第17話 「おいおい、今のを避けるのかよ」
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「おいおい、今のを避けるのかよ。完全に死角だっただろう?」
男は呆れたように呟きながら、望遠スコープから目を離した。
青い髪に、黒いサングラス。
服装は、弟と同じ黒いスーツのような礼服。スナイパー仕様に手を加えた帝国製ライフル、『ジャッカル・M14-EBR』を握りなおすと、サングラスの奥の瞳を細めた。
彼がいるのは、広場を挟んだ民家。
見晴らしの良い屋上ではなく、あえて二階の部屋に狙撃ポイントを構えたのは、相手チームに見つからないようにするため。
狙撃手が敵に見つかるのは、愚の骨頂。
銃を撃った後の安全を考慮すれば、建物の屋上で狙撃する気にはならない。幸いにも、今回のフィールドは捨てられた市街地。身を潜む場所はいくらでもあった。
「……ったく。天性の勘って奴か? これだから天才は―」
兄は小さな声でぼやきながら、再び銃を構えてスコープを覗き込む。
壁に背をつけて、膝と肩だけで狙いを安定させる。
しかし、それは精密射撃とはいえない。
狙撃手が好むのは、最も安定した伏射態勢。地面に腹ばいになって、銃口が安定した状態からの一撃必殺。座った態勢や、中腰姿勢からの射撃では、せっかくの銃の精度が台無しになってしまう。
だが、それが彼の強みでもあった。
引き金を引くだけで自動に弾を装填できる、帝国製のセミオートのライフル。例え、最初の一発が外れても、すぐさま二発、三発を撃ち込んでやればいい。不意打ちという有利な点を考えれば、結果は同じだろう。
さらに言えば、彼は狙撃手ではない。《普通歩兵科》なのだ。
接近戦を苦手としている《狙撃兵科》と違い、不意の遭遇戦を学び、熟知して、得意とさえしている人間だ。
故に、伏射態勢などという次の動作を考えていない姿勢など、最初から選択肢にない。
「さぁ、どこから出てくる?」
狙撃が失敗したにも関わらず、ニーヒル兄弟の兄は冷静であった。
自分が優位な状況に変わりはない、と確信していたからだ。
どんな歴戦の兵士でも、たった一発で狙撃ポイントがわかるわけがない。まして、今回は市街戦。隠れられそうな場所など、いくらでもあるのだ。
「……『魔眼・鷲の目』」
男がそっと呟く。
彼の魔法は、学園でも数少ない『魔眼』と呼ばれるものであった。体内を巡る魔力のほとんどが眼球に集中しており、発動させれば常人とは比較にならないほどの視野・視覚を持つことができる。
だだ、効果が強すぎることもあり、普段はサングラスをかけて、その視覚を抑えていた。自分でコントロールするのが難しい性質は、ゼノの『死ねない呪い』や、ユーリィの『不幸体質』と似ている。
「……来いよ」
ニーヒル兄弟の兄は、意識を視界に集中させて銃を構える。
目の前は、遮蔽物のない公園だ。
どこから出てきても、見逃すわけがない。
そう確信していた彼だったが、奇妙なものを見つけて思わず首を捻りたくなる。
「ん?」
先ほど、相手チームが逃げ込んだ細い路地。
そこから何か筒状のものが、こちらに向けられているのだ。
銃ではない。もっと大きくて、凶悪な何か。
そう、例えるなら。
……それは小さな大砲であった。
「マジかよ」
男の背筋に嫌な汗が流れた。
そういえば、相手チームに一人いることを忘れていた。建物ごと破壊してしまう火力を持つ《砲兵科》の少女の存在を。
「やべっ!」
ニーヒル兄弟の兄が状況を理解した、その瞬間。
目の前に落ちてきた砲弾が、爆炎をまき散らしていた。
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「あうあう~。ほ、本当に、あの家で間違いないのですか!?」
涙目になっているのは、銃を構えているミリアだった。
試作型グレネードランチャー『イフリート』。放射状に発射した砲弾は、目標地点に大爆発を引き起こし、『爆炎魔法』が、周囲を火の海に変えていく。
そのこともあって、ミリアは自分が撃った場所が本当に正しいのか、ユーリィに何度も確認していた。
「大丈夫です。あの建物に間違いありません」
ユーリィは真剣な顔で断言する。
「私だったら、あそこから撃ちます。どうやら相手はとても冷静な性格のようですね。狙撃ポイントがばれないように、銃の持つ最大射程で狙撃してくるなんて」
「ど、どうして、そんなことがわかるのですか!?」
ミリアの質問に、ユーリィは淡々と答える。
「先ほどの銃声から、敵の使っている銃がわかりました。……ガリオン帝国で開発された『ジャッカル・M14-EBR』です。数年前の戦争では開発途中でしたが、狙撃と制圧射撃ができる新型アサルトライフル」
彼女は手に持った銃を見つめながら、無表情な顔で過去を思い出す。
「あの銃の有効射程距離は、400~500メートルといったところ。その数値を考えれば、敵が潜伏している場所を割り出すことは難しくありません」
まるで当然のことのように、ユーリィは説明する。
ミリアも感心したように聞き入るが、どうして彼女がそんな辛そうな表情になるのかはわからなかった。
ユーリィの暗い過去。帝国側に誘拐され、スパイとして育てられた記憶は、今も彼女を苦しめている。不意に無表情になるのは、その表れでもあった。
いつものように笑っていて欲しいのに。と、彼女の過去を知らないミリアも、そんなことを思う。
「じゃ、じゃあ! もう相手を倒せたってことですか!?」
「……どうでしょう。敵もそこまで甘くはないかと」
ちらり、と辺りを窺うように路地から顔を出す。
ユーリィの手にはスナイパーライフルが握られていて、いつでも戦闘ができるように構えている。
その時だった。
白煙が立ち込める民家の二階から、男が颯爽と飛び出してきたのだ。ニーヒル兄弟の兄だ。サングラスを押し上げながら、銃を片手につかんでいる姿は、まるで映画の一場面のようだった。
「見つけた」
ユーリィは呟くのと同時に、路地から走りだしていた。
銃を構えて、石畳を駆け抜けて。
敵を狙える場所に辿り着くと、その場にお尻から滑り込む。そして、伏射態勢をとりながら確実に狙いをつける。
「……シローさんに、勝利を」
敵の頭にスコープの十字を合わせて、迷うことなく引き金に指を伸ばす。
だが、敵もまた。
同じタイミングで、ユーリィに銃口を向けていた。




