第8話 「私の本気を見せてあげます」
ビシッ、とユーリィに向けて指を突き立てる。
だが、その本人は言われた意味がわかっていないようで、どこか戸惑ったような顔をしていた。
「え、えーと。……どういうことですか?」
にこり、とユーリィは微笑みかけながら問いかける。
「勝負です! あなたと私の真剣勝負です! あなたが負けるようなことになれば、スナイベル先輩から手を引く。いいですね!」
「あの、ですから」
ユーリィが表情を変えず続ける。
「なんで、シローさんが出てくるんですか? それに勝負と言われましても、あなたに何かした覚えはないんですけど」
「……くっ、この泥棒猫。どこまでもシラを切ろうというのね」
ぐぬぬ、とクリスティーナが悔しそうに歯ぎしりを立てた。
「あなたが、……私の兄さんを奪ったからでしょう!」
「お、お兄さん? シローさんがですか!?」
ユーリィが驚きながら、確認するようにシローを見上げる。
だが、本人は黙ったまま首を横に振った。
「シローさんは、違うと言ってるみたいですけど」
「そ、そんなことありません! 兄さんは、私の大切な兄さんです! 例え、血が繋がっていなくても、あの戦場で救っていただいたことは忘れません!」
クリスティーナが縋るような目で、敬愛する兄のことを見つめる。
「あの時に、私の心は決まりました。この人を兄として愛し、ずっと傍にいようと。代々メイドの名家であった母様が、信じた人とは最後まで添い遂げろ、とよく言っていものです!」
ぐっ、と手を握りしめる。
「だから私は、兄さんの妹として、誰よりも近くにいると誓った! ……それなのに、あなたのような女が出てきて―」
クリスティーナは自分よりちょっとだけ背の低いユーリィのことを睨みつける。
「このチビ女が! あなたのような、ちんちくりん。兄さんには相応しくありません!」
「……身長は、あまり変わりないと思いますが」
ユーリィとクリスティーナの体格はほとんど変わらない。
少しだけクリスティーナのほうが背が高いくらいで、ユーリィに負けず劣らずの幼い体格である。遠くから見たら、二人の小さな女の子が喧嘩している、という微笑ましい光景に見えるだろう。
「ぐっ、口の減らない女。ますます気に入らない!」
クリスティーナが悔しそうに唸る。
彼女の一方的な言い方にも、ユーリィが怒る気配はなかった。穏やかな表情を浮かべたまま、丁寧に彼女の相手をしている。
そんな二人を見て、ゼノはにやにやと笑いながら、ミリアはびくびくと脅えながら、シローは呆れたように溜息をつきながら、ことの成り行きを見守る。
「とにかく勝負です! 決闘です! 今度の週末、学園のグラウンドに来なさい! そこで、あなたの正体を暴いて、兄さんの目を覚まさせてやります!」
――◇――◇――◇――◇――◇―
オルランド魔法学園の週末は、とても穏やかな時間が流れていた。
休日は授業もランク戦もないので、皆がそれぞれ自由な時間を過ごしている。ある者は街に買い物にいって、ある者はひたすら惰眠を貪って。真面目な生徒だけは、休日でも演習場に集まって、お互いの連携を確認していたりする。
そんな生徒たちに交じって、クリスティーナ・ビスマルクも学園に来ていた。他の生徒は誰もいない、学園のグラウンドに。
彼女の手にしているのは、普段から愛用してるスナイパーライフル。服装はランク戦で着ている迷彩服だ。潜伏と狙撃に特化した格好で、そこからも彼女の気合が見て取れた。……完全な臨戦態勢である。
「ふふふ。よく逃げないで来ましたわね。そこだけは褒めて差し上げます」
余裕のある笑みを浮かべながら、目の前にいるユーリィを見た。
学園のグラウンドにいるのは、クリスティーナとユーリィ。そして、勝負の見届け人であるシローと、ゼノとミリア。
あと、クリスティーナのチームメイトたち。彼らは学食の食券を片手に、熱心に話し込んでいた。どうやら勝負の行方を賭けているらしい。
「えーと、おはようございます」
どこでも挨拶を忘れないユーリィ。
その礼儀正しい姿を見ても、クリスティーナの態度に変わりはない。
「では、始めましょう。勝負は簡単。先に戦闘不能になったほうが負け。泣いても、謝っても。戦うことができなくなるまで戦うこと。いいですね?」
どこか意地悪な笑みを浮かべて、クリスティーナがユーリィを見る。
彼女の頭の中では、どうやってユーリィをイジメようかと考えているのかもしれない。
「はい、よろしくお願いします」
こんな状況でも、ユーリィはぺこりと頭を下げる。
当然ながら、緊張や恐怖といったものと無縁な彼女は、いつものように穏やかであった。
ユーリィが持っているのは、いつも使ってる学園の備品。オルランド共和国製のスナイパーライフル『イーグルM24』だ。
長細い銃を、初めて貰ったプレゼントのように大事に抱いている。小柄な少女には、大きな狙撃銃。やっぱり体にあった銃が必要だな、とシローは頭の中で預金残高と計算しながら思った。
「ふん、今どきボルトアクション? そんな古臭い銃で、この私の勝てると思っているの?」
「古臭い?」
ユーリィは意味がわからず首を傾げる。
「えぇ、その通りです。ボルトアクションの銃では、次弾装填に時間がかかり過ぎます。ハンドルを押し上げて、手前に引いて薬莢を排出。それから、またハンドルを押し込んで、弾を装填しなくてはいけない。どう考えても、時間の無駄でしょう」
「……でも、正確に一発で倒せばいいんじゃないですか?」
「ふふっ、それこそ馬鹿げたこと。『一撃必殺』なんて、カビの生えた美学よ。ただの妄想よ。そんなことを言っているのは、本当の戦いを知らない愚か者だけね」
クリスティーナが鼻で笑う。
その姿を見て、一瞬だけ。ユーリィの瞳から色の抜け落ちた。
「私は、……そのことをシローさんから教えてもらったのですが」
「に、兄さんは別よ! 兄さんくらいの腕があれば、絶対に外さないもん!」
それまでドヤ顔で喋っていたクリスティーナが、急に慌てだす。
そして、顔を真っ赤にさせて反論した。
「つ、つまり、私が言いたいのはね。敵を倒すのに必要なのは、美学ではなくて実用性なのよ! 見なさい、私の銃を。これこそが合理性を追求された姿よ」
クリスティーナが自分の持っている銃を掲げた。
それはユーリィの持っている銃とは、大きく形が違っていた。
長細い銃身に、遠くを見る望遠スコープ。銃本体を支えるストックは分厚く、その本体からは銃弾を入れるためのマガジンが伸びている。
ガリオン帝国製、試作型スナイパーライフル。
引き金を引くだけで次弾を装填できる、セミオートタイプの狙撃銃。一発目が外れても、すぐに二発目を撃つことで、確実に敵を倒す。そのことを念頭に置かれた設計思想が、新たなスナイパーライフルを生み出した。
銃の名前は、『ドラグーン』。
登録魔術兵士であるクリスティーナが持つに相応しい、世界でただ一つしかない銃であった。
「最初に教えてあげましょう。私の戦闘力は、あなたを遥かに凌駕しています」
唐突に、クリスティーナが口を開いた。
「あなたと私では、戦闘の経験に差があり過ぎます。私は、あなたには想像もできないほどの修羅場を越えてきました。雨のような砲弾に、激しい銃撃戦。……ですが、ご安心してください。私も本気で戦うことはしません。それに、泣いて謝るのでしたら、許してあげなくもないですよ」
常に余裕を見せる金髪少女。
愛銃『ドラグーン』を優雅に構えながら、不敵に微笑む。
「さぁ、土下座しなさい。今なら、ごめんなさい、の一言で許して―」
「あ、大丈夫です。さっさと始めましょう」
クリスティーナの声を遮るように、ユーリィが言った。
「要は、あなたを倒せば、シローさんとの仲を認めてもらえるわけですね。それだけわかれば結構です」
にこり、と笑いながら銃を構える。
シローだけはわかっていた。ユーリィが笑顔であるからといって、彼女が心から笑っているわけではないということを。
……そう、あれは。
……怒っている時の笑みだ。
「ふ、ふふっ。いいでしょう。ならば、実力の差というものを見せつけてやります! 覚悟しなさい!」
クリスティーナが銃を構えて、大声で叫んだ。
「では、いきますよ!」
銃声が響き、勝負が始まった。
クリスティーナが放った銃弾は真っ直ぐ飛んでいき、ユーリィがいた場所へ向かっていく。……が、既に彼女の姿はなかった。
そして、次の瞬間には。
銃を撃ったはずのクリスティーナが、綺麗に宙を舞っていた。
完全に意識のない、白目をむいた顔で……




