第14話 「ニーヒル兄弟」
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「ニーヒル兄弟?」
ユーリィが首を傾げると、シローは重々しく頷く。
その表情は、いつになく険しいものだった。
「あぁ。兄弟二人だけのチームで、この学園屈指の実力者でもある。……まさか、こんなにも早くランク戦で当たることになるとはな」
眉間の皺を揉みながら、シローは考え込む。
そんな彼とは対照的に、同じ食堂のテーブルにいたゼノが楽しそうに笑った。
「おいおい、シロよ。何をそんなに落ち込んでいるんだ? 相手はランキング9位なんだぜ。もっと楽しそうな顔をしろよ」
「……勝てるかどうかわからない相手とぶつかって上機嫌になるのは、ゼノ。お前くらいだよ」
はぁ、とため息をついてみせる。
実力主義のオルランド魔法学園において、学園ランキングは絶対的な強さを表す。それが9位ということは、この学園において9番目の強さであること。今までの相手とは、格が違う。
「どんな人たちなんですか? その兄弟というのは」
「《普通歩兵科》に所属している二年生と三年生だ。実際に戦ったことはないが、とにかく強いと評判の二人だよ」
その辺りはどうなんだ、とシローはゼノに視線を飛ばす。
「そうだな。かなりのやり手だ。弟のほうとは授業でよく模擬戦をするんだが、とにかく勘がいい。まるで、こちらがどう動くのか予知しているかのような戦い方だ」
ゼノは《普通歩兵科》の学年主席である。その彼が、手放して褒めるのだから、その実力は本物なのだろう。
「兄のほうとは、あまり顔を合わせたことはないな。だけど、見ている感じだと、冷静沈着に一人ずつ片づけるタイプだな。あれは歩兵いうよりも、狙撃手に近い」
「その話なら、俺も聞いたことがある。ニーヒル兄弟の兄は、狙撃も可能な接近戦ライフルを使っていると」
近距離と遠距離のどちらも対応できるというのは、味方であれば心強いが、敵ならば果てしなく対応に困ってしまう。
「あう~。だ、大丈夫なのですか?」
心配そうに肩を落とすのは、同じチームのミリア。《砲兵科》である彼女の火力は、今まで多くの勝利に貢献してきた。
だが、その性格は変わらず臆病のまま。おどおどしているミリアを見て、ユーリィが隣のテーブルに向かって話しかけた。
「それで? 何か良い対策はありませんか?」
夕方の学生食堂。
ここに残っている生徒たちは数えるほどしかおらず、シローたち四人でデーブルを囲んでいる他は、その隣にいる少女しかいない。
「……なんで、そこまで教えなくちゃいけないのですか?」
クリスティーナは金色の髪をかき分けながら言った。
シローたちに次の対戦相手を教えたのは、彼女自身であった。
それから食堂で作戦会議を始めることになったのだが、なぜかクリスティーナもその会議に参加していた。
「残念ですが、ユーリィ・ミカゲ先輩。私がそこまでしてあげる義理はありません」
ツンっ、と不機嫌な態度を取ってみせる。
シローの婚約者であることに断固として反対しているのか、敢えて旧姓で呼んでいた。
「兄さんには申し訳ありませんが、私から言えることは何もありません。どうせ負けるのですから、今から降伏しにいったらどうですか?」
「あらら、クリスティーナちゃん。今日はご機嫌ななめですね」
「人のことを、ちゃん付けて呼ばないでください」
クリスティーナは睨みつけるような視線で、ユーリィのことを見る。
「それに、ミカゲ先輩。私はあなたを許したつもりはありません。全校生徒の前で恥をかかせたとこを、いつか後悔させてあげます」
「ふぅん。そっか」
それに対して、ユーリィは笑顔だった。
にこり、といつもと同じ笑みを浮かべながら、そっと席を立つ。そして、まるで聖母のような微笑みをクリスティーナに向けるのだった。
「そんな悪いことをいうのは、誰かな?」
その光景に、ぞくりとシローは背筋を凍らせる。
穏やかな風景には変わりない。それなのに、なぜか緊張の走る瞬間。ユーリィの笑顔が、とてつもなく怖く感じだのだ。
それはクリスティーナも同じようで、自分より背の低いユーリィを前にして、怯えた表情を浮かべた。
「ひっ!」
「ねぇ、クリスティーナちゃん? 私のことを何て呼んだのかな?」
「あ、ああ、あな、あなた―」
あわあわと口を震わせている。
上手く言葉にできないのか、ユーリィのことを見つめながら泡を食っている。
そんな彼女に、ゆっくりと手を差し出す。
恐怖に青くさせた顔に、ユーリィの手が触れた。……その瞬間、クリスティーナの表情がくるりと変わったのだ。
ぼぅ、と頬を赤くさせて、愛するものを見るような眼差し。
悩ましいため息とともに、彼女が口を開く。
「……ね、姉さま」
それまでツンケンしていた態度はどこにいったのか、従順な従者のような態度でユーリィの命令を待っている。
「はい、よくできました。それじゃあ、一緒に作戦会議をしましょう」
「……はい。姉さまが望むのなら」
恋する乙女のように、どこか恥じらいながらユーリィに手を引かれていく。
そして、何の反対もすることもなく、シローたちと同じテーブルに着いたのだ。
「あっ、シローさんの隣は私が座るから」
「も、もちろんです! どうぞ、兄さんの隣へ座ってください! 私は、姉さまがいれば他には……」
初々しい反応を見せながら、クリスティーナはユーリィのすぐそばに座る。そして、彼女の小さな手をじっと見ながら、はぁはぁと息を荒くさせるのだった。
「……姉さまの手、小さくて、とても可愛いです。……ダメよ、クリスティーナ! 姉さまの神聖な手で、そんなことを考えるなんて! はしたないわっ!」
一人で勝手に盛り上がっている彼女を見て、シローとゼノは少し引き気味になっていた。
「……なぁ、ユーリィ」
「……お前。本当に何をしたんだ?」
チームメイト二人の問いかけに、ユーリィは何も答えなかった。
ただ、静かに微笑んで見せる。
「さぁ、作戦会議を続けましょう。クリスティーナちゃん。あなたが知っていることを全部話してください」
「はい、姉さま!」
にこにこ笑いながら、クリスティーナはこれまでの戦闘と対戦相手の情報を、余すことなく教えてくれるのだった。
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同時刻にて。
次のランク戦について話し合っている男たちがいた。
「なぁ、兄者。次の相手のことを知っているか?」
「あぁ。確かランキング50位くらいのチームだったな」
弟の言葉に、兄は淡々と答える。
その手には無骨な銃が握られていた。帝国製の最新型ライフルに、独自のカスタマイズと調整を加えた特別品。細部には銃職人に依頼しているという徹底ぶりである。そこからでも、彼の戦いに向ける姿勢が伺えた。
「それくらいの相手なら余裕だろう。俺たちが負ける要素がない」
「いや、油断はしないほうがいいぞ。兄者」
兄の油断を諫めるように、弟が口を開く。
「ほおぅ、弟よ。それほど警戒をするべき相手がいるのか?」
「あぁ。相手チームには、あのゼノ・スレッジハンマーがいる。奴は手強いぞ」
「《普通歩兵科》の学年主席か。確かに、注意をする必要があるな」
兄は、自身の青い髪をかき分けながら、室内でもつけていたサングラスをわずかにずらす。
「だが、それよりも警戒する相手がいるかもしれない」
「ほぉ。兄者、そいつは一体?」
弟は赤い髪に触れながら、兄の言葉に耳を傾ける。
「……ユーリィ・ミカゲ・スナイベルだ」
「スナイベル? もしかして、臆病者と呼ばれていた男の婚約者か?」
「そうだ。彼女の狙撃を見たことがあるが、あれは天性のものだろう。呼吸をするように銃を撃つことができる、戦場の天才。……弟よ、お前と同じタイプだな」
「ははっ、兄者。随分と、その子のことを買っているんだな」
「警戒する必要があると感じただけだ。それでも、俺たちが負けることはないだろうがな」
兄は手にした銃を構えると、装着したばかりの望遠スコープを覗き込む。
近距離戦用に開発された帝国のライフル。それに遠くを見渡すスコープを乗せて、狙撃ができるようにカスタマイズされていた。
帝国製アサルトライフル。『ジャッカル・M14-EBR。スナイパーカスタム』。それが、兄の手にしている銃の名称であった。
「……次のランク戦も、俺たちニーヒル兄弟のものだ」
「その通りだぜ、兄者」
夕刻の薄暗い部屋で、男たちは油断も驕りもなく、次の戦いへと備えていた。




