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第19話 「保健室と、包帯と…」

――◇――◇――◇――◇――◇―


 西の空が、夕暮れに染まっている。

 二人のいる保健室にも、カーテン越しに橙色の光が差し込んでいた。


「無茶はするな、そう言ったはずだが」


「……ごめんなさい」


 保健室のベッドに腰を掛けているユーリィが、しゅんと肩を落とす。その姿を、シローが憮然とした表情で見ていた。


 本日のランク戦が終わってから、既に数時間が経過していた。


 勝敗の結果は、……無効試合。

 ユーリィと戦っていたニーヒル兄弟の兄が、ランク戦の途中に試合中止を申し出たのだ。監督していた教官は何が起きたのかわからず、すぐさま彼らの元へと駆け寄った。その後、戦闘を継続しているシローたちに、無効試合の決断を言い渡したのだ。


 シローは嫌な予感がして、急いでユーリィの元へと向かった。

 そして、傷だらけの彼女を見て、言葉を失うこととなった。


 保健室に運ばれた彼女は、軍医の教官と《衛生兵科メディック》の上級生による治療が行われた。ランク戦で使用されている模擬弾では、致命傷にはならないが、酷使した右手だけは、彼らにもすぐには治せなかった。


 今の彼女の手には、白い包帯と固定用のギブスが巻かれている。


「俺は謝ってもらいたいんじゃないんだよ、ユーリィ」


 シローが厳しい視線で彼女を見つめる。


「どうして、こんな無茶をしたんだ。その右手だって、ランク戦が始まる前から痛かったんだろう」


「そ、それは……」


 否定することができず、ユーリィが下に俯く。


 包帯の巻かれた手を握りしめて、脅えるように肩を震わせている。その姿は、叱られている以上の感情が見え隠れしていた。


 だが、シローはそのことには気づかずに、淡々と言い放つ。


「もういい。ユーリィ、お前はランク戦に出るな」


「っ!」


 ユーリィが顔を上げて、目を見開く。

 彼女の瞳は、大きく揺れていた。

 そこに浮き出ている感情は、……恐怖。シローの言葉に、彼女は心から恐怖していたのだ。


「な、なんでですか!? 私は、まだ戦えます!」


「そういう問題じゃない。そもそも、そんな手で銃を撃てるわけがないだろう」


「関係ありません! 右手が使えないなら、左手で撃ちます! 狙いが定まらないなら、狙える距離まで近づきます! もし、銃が撃てなくなっても、シローさんの身代わりくらいにはなります!」


 がしっ、とシローの服を掴んで、彼女は懇願する。


 その声は、今にも泣いてしまいそうなものだった。親と離れたくない子供のように、ユーリィは涙声で縋りつく。


「だから、お願いします! 私を、……私を見捨てないでください!」


 それが彼女の本心であると、すぐに理解できた。


 どんなときだった笑みを絶やさなかったユーリィが、こんなにも必死になって縋ってくるなんて、今まで想像もできなかったことだ。


「私にとって、シローさんが全てなんです! シローさんに必要とされなくなったら、私はどうしたらいいんですか!? なんのために生きたらいいんですか?!」


 慟哭。大声を上げて泣きながら、ユーリィはシローの服を握りしめる。


 そこには、いつも気丈に振る舞う少女はいなかった。

 不安で、ただ不安で、見捨てられることが耐えられない孤独な女の子であった。


「……ユーリィ?」


 そんな彼女に、シローは穏やかな態度を見せた。


 泣きじゃくるユーリィへと手を伸ばして、その小さな頭にのせる。そして、そのまま自分の方へ引き寄せたのだ。

 彼女のことを優しく抱き留めては、子供をあやすように髪を撫でる。


「お前は本当に不器用だな。なんで、そうやって一人で抱えようとするんだよ」


 その声は呆れながらも、どこか優しい口調であった。


「なぁ、ユーリィ。よく聞けよ。……お前の目の前にいる人間は、いったい誰だ?」


「……え?」


 その質問に、ユーリィが顔を上げる。

 彼女の瞳は涙で濡れていた。


「し、シローさんは、……シローさんは―」


 どう答えていいのかわからず、戸惑っているようであった。

 その様子を見て、シローはしっかりとした口調で言い切った。


「お前は、自分の婚約者も信じられないのか?」


「っ!?」


 驚きに、目が見開かれる。


「ユーリィ。俺が成り行きだけで、お前の婚約者でいると思うのか? もし、そうだったら大きな間違いだぞ」


 シローが、ユーリィの黒い瞳を見つめる。


「俺は自分の意思で、お前の傍にいることを選んだ。だから、お前のことが心配だ。自分のことさえ道具のように扱ってしまい、次のランク戦でも無茶をするとわかっているから」


「……シローさん」


「俺には、お前が必要だ。お前といるから、こうして学園生活が満ち足りたものになっている。……だから、見捨てないでください、なんて寂しいことを言うなよ。それじゃ、まるで俺が信頼されていないみたいじゃないか」


「そ、そんなことありません! シローさんがいたから、私はここにいるんです! 私がシローさんを信用しないなんて、そんなことありえません!」


 ぎゅっ、と服を握る手に力がこもる。


「だったら、もうこんな戦い方はしないでくれ。……あんまり心配をさせるなよ、このバカ」


「……はい」


「あと、怪我が治るまでは、ランク戦は休むこと。強敵とぶつかることになったら、その時がお前の出番だ。いいな?」


「……はい、わかりました」


 ユーリィは涙を拭うと、そのままシローに顔を埋める。


「……シローさん、大好きです。私はあなたのことを愛しています。ずっと、これからも、永遠に―」


「あぁ、そうだな」


 シローも優しい手つきで、彼女の頭を撫でていく。


 それ以上は言葉は交わされず、穏やかな雰囲気となる。二人だけに許された時間が、歩くような速度で過ぎていった。


 まさに、そんな時だった。

 保健室の扉が勢いよく開かれたのは。


「姉さま! お怪我は大丈夫ですか!?」


 クリスティーナ・ビスマルクが金髪を乱しながら駆け込んできたのだ。


 そして、そのままの勢いで目の前にいるシローを突き飛ばす。ガンッと鈍い音を立てて、壁に崩れ落ちた。


「あぁ、なんてことでしょう! ランク戦でお怪我をされたと聞きまして、すぐに駆けつけたのですが、まさかこんなにも重傷だったなんて」


「……あの、シローさんが凄い勢いで飛ばされてましたが」


「こんな手では学園生活もさぞ大変でしょう。……ですが、ご安心ください! このメイドの名家出身のクリスティーナ・ビスマルクが心を込めてお手伝いをします!」


 ごろごろと頭を抱えて悶絶してるシローのことなど気にも留めず、クリスティーナはその場に跪く。


「おはようから、おやすみまで! このクリスティーナにお任せあれ、ですわ!」


 にこにこと生き甲斐を見つけた少女のように、彼女は満面の笑みを浮かべていた。


 鞄の中からメイド服を引っ張り出し、頭にのせるヘッドドレスを律儀に身に着ける。

 それから、ふと床に倒れている人間を見て、不思議そうに尋ねたのだ。


「……あれ、兄さん。そんなところで何をしているのですか?」


 きょとんと首を傾げるクリスティーナ。そんな彼女を見て、シローは久しぶりに女の子を殴りたいと思っていた。


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