第15話 「どこに行こうというのかね?」
――◇――◇――◇――◇――◇―
クリスティーナの自発的な協力によって、対戦相手である『ニーヒル兄弟』の正確な情報が集まっていた。
まず、二人組の《普通歩兵科》であること。
赤髪で好戦的なほうが弟、青髪で冷静なほうが兄。
弟は接近戦を好み、フルオート射撃をしながら積極的に攻めてくる。それに対して、兄は遠距離戦を好み、狙撃用にカスタマイズされた銃で正確に狙い撃つ。
それだけならば、別に困ることはなかった。
問題は、彼ら兄弟がどんな状況でも戦える、オールラウンダーであることだ。
弟のほうに遠距離戦を持ち込もうとも、兄に接近戦を挑もうとも、生半可な攻撃では返り討ちにしてしまう。
さらに、さすがは兄弟というべきか、状況に応じてお互いの銃を交換して戦うことができる。
弟が引いたと思ったら、すれ違いざまに銃を交換して、そのまま兄が突撃してくる。連携やコンビネーションといったものでは、他のチームを圧倒していた。
そして、これが最も重要なのだが。
そんな彼らだが、作戦や指示を出しているのは、兄だけであった。
全体を見渡す司令塔にして、近・中・遠距離に対応した装備。倒すことは容易ではないが、この話を聞いた時からシローたちの作戦は決まっていた。
……司令塔の兄から、倒していこうと。
チーム戦であるために、数的にはシローたちが圧倒的に有利。多少の痛手を追おうとも、指示を出す兄さえ倒せば、勝利することも難しくないだろう。
気がかりがあるとすれば、ユーリィだ。
体に合っていない学園の備品『イーグル・M24』でどこまでやれるのか。ランク戦が開始されるまで、シローたちはそんなことは話していた。
それが―
「くそっ! 先回りされた! シロ、裏路地に逃げ込むぞ!」
「走れ! ユーリィ、ミリア!」
「あうあう! な、何なんですか、あの人!?」
「……凄いですね。こちらがどう動くのか、わかっているみたいです」
放棄された街角で、シローたち四人の悲鳴が響いていた。
市街戦。
ランク戦では上位のチームに好まれる、実際の戦場に近いフィールド。数年前の戦争で、帝国との激戦を繰り広げ、そのまま放置されたままになっている街並み。古い石畳や、窓ガラスが割れた商店街など、かつての戦争の爪痕を残している。
そんな忘れ去られた戦場にて、シローたちは右へ左へと逃げ回っていた。
ある男の声を聞きながら。
「はっはっは! どこへ行こうというのかね!?」
赤い髪を揺らして、黒いスーツのような礼服に身を包んだ男が、帝国のライフルを片手に笑っていた。
ニーヒル兄弟の、弟だ。
天賦の才を持つと言われた、学園屈指の《普通歩兵科》。
戦闘における感がとても鋭く、敵を深く追いつめては得意の接近戦に持ち込む。その戦闘スタイルは、まるで未来でも見えているのか、と思わせるほどであった。
ちょうど今、シローたちが直面しているように。
「ははっ、相変わらずだな。こっちがどこに逃げるのか、全部お見通しってわけだ!」
「笑っている場合じゃない! ゼノ、あれは何だ! 何で、俺たちの逃げる場所がわかる!?」
「さぁな。野生の勘、って本人は言っていたが。もしかしたら、それが奴の魔法なのかも」
「未来が見える魔法だと!? ふざけるな、そんなものにどうやって勝てばいい!」
シローは大声で叫びながら、後ろをついてくるチームメイトを見る。
ユーリィはとくに動揺など見せることなく、スナイパーライフルを大切に抱えたまま走ってきている。
だが、その後ろにいるミリアは大丈夫とはいえなかった。既に息が切れていて、走るたびにピンクのツインテールが尻尾のように激しく踊る。手にした試作型グレネードランチャー『イフリート』も、何とか持っている様子であった。
「ちっ、なんでこんなことになったんだ」
路地裏の十字路を前にして、シローは壁に背を向ける。
そして、手にしたスナイパーライフルを構えながら、見えない死角を確認していく。遮蔽物の多い市街戦では、こういった確認作業がとても大切であった。怠ってしまえば、それだけで敵に隙を見せることになる。
シローはゼノと一緒に安全確認をしながら、ランク戦が始まった時のことを思い出していた。
作戦は、単純だった。
ゼノが囮として、ニーヒル兄弟の弟をおびき寄せているうちに、司令塔である兄をメンバー全員で叩く、というもの。
これまでと同じ慣れた作戦であり、チームの人数差からも成功する算段であった。
ランク戦の開始の合図と同時に、ゼノが街の中央部へと走り出す。
そして、シローたちは開始地点でじっと息を殺す。あとはゼノから接敵の知らせを聞けば、すぐにでも行動を起こすはずだった。
だが、事の展開は予想を遥かに超えるものになっていた。
「見ぃ~つけた」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
数多くの戦場を駆け抜けて、いくつもの修羅場を乗り越えてきた。歴戦の狙撃手であるシロー・スナイベル。そんな彼だったが、これほどまでに意表を突かれたことはなかった。
なぜ、ここに。
ゼノが追っているはずの、ニーヒル兄弟の弟がいるのだ。
「――あ~、あ~。こちらゼノ。弟の姿が見当たらないんだが。どうしたもんかね?」
片耳につけた無線から、ゼノの呑気な声が聞こえてくる。
「――もしかしたら、俺たちの作戦に感づいて、そっちに行っているかもしれねぇ。まぁ、気をつけろよ」
……もう少し、早く言って欲しかった。
シローの視線の先には、満面の笑みを浮かべているニーヒル兄弟の弟。肩に担いでいた帝国製ライフルを軽やかに構えると、銃口をこちらに向ける。
思考が停止しているのはシローだけではなく、その場にいたユーリィやミリアも同じだった。
「……に」
「――に?」
そして、数瞬の思考停止の後。
シローたちは大声で叫んでいた。
「「に、逃げろーーーーーーーーーーーっ!!」」
それからというもの、なんとか先行していたゼノと合流できたのだが、弟の執拗な追跡を振り切れずにいた。
「……撒けたか?」
「……いや、あいつの嗅覚は並じゃねぇ。すぐに追いつかれるぞ」
十字路の安全確認をしながら、なるべく足音を立てないように歩いていく。
ゼノと背中合わせに銃を構えて、ユーリィとミリアが通り過ぎる間の安全も確保する。
「ありがとうございます」
「はぁはぁ、もう、げんかいですぅ」
笑顔のユーリィと、息を切らしているミリア。彼女たちが路地に入ったのを確認しながら、ゆっくりと自分たちも進んでいく。後ろから狙われないように、後ずさりしながら。
その時だった。
突如、十字路の先から人影が現れた。
赤い髪に、帝国製のライフル。
バララララッ、という銃声が響き渡り、シローとゼノはその場から仰け反っていた。ニーヒル兄弟の、弟の奇襲だ。
「くそ! 埒が明かない! ゼノ、作戦を変更する!」
「あ? どうするんだよ?」
怪訝な顔を浮かべている友人には見向きもせず、シローは手に持ったスナイパーライフルを上に向ける。
そして、遠距離狙撃のためにつけた望遠スコープを、強引に取り外したのだ。それは接近戦で戦う覚悟を意味していた。
「メンバーを二手に分けるぞ! こいつは俺とゼノがやる! ユーリィとミリアは、兄のほうを排除してくれ!」




