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第7話 「もし、私が勝ったなら」

 連日、シローたちの勝ち星が続いていた。

 学生食堂に貼り出されたランク戦の結果表。格下のチームと戦うことが多かったせいか、ここのところ負け知らずである。


 ユーリィの正確な狙撃に、ミリアの砲撃。シローやゼノが何もしなくても勝てることも少なくない。

 それだけ、彼女たちが優秀であった。


「お疲れ。二人のおかげで今日も勝てたな」


 シローがそんな二人を労うと、ピンクの髪をした少女が恥ずかしそうにもじもじとする。


「あ、あうあう~。そんなことはないのですよ。あたしはシロー先輩の役に立てれば、それだけで……」


 長いツインテールが、首を振るたびに波を打つ。


 本人の性格とは違い、自己主張の大きい胸がたゆんと揺れた。近くを歩いていた男子生徒が、思わず二度見してしまうほどに。


「そ、それより、ユーリィ先輩のほうが凄いのです! あんなに遠く離れていても、絶対に外さないのですから!」


 ミリアが両手を握りしめながら、ユーリィのほうを見た。


 確かに、ユーリィの狙撃は的確であった。

 距離にして700メートル。風の影響を受けやすい平原で、確実な狙撃を行うことは難しい。それでも彼女は、シローに教わったことを素直に実践していた。


「えへへ。ワンショット・ワンキルです」


 ユーリィが嬉しそうに笑う。


 一撃必中ワンショット・ワンキル

 シローが彼女に教えた、狙撃の基本にして最終到達地点。シローやユーリィの使用してるスナイパーライフルは、ボルトアクションという構造をしていて、次の銃弾を撃つまでに時間がかかってしまう。


 そのため、確実に一発で敵を倒さなくてはいけない。

 それをいとも簡単に実行してしまうのだから、やはり彼女は凡人とは格が違う。


「私の場合は、教えてくれた先生が良かったですから。ねぇ、シローさん?」


 にこにこと笑いながら、シローのことを見上げてくる。

 相変わらず彼の上着を着ているユーリィは、そのぶかぶかの袖を何度も折り返して手を出している。その姿を見ていたシローは、不意にあることに気がついた。


「ん? ユーリィ、その痣は何だ?」


「え?」


 きょとんと首を傾げながら、彼女は自分の手をじっと見る。

 女児、と形容したほうがいいような小さな手。その右手の人差し指と親指に、小さな痣ができていたのだ。


「あー、たまに撃っていると、できちゃうんですよ」


「たまにできる、って。今まで言わなかっただろう?」


「平気ですよ。ほら。全然、痛くありませんし」


 ユーリィはそう言って、ひらひらと手をかざしてみせる。

 だが、シローは溜息をつきながら首を振った。


「そういう問題じゃない。自分の手に合っていない銃を使っていると、いつか指を痛めてしまうぞ」


 優しい言葉で静かに諭す。

 だが、解決策があるわけではなかった。

 ユーリィが使っているのは、学園の備品である銃だ。いくら女子生徒が扱えるように軽量化されているとはいえ、ユーリィのような小柄な子が使うことは想定されていない。


 つまり、この学園では。

 彼女の手に合う銃がないのだ。


「他の生徒さんは、どうしているんですか?」


「皆、自分の銃を持っているからな。その人の手に合うようにカスタマイズしたり、銃職人に依頼して調節してもらっている。……だが、学園の備品に手を加えるわけにはいかないしな」


「そうですか」


 シローとユーリィは、それっきり黙ってしまう。

 そんな二人に、ゼノがあくびを漏らしながら言った。


「ふわぁ。……だったら、ユーリィも自分の銃を持てばいいじゃねぇか。シロに付き合って、学園の備品を使うことはないだろう」


 当然のようにゼノが言う。

 そんな彼を前に、シローが反論した。


「簡単に言うが、銃だって無料ではないんだぞ。それもスナイパーライフルだ。『イーグルM24』の定価が、どれくらいなのか知っているのか?」


「知らね」


 ゼノは即答する。

 だが、その直後に口を開いた。


「でもよ、シローの貯金があれば大抵のものは買えるだろ。今までの小金を貯め込んでいるんだ。結構な額になっているはずだぜ」


 にやり、とゼノが笑う。

 その通りだった。少年の頃から従軍していたシローは、共和国から相応の給与を受け取っていた。今まで使う機会がなかったため、それらは全てオルランド共和国中央銀行に眠っている。


「ユーリィは、将来の嫁さんなんだ。そいつに大事なものをプレゼントするくらいしても、罰は当たらねぇよ」


 けらけらと声を上げて笑うゼノに、何故かしゅんと落ち込むミリア。


 そして、上目遣いで何かを期待してくるユーリィ。

 それぞれの視線を受けながらも、シローは無関心を装って目をそらす。


 だが、それと同時に。

 頭の中では、既に計算を始めていた。

 ……最新型のスナイパーライフルを、ユーリィの体格に合うようにフルオーダーメイドしたら、どれくらいの価格になるのだろうか、と。

 


――◇――◇――◇――◇――◇―



「あら、ここにいらしたのですね


 凛とした声が聞こえた。

 他の生徒の姿も見えない学生食堂の隅の席。そこへ近づいてくる、一人の少女と、三人の男たちがいた。……クリスティーナのチームであった。


「ご機嫌はいかがですか、先輩方々」


「あ? また何か用かよ、このブラコン娘が」


「……ぶ、ブラコ―」


 ゼノの言い方に、ぴくりとクリスティーナ頬を引きつらせる。


 だが、すぐにいつもの不機嫌そうな顔をすると、シローたちのことを順番に見ていく。

 そして、ユーリィと目があった瞬間。

 ……彼女に視線が急に険しくなった。


「……失礼ですが、あなたがユーリィ・ミカゲ先輩ですか?」


「はい、そうです」


 剣呑な雰囲気の少女を前にしても、ユーリィは笑みを絶やさない。


「あ、でも。今は、ユーリィ・ミカゲ・スナイベルという名前なんです。つい最近、婚約したので」


 そして、にっこりと笑った。

 それが天然なのか、それとも計算なのか。シローも判断に迷うところであった。


 しかし、当然の結果として。

 クリスティーナの怒りを買うことになった。


「……こ、この泥棒猫が。……あなたが、兄さんをたぶらかせたのね」


 ぶつぶつと呪言のように呟きながら、その瞳の炎を激しく燃やす。

 常に他人と距離を取ろうとしていた彼女が、ずいっとユーリィに近寄る。


 そして、彼女の黒い瞳を覗き込みながら、クリスティーナが大声で言い放った。


「ユーリィ・ミカゲ先輩! あなたに一対一の勝負を申し込みます! もし、私が勝ったら、にいさ―、……いえ、スナイベル先輩との婚約を解消してください!」


「へ?」


 ぽかん、とユーリィが口を開ける。

 だが、彼女はどこまでも本気であった。


「このクリスティーナ・ビスマルクが、本当の戦闘というものを教えてあげましょう!」

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