっていた。ネオンが光っている看板がちらほら見られた。紫暮は自分の部屋の扉を開けるといったところで、飛鳥とであった。彼女は紫暮に言った。
「紫暮さん、びっくりしましたよ。まさか私がバイトしている店に来るなんて思いませんでした」
「僕も少しだけびっくりしたよ。バイト頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。その、紫暮さんも頑張ってください。何か困ったことがあったら、相談にのりますから」
「ありがとう。それじゃあ」
「はい、引き止めてすみませんでした」
二人はそれぞれ自分の部屋へと入っていった。紫暮は廊下を歩く途中、呟いた。
「『頑張ってください』か。ああ、頑張るさ」
次回は来週の土日か、それまでには投稿できると思います。投稿します。