運命蠢動
何とか予告した投稿時間に間に合った……
ベッドの上で、紫暮は唸り声をあげながら眠っていた。顔色も真っ青で、汗をいくつも流していた。彼がこうなっている原因は、今彼が見ている夢にあった。その夢がどのようなものであるかは、紹介しかねる。しかし、その様子を見ている限り、悪夢であることには間違いなかった。こうした様子は、朝日が昇るまで続いた。紫暮は起き上がると、げっそりとした顔を手で覆いながら言った。
「全く、酷い夢を見たよ……悪夢を見るのは久しぶりだ。しかし、それにしても不思議な夢だった。一体の黒くて大きな虎と、同じように黒くて巨大な蛇とが延々と殺しあう夢なんて、なんだってこんな夢を見たんだろうか? わからないけれど、その様子は酷く不愉快なものだったなあ。とりわけ、虎が蛇に絞め殺されるときなんて、かなり酷い不快感を覚えたなあ。や、まだ5時じゃないか。どうしようかな? ん? スマホに着信があるな。どうやら、昨日の夜に来たものらしい」
紫暮はベッドの横にある、サイドテーブルの上に、充電器をさしたままにしてあるスマートフォンを操作した。メールの送り主は、サヴィルであった。その内容は次のようなものであった。
やあ、紫暮くん。今晩は。
まだ起きているかな? 明日はどうやら君の力が必要になりそうなんだ。予定が空いていれば、朝、君が住んでいるアパートの前にある広場の、カフェで朝食を取ろうじゃないか。こちらのおごりで。
食事を終えたら、私と少しばかりこの新東京をドライブしよう。運転は私の従者である、ケティーが行う。車もある。君には、この新東京を案内して欲しい。
ともかく、詳しい話は明日行うとしようじゃないか。もちろん、戦いの準備は忘れずに。
紫暮はそれを読んだあと、新聞を読んだり、拭き掃除をしたりとして時間を潰した。ごみを出すために外にでると、飛鳥とばったり出会った。二人は朝の挨拶を交わした。その後飛鳥は言った。
「紫暮さん、明日はお祭りがあるんですけれど、その、よかったら一緒に行きませんか?」
「お祭りだって? ああ、そういえばもうそんな時期か。東京復活祭だっけ? 東京が更地になってから、何年目だったかな? 結構経つ気がするなあ」
「そうですね。東京焼失事件がテレビで報道されたときは、びっくりしましたよ。いつもテレビで映っている、たくさんの人、たくさんの建物がなくなっていて、文字通りの更地になっていましたからね。でも、すごいですよね。今の総理大臣さんのおかげで、数年でここまで立て直すことができたんですからあ」
「そうだね。ああ、それでお祭りの件は、行けるかどうかはわからないけれど、何もなければ喜んで引き受けるよ」
「本当ですか! ありがとうございます。あ、そろそろバイトに行かないと。この辺で失礼しますね。それでは、また明日よろしくお願いします」
別れの挨拶をすました紫暮は自分の部屋に戻ると、窓から広場に、黒色をした4人乗りのオープンカーに乗ったサヴィルとケティーやがって来ているのが見えたので、彼もすべての支度を素早く済ませると、広場に移動した。
「やあ、お早う! 紫暮」とオープンカフェの円形のテーブルの前に座ったサヴィルは、片手をあげて言った。
「来てくれてありがとう。私たちもちょうど来たところなんだ。しかし、朝早くからお店をやっているなんて、本当に日本の人は仕事熱心だねえ」
「お早うございます、紫暮さん」とサヴィルの隣側に座っているケティーは言った。
「今日はよろしくお願いしますね。まずは朝食を済ませましょう。さ、何にしますか? 私はトーストのモーニングセット。サヴィルは、サンドイッチとスープ。紫暮さん、あなたはどうしますか?」
「お早う。僕はベーコンエッグのモーニングセットで」
とサヴィルのちょうど向かいに座った紫暮は言った。
「で、僕に新東京を案内して欲しいってどういうことなのかな? 僕は何をすればいいんだい?」
「紫暮、ま、そのことは食事をしながらゆっくりと話すとしようじゃないか」とサヴィルは言った。
「ああ、ケティー。デザートにチョコケーキとイチゴのケーキを一つずつ」
「サヴィル、あまり甘いものを食べすぎるのはよくありませんよ?」
「構わないさ、私は見ての通りまだまだちまっこいから、たくさん食べないといけないんだ。成長するためには、糖分が必要なんだよ。ほら、ケティー、さっさと注文して」
「わかりました」
とケティーは店員に彼らの注文を伝えた。それからしばらくすると、全員分の食事が運ばれた。サヴィルはサンドイッチを一口かじると、目を少しばかり細めていった。
「昨日、我が連盟に所属している魔法使いが3人死んだ。原因はもちろん、フォイル・ファイアマンの手下によるものだ。アトリージュ、藍天、ミレード……彼らはフォイル・ファイアマンのアジトを捜索する役目だった。報告の時間になっても彼らからの報告が無かったから、次郎に依頼して町中を探させていたところ、全員が死んだ様子で見つかった。アトリージュは粉々に砕けた石像となっていた。藍天は全身を銃弾で貫かれていた。そして、ミレードはいくつもの、小さな肉片となって見つかった。これらすべての死体には、共通して火薬や、弾痕が発見された。我々はこのことから、下手人は、前にケティーと戦った男、オルティスだと予想している。確実にそうだろう。しかし、我々連盟側もフォイル・ファイアマンの手がかりをつかんだ。彼の計画はもう、動き始めている。そのせいか、いくつか痕跡を残すようになってきた。勇敢なる彼らの死と引き換えに、我々は敵の手がかりを得たんだ。そこで、今日は敵のアジトのうちの一つと思わしき場所に向かおうとしているんだ。そのアジトがどのような場所であるのか、どのような敵が潜んでいるのかはわからない。そこで、紫暮、君には我々と一緒にアジトを攻めてほしい。次郎やアーサーから実力はちゃんと聞いている。ついでに、この辺の地理には疎いから、道案内も頼みたい。どうだい? 引き受けてくれるかな?」
「ああ、いいよ」
と紫暮は答えた。
「その役目、引き受けるよ。ところで、そんなところに行くというなら、次郎さんやアーサーさんはいないの?」
「ああ、彼らは今別の仕事をしてもらっている。それに、敵の性格上、紫暮の能力が最適だと思うんだ。最初に、我々がフォイル・ファイアマンに襲撃された後、オルティスについて調べてみたんだ。すると、彼は中東で魔法使いの能力を活かした傭兵まがいの事をやっているということが判明したんだ。あちら方面の魔法使いの間では、『神話の魔弾砲手』という通り名で恐られているそうだ。もう少し調査してみると、彼はアーサーと同じタイプの魔法使いだそうだ。つまり、魔法の道具の力を借りて魔法を使うんだ。曰く、彼が使用する銃は決して弾が切れることが無く、あらゆる魔法の力を持つ銃弾を放つことができるそうだ。その能力は、現時点では敵を石にするというぐらいしかわかっていない。慎重に行動しないといけない。
と、まだ予定している時間まで少しあるなあ。さて、どうしたものか」
「それなら、少し質問があるんだ」
と紫暮は言った。
「ケティーさんは人造人間……? あの時、魔法で作られた人間だとかいう会話を聞いていたんだけれど、それはどういうことなのかな?」
「ああ、ケティーか。その通りだよ。彼女は私が魔法によってつくったんだ。どれ、少しだけ昔話をするとしようかな。ちょうどいい時間つぶしにもなるだろうし、聞くところによると紫暮は魔法使いの世界に入ったばかりというじゃないか。魔法使いがどんなものかを知るいい機会になるだろうし。
私はスイスの田舎で生まれ育ったんだ。周りは森や山に囲まれていて、村のそばには湖がある、一年中涼しくて過ごしやすい場所なんだ。まあ、辺境といっていい場所かもしれないね。私の家は魔法とはなんら関係のない家だったんだけれど、その村の隅っこに住んでいるおばあさんから、私に魔法の才能があると言われて魔法を教えられることになったんだ。そのおばあさんは、村で一番年齢が高いけれど、そのしわくちゃの顔やかぎ鼻、黒い服しか着ないで、一日中じとじととした様子の家の中でじっとしていて、外にでることもないから、皆から怖がられていたんだ。勿論、私も両親からはあのおばあさんの家に近づいてはいけないと言われていたんだ。ある日、湖で釣りをしていると、たまたま外に出ていたおばあさんと始めて出会って、突然話しかけらて、魔法使いの才能があるって言われたんだ。もちろん、私は最初は怪しんだし、怖かったけれども、おばあさんと話してみるとその言葉の調子は柔らかく、動作もゆったりとしている様子だったから、私の警戒心はたちまちのうちになくなって、魔法という物珍しいものと、子供としての好奇心とのせいもあって、私はおばあさんの弟子になることを承諾したんだ。それからは、両親の隙を見つけては、おばあさんのもとに通って魔法の勉強をしていたんだ。その勉強は、とても難しかったし、おばあさんの教え方も厳しかった。けれども、私は途中で投げ出すようなこともなく、それどころか魔法にどんどんのめりこんでいったんだ。私にはどうやら、錬金術の才能があるそうで、その事がわかってからは錬金術について学んだ。錬金術というのは、科学の原型だね。物質と物質をかけ合わせたり、外部から何かしらの力を加えることによって、物質を別の物質へと変化させるという魔法さ。錬金術を極めると、この世界のありとあらゆる法則を無視して、この世に存在するすべての物質どころか、この世に存在しない、全く別の、未知の法則によって構成された物質すらも創ることができるそうだ。私はまだ、その域には到達していないけれども、どうやら天才だったようで、たちまち錬金術の腕は上達していったんだ。それこそ、魔法の師匠をあっという間に超えるぐらいにね。そうしているうちに、5年が経った。こんな辺境の村だったから、学校は遠いし、子供は私一人しかいない、娯楽は湖での釣りや船を漕ぐ、森を探検するぐらいしかなかったから、私は魔法について研究、学ぶことがなによりの楽しみだった。いつものように、両親の目を盗んでおばあさんのもとに行くと、おばあさんは床に倒れていたんだ。私は急いでおばあさんをベッドに運んだ。おばあさんは、息も絶え絶えの様子だった。おばあさんは、目を覚ますと真っ先に私を呼んでこう言ったんだ。
『サヴィルや……儂はもう死期が近いようだ……もう、あと少ししか時間がない……死神はもうそこまで迫っておる……さあ、そう叫ぶでない。サヴィルや、儂のかわいい弟子、サヴィルや……もう何をしたって無駄なのじゃ……良いか? 魔法は確かに素晴らしい力を持っておる。じゃが……決して万能ではないのだよ……およそ……神々が創り出した法則には誰にも逆らえん……すなわち、死と時間には誰にも逆らえんのじゃよ……のう、サヴィルや……お前は素晴らしい魔法の才能がある……それこそ……時代が時代ならば、救世主の一人として……世界に名を残すことができるぐらいの……素晴らしい才能じゃ……じゃが、よく覚えておけ……魔法とは、人類がどうしようもない窮地に追い込まれたとき……初めて彼らを支えるために……彼らを助けるために……使われるものなのじゃ……しかし、今の世の人類はたくましい……魔法や神々の力を……必要としないほどにのう。彼らは賢くなった……この世で、お前が魔法を使えるときはないじゃろう……じゃが、忘れるでない……我ら魔法使いは、人類に寄り添う者なり……人類の導き手なり……彼らを、人間を助けるために存在しておるのじゃ……良いか? 魔法使いの使命とは……魔法を後世まで伝え……人類がどうしようもなくなったときのために……伝えるのじゃ。その為にも……我ら魔法使いはある……サヴィルや、心優しくあれ。サヴィルや、魔法使いであれ……お前と一緒にいたときは楽しかったよ……さあ、そう泣くでない。サヴィルや、お前はかわいい顔をしているのだから……泣いてはせっかくの顔が台無しじゃよ……笑顔であれ……サヴィルや、お前は良い弟子じゃった……儂も一安心じゃよ、魔法使いとして伝えることは……すべて伝えたのだからのう……おや……目が見えなくなってきたのう……体の感覚もなくなってきたわい……意識も遠のいてゆく……どうやら、お迎えが近いようじゃ……よいか? サヴィル、魔法使いならば、人類を……人間を助けるものでありなさい……魔法とは、魔法使いとは、正しきもののみがもつものなのじゃ……さあ、もう死ぬのう。サヴィルや、お前はもう一人前じゃ……素晴らしき魔法使いじゃ……』
こうして、おばあさんは死んだ。それから私はたくさん泣き叫んだ。おばあさんの死からしばらく立ち直ることができなかったよ。おばあさんは私にとっては、師であり、友人でもあったんだからそのショックは大きかったんだ。友を失った私はどうしようもない孤独に襲われた。それで、気が狂ったのか、あのフランケンシュタインに倣って、人間を創り出そうとしたんだ。いいや、いつの間にか創っていたんだ。私の寂しさを、悲しさを埋めてくれる一番の友人をね。おばあさんが遺した魔法の実験室には、必要なものがすべてそろっていた。人間をつくるために必要な道具や材料がね。そして、三日三日夜が経つと、私はケティーというこの友人を創り出していたんだ。彼女が完成すると、私は正気に戻って、恐ろしいことをしてしまったという思いにとらわれてしまった。ベッドの上には、人間と何ら区別のつかない、魔法の人形……
おっと、この辺を全部話していると時間がなくなってしまうな。ごめんね、時間つぶしにしてはちょっと長くなってしまった。ま、それからいろいろとあって、ケティーは私の一番の友人であるし、私のしもべなんだ。もちろん、孤独も埋めてくれたよ」
「ええ、その通りです」
とケティーは頷いた。
「私は確かに魔法によって創り上げられた人形です。けれども、サヴィルの友人であって、彼女のしもべなのです」
「なるほど」と紫暮は言った。
「どうやら、二人の間には強固な絆があるみたいだね。そういうのは僕もよく知っているよ。どんなふうにしても決して壊れることのない絆」
「その通りさ!」
とサヴィルは笑顔で言った。
「さ、もう時間のようだ。そろそろ行こうか。なあに、安心したまえ! 私の名はサヴィル・ロウ! この世界で一番の天才錬金術師だ! 戦いこそは未経験だけれども、魔法使いたちの間で、世界中に名を轟かせている素晴らしい魔法使いたちと肩を並べる程の大魔法使いだ! 安心したまえ。私だって戦うことはできる。ささ、始めようじゃないか。魔法使いとしての使命を!」
ちゃんと読んでくださっている人はいるのだろうかと首をかしげるこの頃。
小説家になろうとかいう、投稿されている小説が多すぎる魔境のなかで、この小説のタイトルを見かけてくださっているだけでも十分うれしいのですが!
アドバイス、感想などお待ちしております!
次回は来週の土日に投稿します!