表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

 朝になると、紫暮は冷蔵庫の中にこれといったものは入っていないということに気づき、最寄りのコンビニエンスストアで幾つかの食材を購入した。彼は自分の部屋へと戻る途中、ビルとビルとの間の路地に目をつけた。彼はその路地を注意深く観察した。すると、一定の間隔で、水色に光るもやのようなものが、地面に転々と続いているということが分かった。そのもやは、周囲の人達の様子を見る限り、彼らには見えていない様子だった。紫暮は呟いた。


「魔力の後か。この数年間、フォイル・ファイアマンについて調べている最中、新東京でこの後を幾つも見つけていたからこそ、フォイル・ファイアマンは新東京のどこかに潜み、また、魔法使いも潜んでいるということが分かったんだ……けれども、いつもならばもっと不鮮明なものだ。ここまでくっきり残っていること、そして人気のいない路地の奥につづいていること、僕が最初にこの前を通るときにはこんな魔力後が無かったこと。この3つから考えると、この後を見つけられる者、つまり魔法使いを誘っているということが見える。つまり、フォイル・ファイアマン側の罠という可能性が高いということが考えられる。だが、良いだろう、そっちに魔法使いが居るというのならば、返り討ちにしてやろう」


 紫暮は、そのもやの後を伝って、路地裏へと入り込んだ。そして、しばらく歩くと、全く人が寄り付かない、常に日陰があたらず、道の隅には苔が生えているような場所へとたどり着いた。彼はそこで足を止めた。紫暮の数メートル手前には、一人の男がいた。彼は言った。


「お早うございます。このような朝から買い物とはご苦労さまですね。どれ、ビニール袋の中を見る限り、朝食ですか?」


「その通りだよ。それで、君は魔法使いで良いのかな? あんなにわざとらしく魔力の後を残して、僕を誘いたかったのかな?」


「ええ、ええ。その通りですよ。確か、そう、倉持紫暮さん。フォイル・ファイアマン様の素晴らしい理想を否定し、邪魔をする者には少しばかり痛い目を見てもらおうと思いまして。こうしてまんまと来ていただけるとは、ありがとうございます。それでは、早速ですが始めましょうか。この私、クレンペと申します。魔力駆動、我が体内に潜む魔力よ、我が肉体を血液の如く駆け巡り、魔法使いとしての姿を浮き彫りにさせよ!」


 とクレンペと名乗った男は、魔力の影響によって髪と瞳とを青色に変化させた。紫暮もまた、髪を灰色に、目を赤色に変化させた。彼の手には、槍が握られていた。クレンペは、笑みを浮かべながら言った。


「どうやら、闘志は十分のようですね。貴方の、その鋭い目を見ればわかりますよ。では、始めましょう!」


 紫暮は、「魔力駆動(タリオスタート)」と呟いた。彼の姿は、昨日見せた姿と同じように変化し、手元には銀色の槍が握られていた。彼はその槍を一振りし、叫んだ。


「『我らが王冠よ、全てを侵食し、全てをその棘でずたぼろに引き裂いてしまえ!』」


 すると、紫暮の足元から、コンクリートがぼこぼことひびを作りながら盛り上がった。その山は蛇が這うかのように、クレンペへと向かい、彼の足元からは無数の茨がにょきにょきと生え、彼の体にぎゅうぎゅうに纏わり付いた。


 あっけにとられたクレンペは、もがきながら叫んだ。


「なんだ、これは! ああ! 痛い、痛い! 痛い! 私の体が、皮膚が、肉が裂けていく! やめてくれ、やめてくれ! 痛い! 痛い!」


「それはそうさ、それは茨だ。お前がもがけばもがくほど、茨の棘は体へと食い込んでゆき、縛っている者を傷つける。あまりじたばたしないほうがいい。さ、ここで提案をしよう。お前がフォイル・ファイアマンについて知っている事を話せば、茨の縄を開放してやるし、それどころか傷も全て直してあげよう。しかし、お前がフォイル・ファイアマンに対して、忠誠を誓っているというのならば、お前が楽になるまで、全身に刻まれた傷口から滴り落ちる血が無くなるか、茨の毒がお前の体を完全に蝕んでゆくかのどちらかだ。槍で慈悲を与えるという選択肢は無いと思えばいい。さ、さ、悪いことは言わないから、早く喋ったほうがいいよ、さあ、クレンペとか言ったね。フォイル・ファイアマンについて知っている事を全て、その口から言ってしまえ」


 こうした紫暮の尋問の効果は抜群であった。クレンペは苦痛によって、ひどく歪んだ顔をしながらも、一生懸命に口を開いた。


「分かった! 分かった……! 話す……話すから、今すぐこの痛みから……開放させてくれ……!」

「良し、良し。お前は賢い選択をしたようだ。そら、そう辛そうな顔をしなくてもいいでしょう。そんな顔を見ていると、僕まで何だか辛くなってくるから」


 紫暮は槍を地面の石つきで地面を叩いた。すると、クレンペを激しく拘束していた茨は、ぐったりした蛇のように、たちまちのうちに解け、地面に落ちていった。茨の拘束から解き放たれたクレンペは、汗を大量に流し、全身をがくがくと震わせ、激しい鼓動と呼吸を行いながら、地面にへたり込んでいた。紫暮はそうしたクレンペへと近づき、槍の穂先を彼の肩の部分に突き刺した。刃が抜けると同時に、クレンペの全身に刻まれていた傷から、じゅうじゅうという音とともに、白い煙が少しの間だけ上がった。それが収まると、全ての傷が塞がっていた。


 紫暮は言った。


「さあ、傷も治った。痛みは無いはずだ。フォイル・ファイアマンについて知っている事を話せ。でなければ、もう一度さっきみたいに、茨でぐるぐる巻きにする」


 この言葉がとどめの一撃となり、クレンペは切れ切れの呼吸をしながらも、話し始めた。


「分かった。分かったから、やめてください……! もう、痛いのはごめんです! 話します。話します! もう、私の中から、戦う気持ちはすっかり失われました……といっても、貴方を満足させる事ができるかどうかはわかりませんが。それでも、知っている事を全て話します。ですので、どのようなものでも、お見逃し頂きたい。


 私は元々オーストリアでひっそりと、祖先から引き継いた魔法の研究を、地下の研究所でひっそりと行いながら、鉄道会社に努めていました。鉄道会社での仕事は、給料もそこそこ良いもので、回りの人間関係も、良好でした。おおよそ満足の行く生活を送っていたんです。ですが、ただ一つだけ私のストレスとなることがありました。魔法の研究で、思う通りの結果を生み出すことが出来ず、行き詰まっていたのです。今までにも、そうした事は何度かありましたので、そういうときには決まって何の当てもなく、街をぶらぶらしたり、公園でぼうっとしたりしていたのです。そうしていれば、いつかふらっとちょうどいいアイデアが湧いてくるので。ですが、この時ばかりは中々いいアイデアも浮かばず、研究もあらゆる方法を試しても、中々進みませんでした。

 研究に失敗する日々で、私の中から少しずつ焦りという感情が湧いてきました。別段、魔法の研究は、その成果を誰に発表するような訳でもありませんし、必ずしも進めなくてはならないという訳でもありません。私はただ、祖先から大体引き継いだ魔法を更に発展させたい、という思いで魔法の研究を行っていたのです。しかし、やはり自分の思うようにいかないと、焦りはますます湧いてきます。がむしゃらになって、実験を繰り返すうちに、私が求める結果を導き出すには、地下の研究室で行うよりも大掛かりな施設、大掛かりな儀式が必要だということが判りました。ですが、私にはそんな大掛かりな施設、儀式を誰にも知られずに行うような場所を用意する財力も、あてもありませんでした。その儀式を行うには、どこかの広い場所、例えば人が集まる国立公園や、競技場などの施設を使い、人に見られる覚悟でやらなければならなかったのです。


『魔法を、魔法使いを普通の人間に知られてはいけない。その存在はひた隠しにせよ』この戒律を破るかどうか、私の心は揺れていました。魔法の進歩を代償に、魔法が誰かに知られ、他の魔法使い達に罰せられるか、魔法の実験を止めるかどうか……そんなとき、どのようにして私のことを見つけたのかはわかりませんが、フォイル・ファイアマン様が現れたのです。あの方は言いました。


『我は魔法使いの楽園を、この地上に創り出そうとしている。その楽園ならば、このような薄暗い地下室で、閉じこもる必要はない。どんな場所でも魔法を自由に使い、どんな場所でも、自由に魔法の研究ができる。クレンペ。その叡智、その魔法を我に貸してほしい。一緒に楽園を創ろうではないか』と。


 フォイル・ファイアマン様が発する言葉の一つ一つには、人を酔わせ、その振る舞いには、人を引きつけるような、不思議な魅力がありました。私もまた、その魅力にあてられたのです。フォイル・ファイアマン様が今、どこでどのような事をしているのかはわかりません。私はただ、下された命令を行うことしかできません。きっと、その行いがフォイル・ファイアマン様の役に立っていると信じて」


 クレンペはがっくりと項垂れた。ちょうどその時、彼らの頭上から、「いけない」という声が聞こえた。その声は、甲高く、機械的なものであった。


「いけない! 喋りすぎだ! クレンペ!」


 その声のあるじは、クレンペの背後に降り立った。大きさは3メートルほどであり、ドラム缶のような体に、パイプのように円形の形をした手足がつけられており、その全身は銀色に光り輝く、金属でできていた。振り向いて、その姿を見たクレンペは、顔を真っ青にして叫んだ。


「アニノ・クメール様の使い魔! おやめください、私はフォイル・ファイアマン様の不利益になるような事は一切話しておりません!」


 クレンペは立ち上がり、その場から走り出そうとしたが、使い魔の手によって体を鷲掴みにされた。使い魔の胴体は、アイアン・メイデンのように真っ二つに開き、クレンペをその中に放り込んだ。その様子を見ていた紫暮は、槍の穂先を新たな登場人物へと向けていた。


「お前は、一体何だ? 鉄人18号みたいな格好をしているな」


「オレはアニノ・クメール。フォイル・ファイアマン様の部下だ。それも、幹部だ。これはオレの使い魔のようなものだ。別の場所から、使い魔を通じて様子を見、声を発している。クレンペは、倉持紫暮、お前がしっかりとその魔法を扱えるかどうかを確かめるための鉄砲玉だ。そして、どうやら魔法は扱えるらしい。ならば、ここで始末させてもらおうか」


「よくわからないけれども、それは勘弁させてもらうよ。その使い魔を尋問しても、意味はなさそうだしね。ああ、それとも、お前がフォイル・ファイアマンの居場所やら、情報を教えてくれるっていうのなら別だけれども」


「教えるとでも? お前はここで終わりだ! この我が使い魔! 古代の魔導科学技術の結晶! この蹂躙歩兵の前に敗れるのだ!」


「やだよ。もう目的を達成することもできそうにないし、これ以上戦う必要は無いし。何より、僕は朝ごはんがまだなんだ。見ての通り、買い物帰りなんだ。袋の中には卵も入っているから、あんまり動くわけにはいかないしね」


「面白いことを言う、それが最後の言葉でいいんだな?」


 使い魔は紫暮へと、拳を振り下ろした。紫暮はそれを回避し、拳は地面へと当たり、コンクリートを粉々に砕いた。紫暮は脇目も振らずに、その場所から走り出した。使い魔は彼の後を追いかけた。


 しばらくし、後を追いかけるような気配がなくなったのを感じ取った紫暮は、後ろを念入りに確かめて、たしかに使い魔が居ないのを確かめると足を止めた。その時、使い魔は紫暮の上空より地面に降り立ち、その腕で紫暮を叩きつけた。彼の体は数メートルほど空中を飛び、地面を何度か跳ね上がり、ぐったり地面に倒れた。使い魔はそれを確かめると、


「やったか? しかし、完全に始末するとしよう。首を引きちぎり、体を引きちぎるまでしないといけないな。あの魔法の回復力は侮れないという話なのだから。さあ、これでとどめ(・・・)だ!」


 使い魔はその腕を、凄まじい速度で紫暮へと振り下ろした。腕が紫暮に命中するかどうかといった、すんのところで、彼の体は茨へと変化した。茨は使い魔の体に纏わり付いた。使い魔は、それを振りほどこうとし、体をばたつかせた。


「こら! やめろ、茨だと? 馬鹿な、いつの間に入れ替わっていた? あ、やめろ! 関節から体内に入るな! 放熱部から中に入るな! ああ! 基盤を棘で傷つけるな! やめろ、やめろ! 壊れるだろう……」


 こうした紫暮の攻撃によって、使い魔は体の所々から、ぷすぷすと灰色の煙を出したかと思うと、地面にどさりと倒れた。紫暮はそれを確かめると、今まで隠れていた物陰から姿を表し、動かなくなった使い魔を一瞥し、言った。


「ふん、途中から空を飛んで追いかけていたのは分かっていた。だから、空から死角になる場所で、隠れて、そのかわりに茨を魔法で僕の姿へと変化させたんだ。ロボットなら、熱源センサーやらなんやら備えているから、通じないとは思ったけれど、どうやらそんなことは無かったようだ。ポンコツめ、次はもう少しデザインを格好良くしてこい。ああ、お腹が空いた……腹の虫もぐうぐう鳴っている。早く家に帰って、朝ごはんを食べないと。結局、時間を無駄にしたようなものだったね」


 紫暮はその場から立ち去り、家へと帰った。

次回の投稿は来週の土日になります。

感想、アドバイスなどありましたらよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ