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炎の罪

不慣れな部分もあると思いますがよろしくお願いします。


 東京の中心部から少しばかり外れた場所に、築何十年という、二階建ての木造のアパートがあった。そのアパートは、あちこちが錆つき、汚れ、埃にまみれているようなものであったが、そこに住む住人たちはそうした事は一切気にしておらず、それどころか年輪のように思っていた。つまり、そうした時間というものによってつけられた勲章を誇りのように思っていたのだった。


 例えば、二階の端っこの部屋に住む倉持紫暮(くらもちしぐれ)は、部屋の扉を開くたびに出る、蝶番がきしむ音を非常に気に入っていた。なぜならば、彼にとって、自分以外の手でその音が鳴るというのは、大切で、大好きな客人がやってくるという合図であったからだ。


 この部屋の主である紫暮は、とりわけやる事ながい時は、部屋の真ん中に敷かれた円形のカーペットの真ん中に置かれた座椅子に座り、部屋の端に設置したテレビから流れる番組をぼうっとしながら見るというのが日課であった。この時も、それは同じであり、彼はテレビをやはりぼうっとしながら見ていた。しかし、部屋のドアが開かれ、蝶番がきしむ音が聞こえると、彼は素早い動きで椅子から立ち上がって、玄関の方まで移動し、やってきた客人を出迎える。


 これもまた、いつもの事であった。


「紫暮」と相川黒羽(あいかわくろは)は、自分を出迎える紫暮に対して、口元に優しい微笑みを浮かべながら言った。


「ねえ、ちょっとだけ話したい事があるの。何も言わないで、私の言う通りにしてくれないかしら?」


 この相川黒羽という女性は、倉持紫暮と、いわゆる恋人の関係であった。紫暮は彼女の、腰まで伸びた長い黒髪に、すっきりとした顔立ちに、とりわけ褒めるところがあるわけでもないが、その体つきを気に入っていた。もちろん、そうした外観だけではなく、気の強く、サバサバしたところがありながらも、上品な態度で、恋人をたてるといった、その内面も気に入っていた。もちろん、黒羽もまた、彼と同じように、恋人の容姿と、内面とを気に入っていた。


 黒羽はフラフラとしながらも、しっかりとした様子、しっかりとした目つきで、優しい笑みを浮かべながら部屋の中へと入っていった。彼女の体のあちこちには、擦り傷や切り傷、それに火傷もあり、服もボロボロに破れたり、所々が焦げていたりしており、彼女の体は血と傷で飾られていた。

 紫暮は恋人の姿を見て、一瞬ぎょっとした後、彼女へと両手を差し出しながら言った。


「黒羽! どうしたの? 血まみれじゃないか!」


「大丈夫よ」


と黒羽はその両手を握りながら、先ほどと同じ笑みを浮かべながら言った。


「詳しい事はこれから話すわ。ねえ、お願い、私の言う事を聞いてちょうだい。その口は、私が許可がない限り開かないで。その耳は、私の声を聞くためだけに使って。その目は、私の姿を見るためだけに使って……」そう言う彼女の表情は、微笑みつつも、とても真剣なものであった。


 紫暮は頷いた。


「わかった。ともかく、座ろう。そっちの方がゆっくりとできるだろうし」


「ありがとう。ああ、手当とかはしなくてもいいわ。救急車とか、お医者さんを呼ぶ必要も無いわ。見ての通り、私の怪我はそうそう治るものではないしね……さあ、紫暮、ちょっと肩を借りていいかしら? 本当の事を言うと、こうして立っているだけでも精一杯なの」


「ああ、いいよ」


 紫暮は黒羽の腕を肩に回し、彼女の体を支えながらベッドの前まで移動し、黒羽をベッドに横たわらせた。彼女は、体を起き上がらせ、壁に背を預けた。紫暮はベッドの空いた所に座った。


 黒羽は目を少しだけ閉じて、ため息を一つ吐き終わると離しだした。


「それじゃあ、何から話そうかしら……そうね、まず紫暮、貴方は魔法というものを信じるかしら? 魔法が実在すると思うかしら?」


「そんなもの、あるかどうかは分からないよ。実際に見たこともないし」


「でしょうね、でも、魔法は実在するわ。魔法を使う魔法使いも存在するわ。彼ら魔法使いは、ずっと昔から一般に魔法が知られないように、普通の人々の中に紛れ込みながらひっそりと、今まで生きてきたの。だから、魔法使いが実在するということは一般に知られなかったのよ。そして、私も魔法使いなの。


 それで、魔法と魔法使いが実在するという事はわかったわね? ここからが本題なのだけれども……そうね、私はそう長く話すことはできないわ。なぜなら、私の魂を持ち去ろうとする死神が、もうすぐでこっちに向かって来ているから。だから、端的に話すわ。


 私の他にも、もちろん魔法使いは存在するわ。そして、彼らも私と同じように、今までの魔法使いがそうしてきたように、ひっそりと魔法の存在を隠しながら生活していたわ。普通の人と同じように生活する傍らで、こっそりと魔法の研究をしたりとしながらね。私達魔法使いには、共通の認識があるのよ。『魔法を、魔法使いを普通の人間に知られてはいけない。その存在はひた隠しにせよ』という認識よ。これは、魔法使いの間では誰でもが知っていることよ。もしも、そのルールを破った魔法使いがいたとしたら(幸い、今までにそんな魔法使いは現れなかったのだけれど)他の魔法使いたちに非難され、何かしらの刑罰を与えられるわ。だから、魔法使いたちは今まで、世間に魔法の存在を漏らすような事を嫌い、恐れていた。そのせいで、この原題まで魔法の実在が明らかになるような事はなかったわ。


 だけれども、そのルールを破ろうとする魔法使いが、ここ、東京に居ることがつい昨日判明したの。しかも、その魔法使いは恐ろしい計画を企てていたの。私はその計画を阻止するために、そして魔法使いの一員として、その魔法使いを止めに行ったわ。


 初め、私は彼に計画を止めるように、言葉による説得を行ったわ。数十分ほど言葉を交わした後、言葉による説得は不可能だと諦め、お互いに実力行使に移ることにしたわ。即ち、魔法を使っての戦いよ。戦いは、二時間にも及ぶ激闘だったわ。幸いというべきか、私が戦った場所は近いうちに解体される予定の廃ビルの、地下駐車場だったからどれだけ大きな音や、衝撃を出しても人々に気づかれる事は無かったわ。


 お互いの実力はほとんど互角だったから、お互いに牽制しつつ、相手に攻撃を加えるチャンスを狙う、ジリジリとした、魔法とか、肉体とかよりも、精神力が試される、ジリジリとした戦いだったわ。そして、精神がどんどんすり減っていく中、私はとうとう決定的な一撃を相手に加えることに成功したわ。けれども、同時に私は、敵から痛いしっぺ返しを食らわされたわ。そこから、とうとうお互いの均衡が崩れ初め、私は一気に不利な状況となって、敵はどんどん容赦のない一撃を私に食らわせ続けたわ。私は少しずつ傷ついていていって、自身の敗北を喫して、その場から何とか逃げ出したの。それで、フラフラになりながらも、紫暮、最後に貴方に会おうと思ったのよ……


 ねえ、紫暮。私達が恋人同士の関係になってから、何年経ったのかしらね? この数年間、貴方と一緒にいた時間は、私の心を幸福で染め上げる、とても楽しくて、幸せな時間だったわ。そんな悲しそうな顔をしないで頂戴。涙を流さないで頂戴。ねえ、紫暮、貴方は魔法使いになってみたいとは思わないかしら?」


「魔法だって?」と紫暮は涙をこらえ、赤みがかった顔、震える声で言った。


「黒羽、君の怪我を治す事ができる魔法があるのなら、なりたいよ。何だってなって見せる。ねえ、黒羽、魔法で君の体を治す事はできないの?」


「無理ね、この傷はもはや魔法で癒やすことはできないわ。そういう呪いの傷なのよ、治療はできないわ……ねえ、紫暮、どんな魔法でも良いから、魔法使いになってみたくはないかしら? ねえ、答えて頂戴」


 黒羽はじっと紫暮の目を見つめた。彼女の黒い目には、相手に何かしらの影響を与える、不思議な力を宿していたのだった。その影響を受けるのは、長年彼女の近くにいた紫暮も例外ではなかった。紫暮は、自然と彼女の質問に答えていた。


「魔法なんてものがあるんだったら、使ってみたいさ……小さい頃なんて、テレビに影響されて魔法を使おうとしていたしね……その思いは今だって変わっていないよ、魔法、使いたいなあ……」


「そう。それじゃあ、私が魔法使いにしてあげるわ。私が、貴方を魔法使いにしてあげる……手を握ってくれないかしら」


 紫暮は黒羽の手を握った。彼女は優しい笑みを浮かべ、次のような呪文を唱えた。


「──我は法の守護者にして、法の奴隷である。罪ある者には、裁きを以て罪を浄化する者なり。罪無き者には、祝福と守護を与える者なり。此れより、法の剣を握る指は開かれ、剣は新たなる者の手の中に!」


 彼女の体は、金と赤色の光で輝き、軽い衝撃と熱と共に、その光りは彼女の手を伝わって、紫暮へと移っていった。その輝きは、彼の胸元まで移動するとふっと消えた。それと同時に、黒羽は力尽きたように、ばたりと倒れた。


「黒羽!」と紫暮は彼女の体を抱えた。


「大丈夫よ……」と黒羽は、体中に沢山の汗を流し、顔は熱によって赤みがかっており、呼吸は細かく、落ち着かない様子だったが、気を引き絞りながらも、弱々しい声で答えた。


「大丈夫よ……安心して、ちょっとだけ気が抜けただけ。でも、体中に力が入らないわ……きっと、私はもうすぐで死ぬわね。分かるのよ……私の首元には、死神の鎌が当てられている事が。あとは、死神の気まぐれ次第ね……ねえ、紫暮……これから、私が戦った魔法使い、聞き出せた名前を『フォイル・ファイアマン』彼は、もうすぐでこの東京中を焼き尽くして……東京中を更地にするわ……彼が操る炎は、とても激しくて、凄まじいものだから、その作業は1時間と経たずに終わるわね……」


 ちょうどその時、彼らがいるアパートの2、3キロほど離れた場所に突如、炎の塊が空から落ちて、激しい音と、衝撃が鳴り響いた。それは、彼らがいる場所まで伝わった。黒羽はその音と衝撃がやってきた方向を少しだけ見て、


「始まったわね……」と呟いた。


「紫暮、今のは間違いなくフォイル・ファイアマンの仕業よ……すぐに、こっちにも火が回ってくるわ……」


「逃げないと」


「いいえ、無理よ。言ったでしょう? 彼の炎は1時間も経たずに東京中を燃やし尽くすって……逃げても、すぐに火の手が回ってくるわ。ねえ、紫暮、私は貴方の事が大好きよ……」


 黒羽は紫暮に抱きつき、キスをした。


 街に落ちた炎は、凄まじい速度で燃え広がり、建物や街灯、街路樹、そして、それから逃げようとする車や人々の区別なく、赤い体で飲み込み、どんどんと巨大化していった。建造物やアスファルトはあまりの高熱によってたちまちドロドロに溶けて、灰となった。生き残っている人々は叫んだり、泣いたり、その場にへばりついたり、どちらに逃げたら良いのか分からずに、でたらめに走り回ったりと、様々な様子を見せていたが、彼らもいずれは炎に飲み込まれ、灰となっていった。彼らがいるアパートも、あと数分もすれば炎に包まれるといった勢いであった。


 黒羽は口を離し、優しい、慈愛の表情で紫暮を見つめた。紫暮もまた、そうした彼女の表情を見て、優しく微笑んだ。


「ねえ、紫暮。私はもうすぐ死ぬわ……そして、このままだと貴方も火に包まれて焼け死ぬわ……けれどもね、私は紫暮に死んでほしくないわ。だから、私は貴方を守りましょう。この体の中に、少しだけ残った魔法の力で」


「黒羽は?」と紫暮は眉をひそめ、不安げな表情で問いかけた。


「僕が生き残っても、黒羽がいないと、僕の心の中は空っぽ同然だ。君は、僕の寂しさを埋めてくれる、唯一無二の存在、世界で一番愛しい人なんだ。君のいない世界に生きていても、それは生き地獄だ」


「ありがとう。そこまで私を愛してくれているのね……けれども、私は貴方に生きていて欲しいの。例え、貴方を苦しめる事になっても。ワガママでごめんなさいね、でも、私は貴方を愛している。だから、私は貴方に生きて欲しい。紫暮、貴方も私を愛してくれているのなら、どうか、生きていて頂戴」


 黒羽の目からは、涙がボロボロと零れ落ち、彼女の頬を濡らした。紫暮もまた、彼女と同じように涙を流していた。二人の恋人は、お互いの体を強く抱きしめ合った。


「紫暮、私の事は忘れて頂戴。たまたま、不運な事が起こっただけだと思って頂戴。私が死んでしばらくの間、貴方は辛いと思うわ。けれども、それは乗り越えて頂戴。そして、きっと、新しい恋人を見つけて、その人と幸せになって頂戴。貴方が、私を愛しているのなら、私は貴方の幸せを願っているわ。それにね、私の魔法は貴方の中にあるわ。辛い時は、貴方の中にある魔法の力を思い出して、強く願って頂戴。紫暮、愛しているわ、どうか幸せに────」


 彼らが住んでいるアパートはとうとう炎に包まれた。


 二人の恋人は力強く抱きつきながら、目を閉じ、温もりと愛情を思う存分感じ取りながら、一緒に要る事ができる最後の時間を過ごした。

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続きは明日投稿します。

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