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第20話 「私は許すことができないでしょう」

――◇――◇――◇――◇――◇―


 翌日から、シローは肩身の狭い学園生活を送ることとなっていた。


 学園に登校したときも、昼食を食堂でとっているときも、これからのランク戦に向けて作戦会議を開いているときも、常に周囲から好奇の視線を浴びていた。


 いや、厳密にいえば。彼らが見ているのはシローではなく、その傍にいるユーリィとクリスティーナなのだが。


「姉さま。はい、あ~ん」


「……クリスティーナちゃん。食事くらい一人で食べられます」


 ユーリィがやんわりと断るが、彼女はそれを良しとはしない。


「ダメです! 姉さまは利き手を怪我しているじゃありませんか! これ以上、悪化したらどうするのです!」


 そう言って、クリスティーナはユーリィに向かってスプーンを差し出す。


 その上に載っているのは、デザートのプリン。先ほど、シローに買いにいかせたものだ。


「姉さまの怪我が治るまで、このクリスティーナが手となり足となり、お世話をして差し上げます。どうぞ、ご安心を」


 いつも不機嫌な顔ばっかりの彼女が、満面の笑みを咲かせている。


 しかも、その恰好は完璧なメイド服。

 短いスカートの黒いワンピース。頭のヘッドドレスから、太もものガーターベルトまで。全てが一級品で整えられた彼女は、それは可愛らしい姿だった。


 さらに話題をさらうのが、彼女が仕えている相手が女の子であること。小さな黒髪の少女をお世話する姿は、健全ながら、どこか危うい色香を放っていた。


 学園中に噂となったクリスティーナのメイド姿が、多くの生徒で賑わう学生食堂でお披露目されているのだ。他の生徒たちが気にならないわけがない。


 ――おぉ、あれが噂の『眠り姫』のメイド姿か。


 ――すげー、本当だったんだ。


 ――あの小さな黒髪の子が、彼女の主様なのか? この学園のランキング5位を、あそこまで手懐けるなんて。……何者なんだ?


 ざわざわ、と周囲の声が嫌でも耳に入ってくる。

 傍にいるだけのシローだったが、思わず顔をしかめてしまう。いつも飲んでいるコーヒーさえも、より苦く感じるほどに。


「……クリスティーナ。そこの砂糖を取ってくれないか?」


「自分で取ってください、兄さん。私は姉さまのお世話で忙しいんです」


 ぴしゃり、と言い返されてしまった。


 彼女はシローのことを見向きもしないまま、ユーリィのことをうっとりと見惚れている。そんな姿にイライラと眉間に皺を寄せながら、仕方なくシローは席を立って、クリスティーナの目の前にある砂糖の小瓶を手に取った。


 こんな日常が、これからも続くのか。

 そう思っただけで、シローの頭痛は激しさを増した。


 ――おい、見ろよ!


 ――ニーヒル兄弟だぜ! 学食に来るなんて珍しい!


 がやがや、と急に学生食堂が喧騒に包まれる。

 たいして興味のないシローだったが、こちらに向かってくる二人組を見て、さすがに意外と思わずにはいられなかった。


 学園ランキング9位の、ニーヒル兄弟。

 青髪の兄に、赤髪の弟。

 黒い礼服に身を包んだその姿は、強者としての風格を醸し出していて、多くの生徒で賑わう食堂にもかかわらず、彼らのために自然と道ができるほどだった。


「よう、スナイベル。ランク戦では世話になったな。決着がつけられなくて残念だったぜ」


「……そりゃ、どうも」


「スレッジハンマーはいないのか? だったら、奴にも伝えておいてくれ。今度は絶対に勝つってな」


 赤髪の弟が親しげに話しかけてくるも、シローは面倒といわんばかりに肩をすくめる。


 だが、弟のほうも気分を悪くした様子はなく、不敵な笑みを浮かべたままだ。

 そんな彼らの様子に、他の生徒たちは静かに驚愕していた。


 ――おい、なんで『臆病者』があんなに親しそうなんだよ。


 ――ニーヒル兄弟の弟っていえば、学園でも天才と呼ばれるはずだぜ。そんな奴に、同格だと見られているってことか!?


 周囲の視線を集めるなか、今度は青髪の兄が口を開いた。

 前回のランク戦で破損したのか、サングラスが新品になっている。


「……ユーリィ・ミカゲ・スナイベル。怪我はもういいのか?」


「はい、おかげさまで」


 にこり、とユーリィは笑って答えるが、隣に座っているクリスティーナが凄い顔で威嚇していた。


「そう睨むなよ、クリスティーナ・ビスマルク。俺だって好きで怪我をさせたわけじゃないんだぜ」


 やれやれ、と頭をかく。


 実際、ユーリィの異変に感づいて、ランク戦の中止を申し出たのは、彼だった。

 下手をすれば、反則負けになるかもしれないのに。それでもユーリィのことを最優先に考えてくれたのには頭が下がる。


「まぁ、正直なところ。俺はもう、あんたとは戦いたくないがな。本当に強い奴とやり合うってのは疲れるもんだ。あんな狙撃戦は、もう二度と御免だぜ」


 サングラスの奥の目が、優しい色に変わる。


「とりあえず、元気そうで何よりだ。ランク戦でぶつからないように祈っているよ」


「俺はいつもでもいいぜ! 兄者のぶんまで、俺が戦ってやるよ!」


 それじゃ、またな。そう言って、ニーヒル兄弟が学生食堂から去っていった。


 彼らがいなくなった後も、静寂に包まれていた。だが、やがていつもの喧騒が戻ってくる。ちらほらとシローたちのことを見ながらも、他愛ない会話に華を咲かせていった。


「……良い人たちですね」


「あぁ、そうだな」


 ユーリィの何気ない感想に、シローは深く頷く。


 学園ランキングの上位たちは、良くも悪くもクセの強い人間ばかりだ。学園5位のクリスティーナや、9位のニーヒル兄弟のように、まともな人間のほうが少ない。


 特に、学園ランキング1位の男に関してはいえば、もはや人格が破綻しているといってもいい。


 そんな中でも、彼らのようなチームと知り合いになれたのは幸運だった。何か緊急事態に陥った時でも、心強い仲間となってくれるかもしれない。



――◇――◇――◇――◇――◇―



「そういえば、クリスティーナちゃんの父親は軍人だったんですね。この間、歴史の授業で習いましたよ」


 程なくして、食堂から生徒たちが掃けたことにユーリィが尋ねる。


「はい。……ヴォルマ・ビスマルク。私の自慢の父です。二年前に終わった戦争で、名誉の戦死を遂げたと聞いています」


「名誉の戦死?」


 ユーリィが首を傾げると、クリスティーナは微笑みながら答える。


「えぇ。なんでも帝国軍との戦いで指揮を執っていたときに流れ弾に当たったとか。戦争が終わってからも、惜しい人を失くした、と多くの人が言ってくれました」


「そうなんですか。なんだか、悲しいことを聞いてしまいましたね」


「いいえ。姉さまが気にすることではありません。……ただ―」


 クリスティーナは微笑みながらも、はっきりとした口調で言った。


「もし、父を殺した人間がわかったのなら、私は許すことができないでしょう。この命に代えてでも、父の仇を取るつもりです」


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