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第14話 「ニーヒル兄弟」


――◇――◇――◇――◇――◇―


「ニーヒル兄弟?」


 ユーリィが首を傾げると、シローは重々しく頷く。

 その表情は、いつになく険しいものだった。


「あぁ。兄弟二人だけのチームで、この学園屈指の実力者でもある。……まさか、こんなにも早くランク戦で当たることになるとはな」


 眉間の皺を揉みながら、シローは考え込む。

 そんな彼とは対照的に、同じ食堂のテーブルにいたゼノが楽しそうに笑った。


「おいおい、シロよ。何をそんなに落ち込んでいるんだ? 相手はランキング9位なんだぜ。もっと楽しそうな顔をしろよ」


「……勝てるかどうかわからない相手とぶつかって上機嫌になるのは、ゼノ。お前くらいだよ」


 はぁ、とため息をついてみせる。


 実力主義のオルランド魔法学園において、学園ランキングは絶対的な強さを表す。それが9位ということは、この学園において9番目の強さであること。今までの相手とは、格が違う。


「どんな人たちなんですか? その兄弟というのは」


「《普通歩兵科アサルト》に所属している二年生と三年生だ。実際に戦ったことはないが、とにかく強いと評判の二人だよ」


 その辺りはどうなんだ、とシローはゼノに視線を飛ばす。


「そうだな。かなりのやり手だ。弟のほうとは授業でよく模擬戦をするんだが、とにかくがいい。まるで、こちらがどう動くのか予知しているかのような戦い方だ」


 ゼノは《普通歩兵科アサルト》の学年主席である。その彼が、手放して褒めるのだから、その実力は本物なのだろう。


「兄のほうとは、あまり顔を合わせたことはないな。だけど、見ている感じだと、冷静沈着に一人ずつ片づけるタイプだな。あれは歩兵いうよりも、狙撃手に近い」


「その話なら、俺も聞いたことがある。ニーヒル兄弟の兄は、狙撃も可能な接近戦ライフルを使っていると」


 近距離と遠距離のどちらも対応できるというのは、味方であれば心強いが、敵ならば果てしなく対応に困ってしまう。


「あう~。だ、大丈夫なのですか?」


 心配そうに肩を落とすのは、同じチームのミリア。《砲兵科カノン》である彼女の火力は、今まで多くの勝利に貢献してきた。


 だが、その性格は変わらず臆病のまま。おどおどしているミリアを見て、ユーリィが隣のテーブルに向かって話しかけた。


「それで? 何か良い対策はありませんか?」


 夕方の学生食堂。

 ここに残っている生徒たちは数えるほどしかおらず、シローたち四人でデーブルを囲んでいる他は、その隣にいる少女しかいない。


「……なんで、そこまで教えなくちゃいけないのですか?」


 クリスティーナは金色の髪をかき分けながら言った。


 シローたちに次の対戦相手を教えたのは、彼女自身であった。

 それから食堂で作戦会議を始めることになったのだが、なぜかクリスティーナもその会議に参加していた。


「残念ですが、ユーリィ・ミカゲ先輩。私がそこまでしてあげる義理はありません」


 ツンっ、と不機嫌な態度を取ってみせる。

 シローの婚約者であることに断固として反対しているのか、敢えて旧姓で呼んでいた。


「兄さんには申し訳ありませんが、私から言えることは何もありません。どうせ負けるのですから、今から降伏しにいったらどうですか?」


「あらら、クリスティーナちゃん。今日はご機嫌ななめですね」


「人のことを、ちゃん付けて呼ばないでください」


 クリスティーナは睨みつけるような視線で、ユーリィのことを見る。


「それに、ミカゲ先輩。私はあなたを許したつもりはありません。全校生徒の前で恥をかかせたとこを、いつか後悔させてあげます」


「ふぅん。そっか」


 それに対して、ユーリィは笑顔だった。

 にこり、といつもと同じ笑みを浮かべながら、そっと席を立つ。そして、まるで聖母のような微笑みをクリスティーナに向けるのだった。


「そんな悪いことをいうのは、誰かな?」


 その光景に、ぞくりとシローは背筋を凍らせる。

 穏やかな風景には変わりない。それなのに、なぜか緊張の走る瞬間。ユーリィの笑顔が、とてつもなく怖く感じだのだ。


 それはクリスティーナも同じようで、自分より背の低いユーリィを前にして、怯えた表情を浮かべた。


「ひっ!」


「ねぇ、クリスティーナちゃん? 私のことを何て呼んだのかな?」


「あ、ああ、あな、あなた―」


 あわあわと口を震わせている。

 上手く言葉にできないのか、ユーリィのことを見つめながら泡を食っている。


 そんな彼女に、ゆっくりと手を差し出す。

 恐怖に青くさせた顔に、ユーリィの手が触れた。……その瞬間、クリスティーナの表情がくるりと変わったのだ。


 ぼぅ、と頬を赤くさせて、愛するものを見るような眼差し。

 悩ましいため息とともに、彼女が口を開く。


「……ね、姉さま・・・・


 それまでツンケンしていた態度はどこにいったのか、従順な従者のような態度でユーリィの命令を待っている。


「はい、よくできました。それじゃあ、一緒に作戦会議をしましょう」


「……はい。姉さまが望むのなら」


 恋する乙女のように、どこか恥じらいながらユーリィに手を引かれていく。

 そして、何の反対もすることもなく、シローたちと同じテーブルに着いたのだ。


「あっ、シローさんの隣は私が座るから」


「も、もちろんです! どうぞ、兄さんの隣へ座ってください! 私は、姉さまがいれば他には……」


 初々しい反応を見せながら、クリスティーナはユーリィのすぐそばに座る。そして、彼女の小さな手をじっと見ながら、はぁはぁと息を荒くさせるのだった。


「……姉さまの手、小さくて、とても可愛いです。……ダメよ、クリスティーナ! 姉さまの神聖な手で、そんなことを考えるなんて! はしたないわっ!」


 一人で勝手に盛り上がっている彼女を見て、シローとゼノは少し引き気味になっていた。


「……なぁ、ユーリィ」


「……お前。本当に何をしたんだ?」


 チームメイト二人の問いかけに、ユーリィは何も答えなかった。

 ただ、静かに微笑んで見せる。


「さぁ、作戦会議を続けましょう。クリスティーナちゃん。あなたが知っていることを全部話してください」


「はい、姉さま!」


 にこにこ笑いながら、クリスティーナはこれまでの戦闘と対戦相手の情報を、余すことなく教えてくれるのだった。



――◇――◇――◇――◇――◇―



 同時刻にて。

 次のランク戦について話し合っている男たちがいた。


「なぁ、兄者。次の相手のことを知っているか?」


「あぁ。確かランキング50位くらいのチームだったな」


 弟の言葉に、兄は淡々と答える。


 その手には無骨な銃が握られていた。帝国製の最新型ライフルに、独自のカスタマイズと調整を加えた特別品。細部には銃職人に依頼しているという徹底ぶりである。そこからでも、彼の戦いに向ける姿勢が伺えた。


「それくらいの相手なら余裕だろう。俺たちが負ける要素がない」


「いや、油断はしないほうがいいぞ。兄者」


 兄の油断を諫めるように、弟が口を開く。


「ほおぅ、弟よ。それほど警戒をするべき相手がいるのか?」


「あぁ。相手チームには、あのゼノ・スレッジハンマーがいる。奴は手強いぞ」


「《普通歩兵科アサルト》の学年主席か。確かに、注意をする必要があるな」


 兄は、自身の青い髪をかき分けながら、室内でもつけていたサングラスをわずかにずらす。


「だが、それよりも警戒する相手がいるかもしれない」


「ほぉ。兄者、そいつは一体?」


 弟は赤い髪に触れながら、兄の言葉に耳を傾ける。


「……ユーリィ・ミカゲ・スナイベルだ」


「スナイベル? もしかして、臆病者と呼ばれていた男の婚約者か?」


「そうだ。彼女の狙撃を見たことがあるが、あれは天性のものだろう。呼吸をするように銃を撃つことができる、戦場の天才。……弟よ、お前と同じタイプだな」


「ははっ、兄者。随分と、その子のことを買っているんだな」


「警戒する必要があると感じただけだ。それでも、俺たちが負けることはないだろうがな」


 兄は手にした銃を構えると、装着したばかりの望遠スコープを覗き込む。


 近距離戦用に開発された帝国のライフル。それに遠くを見渡すスコープを乗せて、狙撃ができるようにカスタマイズされていた。


 帝国製アサルトライフル。『ジャッカル・M14-EBR。スナイパーカスタム』。それが、兄の手にしている銃の名称であった。


「……次のランク戦も、俺たちニーヒル兄弟のものだ」


「その通りだぜ、兄者」


 夕刻の薄暗い部屋で、男たちは油断も驕りもなく、次の戦いへと備えていた。

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