第18話 「痣だらけの右手」
ダダンッ!
ほぼ同時に、二つの銃声が響いた。
一つは、ユーリィの放ったスナイパーライフル。右回りに回転をする弾丸が、音速の壁を越えて敵へと向かう。
もう一つは、その男が持っている帝国製ライフル。広場の入り口から、地面に伏射態勢となっているユーリィへと引き金を引く。
その二つの銃弾が、刹那の時を挟んで交差して、……それぞれの目標へと着弾した。
「ぐっ!」
「……っ!」
悲鳴を上げたのは、男の方だった。
ニーヒル兄弟の兄。敵チームの司令塔を狙ったヘッドショットは、残念ながら彼に当たることはなかった。銃弾が通り過ぎた瞬間、男のかけていたサングラスが吹き飛び、遠くの地面へと落ちていく。
「くっ、やるじゃないか」
男は軽くよろめくと、眩しそうに青い瞳を細める。
だが、すぐに態勢を立て直して、ユーリィへと銃を構えた。
「っ!」
その姿を見て、彼女もまた次弾を装填する。
両手で構えたスナイパーライフル。その銃から横に出ているボルトハンドルを跳ね上げて、勢いよく手前に引く。
そして、空薬莢が飛び出すのと同時に、力強く押し込んだ。……カシャ、と銃弾が装填された音が指越しに伝わる。
「……まだ、やれる」
ユーリィは呟き、引き金を引く。
鋭い銃声が鳴り、再び銃口から弾丸が放たれた。
だが、意外にも。狙いは大きく外れてしまう。男の傍にある街灯に着弾して、銃痕を残すだけの結果となった。正確な射撃が得意なユーリィには珍しいことだった。
いや、厳密にいえば。ここまで狙いが外れたことなど、一度としてなかった。
「くっ!」
ユーリィは顔を歪めながら、自分のミスを呪う。
そして、敵の銃撃を避けるために素早く身を翻した。転がりながら起き上がっては、バララッと響く乱射を潜り抜けて、塀の後ろへと滑り込む。
そして、壁に寄りかかりなら苦しそうに息を吐いた。
「……はぁはぁ。……まだ、やれます」
それは誰への言葉なのか。
ユーリィは自分の脇腹を抑えながら、大きく息を吸う。
よく見れば、彼女の額には冷や汗が浮かんでいた。辛そうな表情も隠すことができず、まるで痛みに耐えるかのように歯を食いしばっている。
「……ぐっ」
実際、彼女は被弾していた。
脇腹と左肩。最初の狙撃で左肩を撃たれて、今の乱射で脇腹に銃弾を浴びた。ランク戦仕様の銃弾なので出血こそしていないが、それでも鋭い痛みが絶えず襲ってくる。それこそ、気を抜いたら意識を失ってしまいそうなほどに。
「……やらないと。シローさんに任されたんだから」
何より、重傷なのは。
今も震えている右手だ。紫色の痣がいくつもできていて、引き金を引くたびに激しい痛みをもたらす。
それだけではない、発砲の衝撃を受ける時にも、銃弾を装填する時にも、同じような痛みが走っていた。
ユーリィの狙撃が大きく反れてしまったのは、これが原因であった。今まで隠しにしてきたが、彼女の手はそれほどまでに重症だったのだ。
もはや、銃を撃てないほどに。
「……それでも、やらないと」
ユーリィは息を大きく吸って、ゆっくりと吐く。
余計なことを考えないようにして、心まで空っぽにしていく。
体のあちこちから痛みが走っているが、それすらも少しずつ薄れていく。
……痛みとは、体からの悲鳴だ。
ならば、耳を貸さなければいい。自分の意思で動かせるのなら、そんなものに意味はない。
「……人形に、痛みはいらない」
ユーリィは自らの意思で、体からの痛みを遮断する。
自身が人形であると言い聞かせ、壊れて捨てられる消耗品であると思い出す。
動くなら、壊れるまで戦えばいい。
それが、私の役目だ。
「……」
すっ、と彼女から表情が抜け落ちる。
何も感じない人形のように、瞳から虹彩がなくなる。そして、それと同時に塀から飛び出していた。
「っ!」
バララララッ、と激しくなる敵の銃声。
だが、そんなことは関係なく、ユーリィはその場に滑り込んだ。
右手を引き金にのせて、敵へ目掛けて銃弾を放つ。それが当たったかどうかはわからない。彼女は無表情のままボルトハンドルを引き絞り、再び銃弾を装填させる。
その間も、敵からの攻撃は止まない。
いくつもの銃弾が襲うが、彼女は逃げようとしなかった。悲鳴を上げる体を無視して、銃を撃ち続ける。
ダンッ、ダンッ、ダンッ!
聖職者の審判のように、ユーリィの動きに迷いはない。
撃つたびに右手の痣が大きくなっていく。だが、それでも撃つのを止めない。握力も徐々に無くなっていくというのに、まるで道具のように自分の体を酷使していく。
そして、次の瞬間。
引き金に当てた指が、ぴくりとも動かなくなっていた。
……あ、あれ?
無表情のまま、ユーリィは困惑する。
銃を構えたまま微動だにできず、気がついた時には体が鉛のように重くなっていた。痛みどころか感覚さえ消えて、視界さえも朧げになっていく。
それでも、まだ戦おうとしていた。
彼女は動かなくなった指に噛みつくと、無理やりに引き金を引こうとする。口の中に血の味が広がり、肉が軋む音さえも聞こえてきそうだ。
だが、そこまでだった。
「もう、やめておけ。……お前は強いが、それは道具としての強さだ。そんな戦い方は、大切な人を悲しませることになるぞ」
敵であるはずのニーヒル兄弟の兄の声が聞こえた。
そして、ドスッと頭に鈍痛が響いて、急に意識が遠のく。銃が地面へと落ちていき、血のついた引き金から指が離れた。
……シローさん。
彼女は最後まで、大切な人のことだけを考えていた。




