表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

2話目です。感想、アドバイスなどありましたら、よろしくお願いします。

 東京がたちまちのうちに炎に包まれ、たった一日で沢山のビルとか、車とか、そこに暮らしていた人々とかが全て姿を消し、何もない、灰と煤とで黒く染まった地面が広がるだけの平地となった事件は、世界中に激しい衝撃を与えた。


 その事件がマスコミによって報じられると、衝撃は全国各地、あらゆる場所に、たちまちのうちに広がった。人々は東京が消滅したという大事件に対して、あらゆる混乱を見せた。それは、精神的な混乱から経済的な混乱など、様々だった。例えば、東京に家族や親族がおり、犠牲になった者達を嘆いたりする者もいれば、金額的な損失があまりにも多大で嘆く者もいた。こうした衝撃と混乱は日本だけではなく、世界中に広がっていった。


 しかし、人間というのは今まで生存競争に打ち勝って、現代までその種を存続させているというだけあって非常に逞しかった。彼らは、かつて東京が合った場所に再び街を造り始めたのだった。その理由は様々ではあったが、最大の理由は日本において、最大の平地であり、人々が住むに適した場所であったということが大きかった。復興はそれこそ凄まじい速度で行われ、気がつけば、かつて荒野と成り果てた東京は、沢山の、背の高いビルが幾つも立ち並び、その間を沢山の車や人が移動するといった、当時の賑やかな東京の姿をすっかり取り戻していた。


 こうして、すっかり復興した東京は、人々からは新たに生まれた都市という意味合いで、新東京という名を付けられていた。


 前の東京の街はあらゆる種類の賑やかさを見せつけていたが、戦後の成り行きによってあらゆる種類の建物や道がほとんど無計画に造られた事によって、ゴチャゴチャした、どこか雑多な印象を受けざるを得ない街であった。しかし、新東京は計画的な開発によって、ちゃんと決められた場所に建物が建てられ、道路も決められた場所に通っており、すっきりとした街並みとなっていた。


 こうして新たに生まれ変わった東京の様子は、以前の東京と賑やかさ、賑わいこそは似てはいたが、その構造は全く違うものとなっていた。ところで、人々の記憶力というのは案外適当なものであり、この地がかつて炎に包まれた、炎熱地獄と化したという出来事をあまり気にしながら過ごすような人々はいなかった。それどころか、日々を過ごすのに精一杯であり、数年前の出来事などどうでも良いという態度ですらあった。


 その証拠に、この新東京に幾つか点在している、憩いの場として造られた円形の広場に居る人々は、カフェや移動販売車から購入した飲み物や軽食、菓子を食べながらゆったりとした時間を過ごしつつも、建物の壁に設置されたオーロラビジョンに、真剣に目を向けるような人物はあまり居なかった。


 そのオーロラビジョンには、短い黒髪をワックスで逆立て、人の警戒心を和らげ、好印象を持たせる笑顔を浮かべる、スーツ姿の男性が映っていた。彼の年齢はその外見からするに、ほんの20、30代ほどであった。


 その男こそは、この新東京を新たに創り出す事を提唱し、それを短い期間で、実際にやってのけた、この日本の総理大臣であった。彼に対する、世間の評判は大層なものであり、その若さ、その外見、その政治的手腕から、新東京だけではなく、全国各地の住民達から絶大な支持を得ていた。そして、総理は、その支持率に相違ない仕事をいつもやってのけるのであった。


「新東京都民の皆さん、今日は」と総理は一礼した。


「この私、虎井直人(とらいなおと)がこの日本の総理となってから、はや数年が経ちました。私が総理大臣に選ばれた時は、皆さんもご存知のように、突然の大火事によって東京は、何一つ残っていない焼け野原でした。当時、突然東京を襲った大火事は、今となっては『東京大焼失事件』と呼ばれており、歴史上稀を見ない被害を生み出した事件とされています。当時東京に居た三千万人以上の人々は、一人残らず全てが焼け死んだ──それこそ、遺骨のひとかけらも残らずに。かつて世界の中でもトップクラスの繁栄、賑やかさを見せていた東京はその姿を、たったの一晩で全く消したのです。


『東京焼失事件』は当時、世界中に衝撃を与えました。そして──世界中の皆さん、日本全国の皆さんからの多大なるご支援、応援、そして東京という都市を取り戻そうとした皆さんの弛まぬ努力により、東京は元通りの姿、いいえ、それどころか、かつての東京よりも素晴らしい、美しい街を再建する事ができました。それも、数年という非常に短い期間で。これこそは、偏に、人々の優しさ、熱意が生み出した一つの奇跡ではないでしょうか?」


 総理はそれからも、幾つか新東京に関わる事を数分ばかり話し続け、話が終わると一礼して画面から退場した。その後、画面がニュースのスタジオによく見られる、中心にテレビが置かれ、その左右に設置された机の前で、何人かのコメンテーターが語り合う形のスタジオで、何人かの男女が数言言葉を交わし、そのうちの一人である男性が話し始めた。


「『東京大焼失事件』──これは実に不思議な火事でして、普通の街が燃えるよりも火が激しく、非常に高温で、しかも広がり方も素早かったんですよね。その原因は今も不明で、様々な予想が立てられています。その中で最も有力な物は、街中に広がったガス管が原因という物ですね。何かしらの原因で、どこかのガス管が破裂し、その亀裂から漏れ出たガスに火が点き、その火が漏れ出たガスを辿って、他のガス管にも火が点いて、連鎖爆発を起こした事によって激しい炎が出現したという事です──まあ、この予想も、個人的な意見を言わせて頂くと、結構強引ではないかと思うのですがね。ともかく、詳しい原因は未だに不明なんですよ。中には魔法使いが魔法を使って火を点けたなんていう、どこかのオカルト好きたちが広めたトンチキな予想もありますからねえ」


 この広場の中で、オーロラビジョンの内容を真剣に見聞きしている者は一人も居なかった。しかし、その広場に面している、イギリス辺りの建物をイメージした、レンガ造りのアパートの部屋の中に居る男は、部屋の中から広場を見回す事のできる窓から、オーロラビジョンをじっと見つめ、その内容に耳を傾けていた。その人物というのは、倉持紫暮に他ならなかった。


 彼は床に直接座り、壁に背をもたれかからせながら外の景色を眺めていた。そんな彼の目の下はどんよりとした、大きな隈が浮き出ており、頬も痩せこけ、顔色も青白かった。体つきも、幾らか細くなっており、げっそりとした様子であった。しかし、彼の目には激しい炎と光がギラギラと輝いていた。その光は、憎しみ、復讐の光であった。


 紫暮は小さな、ボソボソとした声で、うわ言のように、天井を見上げながらつぶやき始めた。


「もうそんなに経つのか。数年……そう、黒羽が僕を守り、死んでから数年が経った。けれども、僕の中から、黒羽を喪った事による悲しみと、痛みを忘れるような事はほんの刹那たりとも無かった。初めは僕も同じように死のうと思った。でも、黒羽、君は僕が死ぬことは望んではいないんだろう。死のうと思う度に、君の『生きていて頂戴』という言葉が脳裏にちらついて、どうしても躊躇ってしまう。


 だから、僕は時間が、この辛い気持ちを忘れさせ、癒してくれるだろうと期待することにした。けれども、時間が経つ度に、癒されるどころか、悲しみはますます深いものとなっていった。そう、僕にとって黒羽は僕という存在にとってかけがえのない物であり、僕の全てだったんだ……


 そして──それと同時に、黒羽を殺した男、フォイル・ファイアマン、お前に対しての復讐心がじわじわと成長していった。フォイル・ファイアマン、僕はお前の事を何も知らない。姿も、性別も、年齢も、お前の全てを知らない。それでも、僕はお前に対して、激しい憎しみを持っている。この数年間で成長しきった、ドス黒い憎しみを、お前にぶつけたいと思っている……フォイル・ファイアマン、お前はまだこの世に居るのだろうか? もしも、黒羽を殺し、東京を燃やした後ものうのうと生きているのならば、僕は今すぐお前の元に赴いて、お前を、僕と同じように絶望のどん底に引っ張り下ろしてやろう……!


 黒羽、残念ながら、今の僕は不幸せなんだ。どうしても、フォイル・ファイアマンに対しての復讐を終わらせて、憎しみを全て無くしてからじゃないと、悲しみは消えないようなんだ。幸せにはなれないようなんだ。この数年間で、僕はそれを理解したんだ……」


 紫暮は手元に持っていたビール缶の中身を、一気に飲み干した。彼の部屋の床には、大量の飲み終えたビール缶が転がっていた。それらは自らの寂しさ、悲しさ、そして復讐心を、酒の酔いによって誤魔化すためのものであった。彼は時々自分の精神が不安定になる時があり、そうした時には決まって酒を飲み、その酔いによって落ち着きを取り戻すのであった。


 彼にとって、黒羽を喪った今はこの生き地獄の中、ただただ生きるために最小限の食事をしたり、運動をしたりするというだけであり、疲れ果てると自然に目が覚めるまで、本能のまま寝続け、暗い悲しみに包まれながら、いずれ死ぬ日が来なくとも、すでに死人のような生活を送っていたのだった。


 紫暮は中身が無くなったビール缶を適当な場所に放り投げ、次のビール缶を冷蔵庫の中から取り出そうと立ち上がった。ちょうどそれと同時に、彼の部屋のチャイムが鳴った。紫暮は玄関に向けて、こう言った。


「鍵は開いているから、勝手に開けていいよ」


 その言葉に応えるように、扉は開いた。開かれた扉から入ってきたのは、紫暮と同じぐらいの年齢の女性であった。上には薄い桃色のジャージ、そして下には水色のジャージを履いており、髪型もしっかりと整えておらず、水と自然に任せているということが見て取れた。これらの事から、彼女がどのような性格をしているのかは一瞬で見て取れた。


「で、僕に何か用事? 本望飛鳥(ほんもちあすか)さん」


「用事も何も……」と本望飛鳥と呼ばれた女性は、腰に片手を当て、もう片方の手は額を押さえ、ため息を吐いた。


「散らかし過ぎなんですよ。倉持さんに何があっのかなんて知りません。酒を呑むのも、部屋の中で堂々と変な事を呟くのも結構です。このアパートは防音なんですから、聞こえませんからね。ですが、せめてポストに溜まった新聞ぐらいは取ってくださいよ。溜まっているのを見ると、『とうとう酒の飲み過ぎで死んだか?』とか思っちゃうんですから。あと、ポストの中に回覧板もあるはずです。そろそろ回さないと、私以降の部屋の人が見れないんですよ。ほら、回覧板の中身ぐらいは確認してください」


 飛鳥は、沢山の新聞に、葉書や回覧板が詰め込まれた、ポストの中身を全て取り出すと、こちらの方へとフラフラとした足取りでやってくる紫暮に手渡した。


「わざわざありがとうね。で、回覧板だったかな? ちょっと待ってて……」


 紫暮はその中から回覧板を取り出し、それに書かれている内容を流すように読み初めた。そして、読み終わると、それを飛鳥に手渡した。


「大した内容は書かれていなかったみたいだ。なんでも、最近掃除をしっかりするようにっていう、大家さんからのお知らせぐらいだよ」


「大した事あるんじゃないんですかね? いつも部屋を清潔に保っている私はともかく、紫暮さんにとっては。そろそろ部屋を片付けた方が良いんじゃないんですか? なんだったら、手伝いましょうか? 本当、お酒臭いんですから」


「いいや、一人でできるよ。ありがとう」


 と紫暮は言うと、新聞の束に手を伸ばし、その一番上の新聞を手に取った。その新聞の一面には、東京大焼失事件の文字がでかでかと書かれていた。その文字を見ると、紫暮の目にはぼんやりとした、暗い光が宿った。しかし、すぐにその目には光が取り戻され、彼は落ち着いた様子で、残りの新聞の束を抱えた。その表紙に、新聞の間に挟まっていた、一通の真っ白な封筒が、ひらりと床に落ちた。


「落ちましたよ」と飛鳥はそれを拾い、紫暮が抱えている新聞紙の束の、一番上に置いた。


「ありがとう」


「いえいえ、それでは私はこの辺で失礼しますね。倉持さん、せめて新聞紙ぐらいはちゃんと毎日取ってくださいよ? 今の倉持さんの様子を見ていると、いつ倒れるのかハラハラしているんですから」


「心配掛けたね。今後は気を付けるよ」


「そうしてくださいね」


 飛鳥は一言だけ、簡単な挨拶をすると紫暮の部屋から出ていった。彼はそれを見送ると、新聞紙を机の上に運び、一番上に乗っている封筒を手に取った。それには、住所やら紫暮の名前などは何も書かれておらず、本当に真っ白な封筒であった。


「誰かのイタズラかな? 少なくとも、僕に手紙を出すような人なんて心当たりないし。ともかく、まずは中身を確認してみるか」


 紫暮は封筒の封を破り、中に入っている紙片を取り出した。紙は二枚入っていた。そのうち一枚には、新東京の地図が描かれており、ある場所に赤丸がついていた。


 ところで、新東京の街並みというのは、計画的に開発されたことによって整ったものとなっていた。新東京環状線と呼ばれる、新東京を一周する、円形の線路が新東京の内側、真ん中、外側と三本走っており、その円の真ん中には新東京都庁が置かれており、他にも政治的に重要な施設や、富裕層の住宅街が集中していた。真ん中の線路の回りには、主に企業や娯楽施設などが集中していた。そして、一番外側には、平均的な居住区や公園、教育機関などが多く設置されている。そして、環状線と環状線の間には、血脈のように幾つもの地下鉄やバスの路線があった。これによって、環状線と環状線との間を気軽に行き来する事ができるのであった。


 赤丸が書かれていた場所は、中心の環状線にある一つの駅であった。


 紫暮はその紙を置くと、もう一つの紙に書かれている内容を読み始めた。その内容は、次のようなものであった。



 我々は魔法使いである。君ならば、東京を燃やし、沢山の人々を殺し尽くした犯人の目星はついていると思う。我々がフォイル・ファイアマンと名乗っているあの邪悪なる魔法使いについて、慎重に調べた結果、彼にとって東京を燃やし尽くす事は、単なる計画の一端に過ぎないことが分かった。彼は、それよりももっと恐ろしい事をしようとしている。フォイル・ファイアマンは、強大なる力を持つ魔法使いだ。故に、我々は戦力を求めている。君が、ほんの少しでも正しい心を持ち合わせているというのならば、我々と共に邪悪を打ち倒さん。



 この一文は、紫暮に大きな衝撃を与えた。彼はその文章を何度も読み返し、書かれている文字を一つ一つ確認した。この一文字一文字を読むうちに、紫暮の目にはたちまち精気が宿り、それに比例するように、復讐心も次第に激しいものとなっていった。


 彼は最初の、地図が描かれた紙を手に取り、その場所を確認した。その場所は、彼が今いるアパートからそう遠くはない、ほんの2、30分で行くことが出来る所だった。彼は二枚の紙を封筒に入れ、その封筒をポケットの中に仕舞うと、部屋から外へと飛び出た。

次回は明日の夕方頃に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ