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六道超え・人間道より地獄道へ

 アーサーが言ったライブハウスというのは、彼の言葉どおりメイド喫茶のすぐ向かいにあった。ライブハウスの中も、端から端まで歩くのに、およそ30歩ほど必要であり、確かにかなりの広さであった。部屋の中は、あまり明るくない光によってぼんやりと照らされており、椅子や機材などが一切設置されていないことも手伝い、かなり薄暗い印象であった。


 アーサーは言った。


「この部屋は頑丈だし、どれだけ大きな音を出しても外に漏れるような事もない。ここなら、多少なら暴れても大丈夫さ。それじゃあ、早速だけど、紫暮君、君の実力を見せて貰いたい。それで、戦えると僕が判断したら、フォイル・ファイアマンの一味と直接戦闘する部隊に振り分けられる。もしも、実力不足だと判断されても、調査や情報を獲得するための部隊に振り分けられることになる。どちらも大切な役割だ。おっと、そわそわしているね? よし、それじゃあ始めるとしようか! ──いと聖なる剣よ! 我の手元に来たれ!」


 アーサーの手には黄金色をした、まばゆい光を放つ剣が握られた。その剣の刀身は彼の身長の半分ほどの長さであり、柄には空に枝を広げた大樹のような彫刻がなされていた。彼は剣を一振りすると、言った。


「この剣は名をスラ・フォルトと言う。かつて、小人の一族達(ドワーフ)が鍛えた剣のうちの一振りだ」


「いつ見てもいい剣だ」と次郎は口笛を吹きながら言った。


「アーサーは魔法使いではあるが、正確には魔法使いじゃねえ。あの魔剣がアーサーと一心同体となることによって、アーサーは初めて魔法の力、魔剣の力を使うことができる。いうなれば魔剣使い。あるいは魔剣の主か。時代が時代──例えば、神話やら騎士やらの時代ならば、本人の性格と実力も相まって、勇者、英雄として讃えられてもおかしくはないだろうな」


「それは言い過ぎだよ、次郎君。今の時代、こんな剣を持っていても役に立つようなことはあまり無いからね。さ、紫暮君。君も準備してくれたまえ」


「すでにできているよ」


 紫暮は全身に魔力を巡らせ、手には槍を握っていた。その槍を見たアーサーは頭の中で次のような事を考えた。


(あの槍、聖なる力を感じるな。さては、聖槍の類か。紫暮君は私と同じタイプの魔法使い。すなわち、魔法の道具の力を借りる魔法使いと見た。武器はひとまずそれなりと見ていいだろう。あとは、その性能と彼自身の実力のみだ)


 彼は剣を持った方の手を前に突き出し、体は斜め方向の向きにして構えるという、フェンシングのオンガードにも似た構えをとった。紫暮は両手で槍の柄を握り、穂先を正面に突き出すという構えであった。どちらも、敵の様子を伺っており、辺りにはピリリとした雰囲気が漂った。紫暮が先に動き出した。彼はアーサーの元まで、一気に、低く跳躍すると、槍を横に払った。アーサーはそれを後ろに下がることによって躱した。この攻防をきっかけとし、彼らは武器の打ち合いを初めた。アーサーの振るう剣は中々の速さであった。それに加え、様々な軌道で剣を打ち込むという技術に、紫暮はじりじりと追い込まれていった。紫暮は一度、後方へと飛び跳ねた。彼は息を切れ切れとさせながら、アーサーを睨みつけた。


(凄いな。僕は魔力で身体能力を強化しているから、素早い剣を跳ね返したりすることもできるし、オリンピック選手よりも凄まじい動きができる。けれども、戦いについては素人でしかない。今まで槍どころか、何かしらの武器を握って戦うようなことなんて無かったから、当然だろう。技術や先の読み合い、直感など、戦いに必要なものは全て向こうの方が上だ。それどころか、僕にそういったものが備わっているのかも怪しい。槍の能力で、茨を召喚する暇もないな。さて、どうしたものか……)


 アーサーは攻防によって崩れた体制を、最初と同じ体制に直した。


(紫暮君の動きは、まるっきり素人といっていいだろう。恐らく、魔力によるサポートで私と打ち合えているだけにすぎない。使う魔法も、どんなものかは不明だ。さて、このまま待ってみるか。あの槍の能力も気になるところだ)


 こうして、二人は膠着状態となった。このとき、ステージのスポットライトが点灯された。こうした突然の変化によって、静寂は破れた。紫暮、アーサー、そして次郎はステージへと振り向いた。彼らの視線の先には、鬼々童榊魔天獄がいた。鬼は笑みを浮かべながら3人を見下ろしていた。


「そこの二人は久しいのう。そこの金髪は初めましてじゃ。何やら試合でもしていたようじゃが、失礼するとしよう。この鬼々童榊魔天獄、フォイル・ファイアマン殿の命によって貴様らを潰しに来た」


 次郎は叫んだ。「アーサー、紫暮! 模擬戦は中止だ。あの鬼は日本神話の裏側で、昔から暗躍してきた鬼。あやかしの王でもあり、ダイダラボッチの正体でもある。手強い敵だ、3人で一気にかかるぞ。俺が動きを封じる!」


 彼は言い終わると、符を取り出し、それを鬼々童榊魔天獄めがけて投げた。「魔を縛れ!」と次郎が命じると、符は一本の長い鎖へと変化し、鬼々童榊魔天獄の体をぐるぐる巻きに縛った。同時に、紫暮もまた、「『我らが王冠よ、全てを侵食し、全てをその棘でずたぼろに引き裂いてしまえ!』」という呪文によって茨を召喚し、同じように鬼の体を拘束した。


 この作業が終わると、3人は鬼々童榊魔天獄の元へとそれぞれ走ったり、一気に跳躍したりして、攻撃を行った。次郎はいくつもの手裏剣を投擲、アーサーは剣による斬撃、紫暮は槍を大薙。これらの攻撃が届く前に、鬼はその怪力によって鎖を引きちぎり、自由になった肉体でそれぞれの攻撃を弾き飛ばした。


「軟い鎖よのう。この程度では、我の肉体を縛ることなど叶わん。軟弱な攻撃よのう。それぞれ、得意な戦い方は異なるようじゃが、我が今までに殺した武士(もののふ)の中でも、最も強かった織田信長には届かん。術にしてもそうじゃ、そこの術者は、術者の中でも中々にやるようじゃが、この日の本にて未だ最強の術者である安倍晴明にはとうてい届かん。そして、安倍晴明も我が殺した──この程度か、貴様らはこの程度ということなのじゃ。我にかかれば、一捻りよ。じゃが、こうした戦いは実に100年ぶり。そう簡単に終わってはつまらん。どれ、少しばかり奮発してみるかのう。


 さあ、さあ! 我が衣は地獄絵図なり! 我が魂は人間どもの畏れによって構成され、我が肉体は人間どもの血肉によって(はぐく)まれる! 我は地獄の体現者、地獄を創りし者、世界最古のあやかしにして世界最大のあやかしなり! 六道が一つ! あらゆる神を屠り、あらゆる人間を喰らう者なり! 我が名こそ──鬼々童榊魔天獄なり! さあ、開け! 我が衣! 地獄の門よ! ああ、ああ! 人間道より誘え! 地獄道へ!」


 鬼々童榊魔天獄が着ている着物に描かれた地獄絵図がゆらめきはじめ、やがては地獄の炎、針山、火を吐く植物、そして亡者を拷問にかける獄卒達の怒鳴り声や、亡者達の悲鳴とともに動き出した。そして、着物からは黒い影、闇といったようなものが飛び出し、ライブハウスの天井や床に広がっていき、やがては紫暮達の体を包み込み始めた。すると、それこそまばたきをしたほんの僅かな時間で、ライブハウスのそれとは全く違う風景へと変化していた。空は赤黒い雲が広がり、遠くには針山と、炎の赤々とした光が見え、地面は非常に乾燥しており、ごつごつとした岩のみ。所々には人間の血の後、付いたばかりでまだ赤いものや、時間が経って黒くなったものなどがべったりと付いていた。そして、鬼の怒鳴り声、亡者の悲鳴、命乞いなどの声がいくつも響き渡っている。──これらの風景は、鬼々童榊魔天獄が身につけていた着物に描かれている、地獄絵図そのものであった。


 紫暮が辺りを見回すと、次郎とアーサーの姿は見えなかった。彼らは全く別々の場所に分断されていたのであった。彼は槍を手にし、警戒をしながら呟いた。彼の額から、一筋の汗が垂れた。


「暑い……本当に地獄そのものなのかな? こんなに暑いのに、背筋がヒヤリとする。これは恐怖によるもの。ああ、分かる。ここは人間が、生者がいてはいけない場所なんだ」


「その通りだとも」と鬼々童榊魔天獄は紫暮の数メートル正面の場所に現れると、両手を広げ、乱杭歯を見せつけるような笑みを浮かべながら言った。


「ここは地獄じゃ。小童、お主は人間道から外れ、地獄道へと踏み入った。ここは、生者がいてはいけない場所、確かに合っているとも。故に、生者は徐々にこの世界から生気を吸い取られ、やがては死に至る。そうなったらどうなるか分かるか? 生前の罪を償うために、千年、万年、億年──それよりももっと長い間、拷問を受け続ける亡者へと成り果てるのじゃ。分かったかの? つまり、貴様らをこの場所に引きずり込んだ時点で、我の勝利である! しかし、それではつまらぬ。我は鬼、人間どもにとって、ありとあらゆる災厄を司り、恐怖の具現であり、怨敵である鬼! 鬼は凶暴たれ! 鬼は残虐であれ! 我はここ数百ねん、まともに暴れておらん。なぜだか分かるか? 我とマトモに戦うことの出来る人間共がいないからじゃ。魔法使い──陰陽師やら忍びやら武士やらの、戦うための(すべ)を持つ者がいなくなってしまったからじゃ。ああ、これではただただ恐怖を与えることしかできぬ。ただただ蹂躙することだけしかできぬ。初めはそれでも良かった。しかし、やがて退屈になってきたのじゃ。そんなおり、フォイル・ファイアマン殿より声がかかった。魔法使いしかいない世界を創ろうではないかとな! 我は仲間になり、協力することにした。魔法使いのみしかいない世界、それこそ我の望んだ世界よ! 力のある人間どもが我に抵抗する! 我はその抵抗を剛力を以て打ち破る! すると、人間どもは、ありとあらゆる手を尽くしても、我に敵うことが出来ないと絶望する! その絶望こそが我の何よりの楽しみなのじゃ。その畏れこそが我の何よりの食事なのじゃ! しかし、小童。お主は力を持っておる。戦うための力をな! さあ、死にたくなければ、喰われたくなければ、我を見事打ち倒してみせよ! さすれば、この地獄道にお主らを繋ぎ止めるくさびはなくなり、人間道へと帰還する!」


「お前に勝つ以外に、この地獄から脱出する方法はなく、逃げ回っていてはいずれ死んでしまい、この世界の住人となってしまうということか。良いだろう、僕はこんな所にいるわけにはいかない。僕は本来なら、お前なんかに構っていられない。けれども、死んでしまっては元も子もない。勝負だ、鬼々童榊魔天獄とやら! この槍の力は強いぞ!」


 紫暮は言い終わると、槍の石突で地面を叩いた。すると、辺りからいくつもの茨が出現し、それらは鬼々童榊魔天獄の真上で複雑に絡み合い、直径10メートルほどの球体となった。紫暮が槍を縦に振ると、茨の槌は凄まじい速度で、鬼々童榊魔天獄めがけて落下した。槌が地面に触れると、硬い地面を抉り、沢山の砂埃と、振動や轟音を発生させた。球体の半分ほどまで、地面に沈んでいた。砂埃が収まると、茨の球体はぶるぶると震え、砕け散った。クレーターの中から、鬼々童榊魔天獄は跳躍し、笑ってみせた。


「この程度では傷一つつかぬよ。さあ、次はどのような手を見せてくれる? 人間よ、好きなだけ足掻いてみせよ、生きたければ必死に蜘蛛の糸を掴むがよい。次はこちらの番じゃ。どれ、軽く小突いてやろうではないか」


 鬼々童榊魔天獄は一瞬で紫暮の正面へと移動すると、彼の額を中指で弾いてみせた。その指一本の威力はかなりのものであり、紫暮の体は数十メートル後方へと吹き飛び、地面を転がった。その様子を見て、鬼々童榊魔天獄は眉を潜め、次のような事を考えた。


(妙じゃのう、フォイル・ファイアマン殿からあの小童は警戒せよ、必ず始末せよという命が下っておったのだから、かなりやるのではないかと思った。かなりの力を秘めているのではないかと期待した。故に、あの陰陽師や剣士のように、我の眷属であるあやかしどもには相手をさせずに、こうして我直々に相手をしてみせることにしたのじゃが、弱いのう。貧弱過ぎるのう。赤子に触れるがごとく、軽く小突いただけじゃというのに、すでに瀕死よ。これならば、あの二人を相手したほうが良かったかもしれぬ。む、待て、ほう! 立ち上がるというのか!)


 紫暮は槍を杖とし、よろよろと立ち上がった。彼の額からは、血が流れ、体は地面を転がったことによってあちこちを擦りむいていた。しかし、それらの傷はじゅうじゅうと煙をたてながら、元通りの、傷一つ無い状態へと治っていった。鬼々童榊魔天獄は驚きの表情を浮かべた後、喜び、あるいは残虐性を秘めた笑みを浮かべてみせた。


「面白いのう! その槍の能力は、茨の召喚だけではなく、治癒の力もあるというのか! これがフォイル・ファイアマン殿が警戒した能力かのう? なるほど、痛めつけても、延々と体を直し、延々と歯向かってくるというのならば、それは少しばかりしつこいかもしれん。しかし、ここは地獄じゃ! 我は鬼じゃ! 人間の覚悟を粉砕し、意思をへし折るために存在しているといっても過言ではない! さあ、いったいどこまで治すことができるかのう? どこまで我に敵意を向け続けることができるかのう? 見ものじゃ、久々に面白くなりそうじゃ」

次回の更新は、来週の土日までには行います。冬休みなので、小説を書く時間がかなり取れそうなので、投稿ペースを早めていきたいです。

感想、アドバイスなどありましたらよろしくお願いします。

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