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第10話 「朝とメイド」


――◇――◇――◇――◇――◇――


 一週間の始まりは、誰であっても憂鬱なものである。


 オルランド魔法学園の男子寮で生活しているシローも、多分に漏れず休日を愛する人間であった。可能であれば、このままベッドの中で惰眠を貪りたい。だが、彼は常識的な人間であり、休むことと怠けることを履き違えてはいない。

 そのため、気が乗らなくてもベッドから体を起こす。……さぁ、今日も授業だ。


「う~ん、……シローさん」


 シローのベッドには、もはや当然のようにユーリィの姿があった。


 昨日はクリスティーナとの勝負の後、どこかへ行ってしまっていた。彼女のことを教育するなどと言っていたが、果たしてどうなったことか。


「……面倒なことにならないといいんだが」


 シローはボヤキながら、カーテンで遮られた薄明かりの部屋へと目を移す。


 その時だ。

 見たことのない少女が佇んでいるのを見つけた。


 いや、厳密にいえば。

 よく知っている人間であった。だが、彼女がそんな恰好で、この場にいるなんて、想像することもなかった。


「……兄さん、起きたのですね。おはようございます」


 凛とした声で挨拶をすると、少女は恭しく頭を下げる。


 クリスティーナ・ビスマルク。

 数年前の戦争で『眠り姫スリーピング・ビューティ』として恐れられた、狙撃銃を使う登録魔術兵士。


 そんな彼女が、なぜ。

 ……メイド服を着ているのか?


「どうされましたか、兄さん?」


 クリスティーナが首を傾げながら問う。

 彼女が着ているのは、黒のワンピースと、白のエプロンドレス。全身にフリルをあしらった可愛らしい恰好で、長い金色の髪も丁寧に編み込まれている。

 彼女自身、その格好に何の疑問を持っていないようで、自分がメイドであることを受け入れているだった。


「兄さん。どうぞ、これで顔を拭いてください」


 クリスティーナは濡れたタオルを差し出すと、優雅にスカートの裾を摘まんで、お辞儀をする。

 その動作は洗礼されていて、一朝一夕のものではない。


 そこまで考えて、シローはあることを思いだしていた。彼女、クリスティーナ・ビスマルクの母親は、優秀なメイドの名家であったことを。


「あ、あぁ」


 シローも彼女の雰囲気に気圧され、差し出されたタオルで顔を拭く。


 温かった。熟練の配慮を思わせる気遣い。主のために、静かに傍に佇む姿勢。……完璧だった。完全無欠のメイドが目の前にいた。


「お着替えも用意しましたよ、兄さん」


 いつもの不機嫌な顔からは想像もできないような、可憐な微笑み。綺麗に整えられた学園の制服を、大切そうに抱えている。


 ……一体どんなことをしたら、ここまで変わるというのか。

 ちょっと教育が必要ですね、といったユーリィの顔が思い浮かぶ。当の本人は、幸せそうな顔で眠っていた。シローの使っていた毛布を引き寄せると、すんすんと鼻を鳴らす。


「……う、うん~。……あ、シローさん。おはよーございます」


 どこか舌足らずな声と共に、ユーリィが目を覚ます。

 シローの使っていた枕を抱きしめながら、眠そうな目で見上げてくる。そんな彼女に、シローは溜息まじりに問いかけようとする。昨日、クリスティーナに何をしたのか、と。


 だが、それよりも早く。

 反射的とも呼べるほどの反応で行動を起こしているものがいた。


 ……クリスティーナだ。


「姉さま!」


 ユーリィが起きたことに顔を輝かせたと思ったら、手に持っていたシローの制服を彼に投げつけたのだ。もはや、そんなものに意味はないといわんばかりの態度に、さすがのシローもショックを隠せない。


「ね、ねえさま?」


 シローは自分の制服を拾いながら、クリスティーナが口にした言葉を繰り返す。昨日まで、死んでも姉とは呼ばない、と言っていたはずだが。


「あぁ、姉さま! 起きたのですね! おはようございます!」


 クリスティーナはその場に跪くと、ユーリィの手をぎゅっと握りしめる。その頬を赤く染めていて、とろんと目を潤ませている。


「……あ、クリスティーナちゃんも、おはよう」


「あぁ! 何てこと! 朝から姉さまに名前を呼んでもらえるなんて。クリスティーナは嬉しくなってしまいます!」


 はぁ、と悩めるため息を吐く。

 ユーリィの小さな手に自分の手を絡ませては、彼女へ熱い視線を向けている。


「姉さま。クリスティーナは姉さまが起きるのを、ずっと待っていました。さぁ、早くお召し物を着替えて、学園に参りましょう! 鞄は私に持たせてください!」


「いいよぉ。そんなことをしなくても~」


 ふわぁ、とユーリィは小さくあくびを漏らす。

 その姿を見て、メイド姿の金髪美少女は更に暴走を始める。


「……姉さま、可愛いです。その宝石のような瞳も、黒真珠のような髪も、全部が愛おしいです。あぁ、クリスティーナ、おかしくなってしまいます!」


 くねくねと身を捩らせては、自分が握っているユーリィの手に頬ずりをする。


「……小さな手。本当に美しくて可愛くて。姉さまの手を見ているだけで、……あぁ、ダメよ! クリスティーナ、姉さまの手でそんなことを考えちゃダメなの!」


 はぁはぁと息を荒くさせながら、寝ぼけているユーリィをベッドから起こす。


 そして、傍にいたシローのことを押しやると、二人して部屋のシャワールームへと入っていった。


「姉さま、お背中を洗います!」


「え~、別にいいよ~」


「ダメです! 洗わせてください! 姉さまのように美してくて可愛い人は、ちゃんと身を清めていただかないと! 大丈夫です! 手首から指先に至るまで。このクリスティーナが綺麗にして差し上げますわ!」


 それから、数分が経過して。

 シャー、とシャワーが流れる音がしたと思ったら、クリスティーナの感極まった声が漏れてくる。


「あぁ、なんて美しい手なの! この手で触られたい、イジメられたい、ぺちぺちと叩かれたい! 姉さま、姉さま! クリスティーナは死ぬまで、姉さまにお仕えしますわ!」



――◇――◇――◇――◇――◇――



 学園都市アグリスまでは、学園から出ているバスに乗って向かう。

 バスといっても、軍用トラックを改造したもので乗り心地はあまり良くない。最後に街まで行ったときは、ユーリィやミリアと一緒だったが、今日はシローは一人で向かっている。


 学園の放課後。

 手には、楽器が入りそうな頑丈な鞄。よく見ればオルランド共和国の紋章が刻まれていることがわかるが、中に入っている物まではわかりようはない。


 それも、そのはず。

 シローが手にしているのは、決して他人の目に触れてはいけないもの。いつもベッドの下に隠していて、必要な時以外は中身を取り出すこともない。

 最後に、この銃を使用したのは。ユーリィが帝国の過激派に誘拐され、彼女を救うときだった。


「相変わらずだな、この店は」


 バス停で降りた後、人通りの少ない道の更に奥に行ったところにある建物を前にして、シローは小さな声で呟く。その店に看板は出ていない。ただ、見過ごしてしまいそうなほどの小さな文字で『銃の修理・改造』と書かれていた。


 銃職人のアトリエ。

 学園ランク戦で使用する銃は、改造や独自のカスタマイズが認められている。また、ランク戦で故障してしまうことも少なくない。そんな時、こういった銃職人のアトリエを頼ることになる。多くの生徒が頼りにしている銃職人がいるのだが、シローが訪れた店には客は誰もいなかった。


「客だと思ってきてみたら。なんでぇ、小僧じゃねぇか」


 ドスの効いた声が、店の奥から聞こえてきた。

 初老の男性だった。小柄な体に、曲がった腰。だけど、眼光だけは異様に鋭い。火薬と油の匂いを漂わせていて、手には熟練の職人を思わせるタコがいくつもできていた。


「何の用だ、『ホワイトフェザー』。てめぇが来るときは、面倒くせぇ仕事だって決まってるからよぉ」


 そう言って、年老いた銃職人は表情を緩ませた。

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