第4話 「気になるお年頃」
クリスティーナの母親は、メイドの家系であった。
主のことをご主人様と敬い、物事を教えてくれる年上の人を兄、あるいは姉と呼ぶ。そんな習慣が、幼い頃のクリスティーナにも身についていた。
彼女自身は、どこかに奉公をしたわけではないが、大切なのことを教えてくれたシローのことを、兄として敬愛する。
数年前まで続けられていた戦争。
その戦場において、クリスティーナは無名の新兵であった。魔法の素養があることと、父親が著名な軍人であることを除けば、戦いになど関わることのない普通の少女だ。
だが、残念なことに。
劣勢に追い込まれていた共和国は、魔法の力のあれば一般人さえも、苛烈な戦場に送り込んだのだ。
激戦区のギガナ高地。
森も山もない。なだらかな丘陵が続く平野において、帝国軍の戦車が我が物顔で闊歩する。
そんな状況において、クリスティーナが配属された新兵隊は、瞬く間に壊滅。彼女自身も、絶対絶命の危機に瀕していた。
そこに現れたのが、『第九魔術狙撃部隊』。
後に、ホワイトフェザーと呼ばれることとなる狙撃手の精鋭たちによって、クリスティーナの命は救われた。
そして、その時に彼女を救うために戦っていたのが、……シローだったのだ。
それからというもの、彼女は色んなことを教えてもらった。
銃の撃ち方。
戦場での生き抜く方法。
遠くの敵を狙い撃つ、狙撃の技術も彼から教わったものだ。
クリスティーナにとって、シローとは。命の恩人であり、戦場で生きるための教師であり、心から敬愛する兄であった。
「兄さん。少し痩せましたか。ちゃんと食事はとっていますか?」
心配そうな表情で、クリスティーナが問いかける。
他人には不機嫌な態度をとってしまう彼女だったが、シローに対しては、彼女の本来の姿を見せていた。兄に甘えたい、という年相応の少女だ。
「大丈夫だ。食事はちゃんと食べている。それよりも何の用だ? 学食で声をかけるなんて珍しい」
シローは意外そうな顔を浮かべる。
クリスティーナは自身の真面目な性格のためか、シローとの関係を秘密にしたがっている。廊下ですれ違っても挨拶もなく、声をかけたと思ったら完全な他人行儀。素直になれない年頃の、特有の恥じらいだった。
そんな彼女が、ゼノに挑発されたことがきっかけとはいえ、自分から話しかけてきたのだ。何か、重大なことがあるに違いない。
「それは、……その」
もじもじと、クリスティーナが不安そうに胸元に手を当てる。
しかし、どうも釈然としない。シローは答えが聞けそうにないと思い、彼女の後ろにいる男たちへと視線を移す。
クリスティーナのチームメイトである、三人の男たち。
全員が鍛えられた体格をしていて、学園の生徒にはない静かな緊張感を放っている。それもそのはず。彼らは皆、数年前の戦争を生き抜いた軍人であった。
《普通歩兵科》に所属する、高等部の三年生。
その中でも、サブリーダーと思われる男が交友的な笑みを浮かべた。頬に刻まれた傷跡が、柔らかく形を変える。
「初めまして、スナイベル少尉。お噂はかねがね」
サッ、と規範通りの敬礼をしてみせる。
それに続いて、他の男たちもキビキビと挨拶をする。
「お初にお目にかかります」
「あの英雄にお会いできるなんて、光栄です」
正規の共和国軍にも籍を置く彼らは、上官への配慮を忘れたりはしない。
オルランド共和国軍。魔術兵士科に所属している、シロー・スナイベル。その肩書は、少尉。
魔法学園の生徒でありながら、現役の将校であり、戦争で英雄と呼ばれた『ホワイトフェザー』の正体。その全てを、戦場帰りである彼らは知っていた。
何より、クリスティーナが秘めている想いに、誰よりも理解している。
「いやー、お恥ずかしいことですが。我らが隊長は、少尉殿の噂話が気になっているようでして」
あはは、と男たちが好意的な笑みを浮かべると同時に、クリスティーナの顔が真っ赤になった。
「な、何を言っているのですか!」
「だって、噂の真相を確かめるために、少尉殿を呼び寄せたのでしょう? 『眠り姫』ともあろう御人が、何を躊躇われますか」
さも当然、と言わんばかりの態度だった。
彼らは上級生とはいえ、共和国の軍規おいては上官と部下の関係。『登録魔術兵士』であるクリスティーナは、共和国軍では曹長という肩書を持っている。……が、この場では意味を持たないらしい。
完全に、からかわれていた。
「さぁ、隊長殿。ちゃんと少尉殿に言わないと」
「応援していますよ」
「例え、地雷を踏んでも助けてあげます。大丈夫です。自分、地雷解除は得意ですから。部隊の中で一番の成績でした」
彼らの生暖かい声援を受けて、ますます顔を赤くさせるクリスティーナ。
そんな彼女だったが、意を決してシローと向かい合う。
そして、恐る恐ると口を開いた。
「……あ、あの。兄さんに聞きたいことがあるのですが」
「なんだ?」
静かに待っているシローに、クリスティーナは続ける。
「その、兄さんが、……こ、婚約したなんて噂を耳にしたもので。その真相を聞かせていただけたらと」
ぐっ、とシローが言葉を詰まらせた。




