第16話 「待ち伏せされている」
「ええっ!?」
「おいおい、正気かよ!?」
ミリアとゼノが驚いているなかで、ユーリィだけは笑みを浮かべる。
多くを説明せずとも、シローの言っていることをすぐに理解していたのだ。
「わかりました! すぐに行動を開始します!」
にこり、と笑みを浮かべては、腕に抱いていた銃を構える。
同じ狙撃手として。そして、師と教え子として。
あとは、婚約者として。シローとユーリィはわずかな誤解もなく、共通の認識を持つことができていた。それは阿吽の呼吸といってもいい。同じチームにいるゼノやミリアさえも、置いてきぼりにしてしまうほど。
彼ら思っているところは、ただ一つ。
連携を得意としているニーヒル兄弟が、弟だけの単独行動なんてありえない。
そこから考えられることは、実に明確だ。
……待ち伏せされている。
恐らく、この逃げ込んだ先で待ち構えているに違いない。
遠距離からの狙撃ができる、ニーヒル兄弟の兄。市街戦という死角を利用して、必ず狙撃してくるはずだ。
ならば、ここは二人ずつに分かれて戦うしか選択肢はない。
「開けた場所や、見晴らしのいい所は通るなよ! 足を止めずに、常に走り続けろ!」
「はい!」
「……はぁはぁ。……あう~、自信がないのです」
息を切らしたままのミリア。彼女には気の毒だが、ここが踏ん張りどころだ。
「それと、ユーリィ。無茶はするなよ。戦うのが難しくなったら、すぐに白旗を上げろ。絶対だぞ」
「はい、了解です」
シローが心配そうにユーリィの右手を見ると、彼女は優しく微笑んでみせる。
普段、狙撃のサポートとして動いているシローが、スナイパーライフルを持っているのは、彼女の代わりに戦うつもりだったからだ。銃職人に依頼した、あの銃が届くまでは。ユーリィに引き金を引かせたくない。
だからこそ、シローは自分の作戦が甘かったことを後悔している。
ユーリィは笑みを浮かべたまま、いつものように素直に返事をする。……が、どうせ言う事を聞かないだろう。自分の怪我など気にも留めず、無茶をするに決まっている。
……ユーリィ・ミカゲ・スナイベルとは、そういう女の子だ。
数年前の戦争において、帝国で道具として育てられたせいか、そういった傾向が強い。下手な指示を出してしまったら、それこそ死んででもやり遂げようとするだろう。
だから、シローは強く言いつける。
無茶はするな、と。
「では、行ってきます」
ちょこん、と可愛く敬礼をすると、銃を構えながら路地裏へと消えていく。その後を、待ってください、とミリアが半泣きになりながらついていった。
「良かったのか? 行かせちまって」
「さあな。……だが、勝てる戦いを投げ出すほど、俺は愚かではない」
バラララッ、と敵の射撃音が近づいてくる。
そんな緊迫した空気のなかでも、ゼノは余裕の表情を浮かべた。
「ほぅ、知らなかったぜ。このランク戦を勝てると思っているのか?」
「嫌なら、ここで座っていろ。学園ランキング9位なんて、俺一人で十分だ」
シローにしては珍しく冗談を口にする。
それに気を良くしたのか、ゼノも上機嫌となった。
「ははっ。言うじゃねぇか! 悪いけどよぉ、奴は俺の獲物だぜ!」
そして、次の瞬間には。
シローとゼノは走り出していた。
シローとユーリィのことを阿吽の呼吸というならば、こちらは戦場の呼吸というべきか。今まで、数えきれないほどの戦場を駆け抜けてきた二人は、お互いがどう動くのかも知り尽くしていた。
故に、打ち合わせなんてものはいらない。
「……はっ!」
スコープを外したスナイパーライフルを構えながら、シローは路地の十字路へと飛び出す。
右手を引き金に、左手を銃身に。
地面に滑り込むような姿勢のままで、敵に狙いをつける。
そして、特徴的な赤髪の姿を見つけた瞬間には、不安定な態勢であるにもかかわらず、引き金を引いた。
「ぐっ! ぐぬぬ!」
ダンッと鋭い銃声に、男の短い悲鳴。
銃弾は左肩に当たったようで、ニーヒル兄弟の弟は大きく姿勢を崩す。
だが、さすがは学園の誇るランキング一桁のチーム。もはや、歴戦の兵士と同じ強さを持っているとされる学園の化け物たちは、これくらいでは怯みもしない。
歯を食いしばり、被弾の痛みに耐えながら、次の瞬間には銃を構えていた。帝国製の最新ライフル『ライオン・M16』から放たれた複数の銃弾が、射撃体勢のシローへと襲う。
だが、シローとて歴戦の狙撃手。
これくらいでは、押し負けたりはしない。
「ふん、その程度」
被弾により精度を疎かになった射撃を、軽々と回避してみせる。
そして、迷いのない動作で次弾装填。吐き出された空薬莢が地面に着くまでには、次の射撃体勢へと移っていた。
「この私と勝負しようというのかね? ……面白い!」
ニーヒル兄弟の弟が笑みを浮かべながら、こちらに突進してくる。
その姿は、まるで猛獣のよう。赤いたてがみを揺らす獅子のように、シローの喉元へと食らいつく。
しかし、シローは動こうとはしなかった。
シロー自身も理解していることだった。……獣なら、こちらにもいると。
「おらおらおらっ! 上が疎かになっているぜ!」
突如、上空からゼノの声が響く。
それと同時に、民家の二階から飛び出していた。その姿は、まさに野獣。ゼノは手に持った旧式のライフルを振り下ろしながら、赤髪の男を急襲する。
「くっ、小癪な!」
ガンッ、と金属と金属が激しくぶつかる音。
ニーヒル兄弟の弟は、自分のライフルを盾にして身を守る。だが、片手間で薙ぎ払えるほど、ゼノの一撃は軽くはない。
「……もらった」
そして、その隙を見逃すほど、シローも甘くはない。勝利を確信して、引き金の指に力を入れた。
――◇――◇――◇――◇――◇―
「はぁはぁ。……ま、待って下さーい」
「ミリアさん、どうしましたか?」
「……も、もう、走れません。や、休ませてください」
「まだ、それほど走ってはいないと思いますが」
膝に手を当てて激しい呼吸をしているミリアに、ユーリィは平然とした顔で尋ねる。
場所は、大通りに面した細い路地。
近くに公園があるのか、視界の開けた場所が広がっている。
……狙撃には、最適は場所であった。
「もう少し頑張ってください。この場所も安全とはいえません。可能性は低いですが、広場の向こう側から狙われているかも」
「そ、そんな~」
ミリアが泣きそうな声で嘆く。
彼女にしか使えない試作型グレネードランチャーから手を離して、呼吸を整えようと胸元に手を置く。
その様子を見たユーリィは、どうして自分と体力消耗が違うのか、と首を捻る。運動量もそれほど変わらないはずなのに。
「はぁはぁ」
「……あ」
だが、その疑問はすぐに解決した。
呼吸と一緒に、激しく上下するミリアの胸部。その豊かな胸を見て、ユーリィは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「……贅沢な悩みです」
「え、えぇ?」
「いいですね、胸が大きくて。何を食べたら、そんなに大きく育つんですか? 私もそれくらい大きかったら、シローさんにお嫁さんとして認めてもらえるんですか?」
「な、何のことですか!?」
ミリアが恥ずかしそうに顔を赤くさせると、ユーリィはさらに不服そうな顔になる。いつも笑顔の彼女にしては、それだけでも貴重な様子だった。
「……だって。同じベッドで寝ているのに、全然手を出そうともしないんですよ。それって、私の女の子としての魅力がないからですか!? どう思います!?」
「あ、あたしに聞かれても~」
ミリアが先ほどとは別で泣きそうになっている。
だが、そんなことは関係なく、ユーリィは熱の入った口調で詰め寄る。
「まったく! クリスティーナちゃんからも色々と教えてもらいましたが、やっぱりシローさんには、旦那様としての自覚が―」
ユーリィがぷんぷんと頬を膨らます。
その時だった。
ざわり、と何かが背筋を通り抜けた。
冷たい視線。凍りつくような感情。近くに敵などいないはずなのに、まるで遠くから狙われているかのような感覚。
それは狙撃手としての直感といえるものだった。
……撃たれる。
そう思った時には、目の前のチームメイトを突き飛ばしていた。
「伏せてください!」
「きゃっ!」
二人が転がるように路地の奥へと姿を消す。
まさに、その直後だった。
チュンッ、と銃弾が耳元をかすり、遠くから銃声が響いたのだ。
その状況に、ユーリィはすぐさま臨戦態勢へと思考を切り替える。
「狙撃されています! ミリアさん、頭を出さないでください!」




