第2話 「『眠り姫(スリーピング・ビューティ)』
――◇――◇――◇――◇――◇―
「ったく、相変わらずスカした奴だぜ」
学生食堂で、ゼノが不機嫌そうに口を開く。
それを聞いていたユーリィが、シローの隣に座りながら尋ねた。
「誰のことですか?」
「クリスティーナ・ビスマルクだよ。朝の歴史の授業に来てただろう?」
「あー。綺麗な人でしたよね。ちょっと怖そうでしたけど」
ユーリィが素直な感想を口にすると、ゼノが盛大に口を曲げる。
「あれはただ不機嫌なだけさ。……ちっ、お高くとまりやがって」
「もしかして、お知り合いなのですか?」
「知り合いだぁ? あんな奴、知り合いでもなんでも―」
「その辺にしておけ、ゼノ」
ぶつくさ文句を垂れているゼノに、シローが涼しい顔で注意をする。
「いつまでも昔のことを引きずるな。男らしくない」
「ぐっ」
シローのその一言に、ゼノは苛立ちながらも口を閉じる。
そして、やけ食いと言わんばかりに分厚いステーキにフォークを突き刺した。
「……あの、昔のことって?」
機嫌を悪くしたゼノを見て、ユーリィがシローに問いかける。
「あぁ。昔、ゼノはクリスティーナと同じ戦場にいてな。その時に、ちょっとしたイザコザがあったんだ」
「ちょっと、じゃねぇ! 重大事件だ! 軍法会議にかけられても、おかしくなかったんだぞ!」
だんっ、とテーブルを叩く。
「あのヤロー、敵の注意を引くためとかいって、俺の後頭部を撃ちやがった! 信じられるか!? 実弾だぞ、実弾!」
「それは、お前が『死ねない呪い』だと知っていたからだ。あの時は、そうでもしないと味方を助けられなかった」
「それにしたって、他に方法があっただろう!」
「いいじゃないか。もう過ぎた話だろう。そろそろ許してやれ」
「断る! 俺は自分を殺した奴は、絶対にぶっ飛ばすって決めてるんだよ!」
シローが淡々とした口調で話すが、ゼノの怒りは治まらない。
「くそっ! 人様の命を何だと思ってやがる。あいつといい、シロといい、狙撃手にはまともな奴はいねぇのかよ」
食堂中に響くような大声で、ゼノが喚く。
他の生徒がちらちらと視線を送るなかで、ユーリィはわずかに反論する。
「……シローさんは、そんなことしないと思いますけど」
「甘い、甘い! 今でこそ死んだ魚のような目をしているけどな、戦時中のコイツはマジで危ない目をしていたんだぜ」
ゼノの言い分に、シローは興味をなさそうにコーヒーを飲んでいる。
「実際、俺に向けて何発も撃っているし、その内の一発は右足を貫通しているんだ。シロだったら、味方の一人や二人を撃ち殺すくらい平気で―」
そこまでだった。
ゼノがシローの悪口を口にした瞬間、ユーリィの表情が変わった。それまで、にこにこと笑っていたのが、急に無表情となる。
そして、それまで食事をするのに使っていたフォークを手に取ると、ゼノに向けて投げつけたのだ。
「ふッ!」
その動きは、まさに暗殺者。
帝国でスパイとして育てられた彼女の投擲は、狙いを外れることなく、油断していたゼノの額へと突き刺さった。
「ぎ、ぎゃーーーーっ!」
ゼノが悲鳴を上げながら、イスから盛大に落ちる。
そのままゴロゴロと食堂の床を転がり、両手で顔を抑えながら、のたうち回る。
「私の前で、シローさんの悪口は許しません」
いつも笑っているユーリィが、感情の抜け落ちた人形のようになっていた。氷の様に冷たい瞳が、床に転がっているゼノを見下ろしている。
「……もういいだろう。許してやれ、ユーリィ」
「はい、わかりました♪」
だが、それもシローが声をかけると、すぐに笑顔に戻った。
それは最近では、よく見る光景だった。
ユーリィの前でシローの悪口を言おうものなら、相手が誰であろうと手痛い報復を受けることになる。
突然、二階の窓から放り投げられたり、首を絞められたと思ったら保健室で目を覚ましたり。
かつて、『臆病者』と呼ばれていたシローだったが、彼女の暗躍もあって、あまり呼ばれなくなっていた。
「く、くそっ! シロよ、とんでもない女を嫁にしたもんだな」
テーブルに片手を乗せて、ゼノが何とか這い上がってくる。
既に、額の傷口は塞がっているが、フォークが刺さった場所には、小さな穴がいくつかあいていた。
「ゼノも、止めておけ。もう戦争は終わったんだ。いつまでも昔のことを蒸し返すな。……それに」
シローが食堂の入り口へと視線を向ける。
「それに、当の本人が見えたぞ」
学生食堂の空気が、わずかに騒めき始める。
食事をしていたものも手を止めて、入口の方を見る。中には、席を立って駆け寄るものまでいる。
「――おい、見ろよ」
「――『眠り姫』の登場だ」
「――あれが、学園ランキング5位のチームか。なんか雰囲気があるよな」
大勢の生徒が視線を集める先には、四人一組のチームがいた。
その先頭に立っているのは、チームリーダーでもある金髪の少女。ランク戦が終わった直後なのか、手には長細い狙撃銃を握られている。
クリスティーナ・ビスマルク。
この学園の《狙撃兵科》に所属している一年生で、学園の序列を決める学園ランク戦では、ほぼ全勝を収めている。『眠り姫』の異名を持つ少女。
何より、彼女は。
この学園に五人しかいない『登録魔術兵士』であった。
かつての戦争で、帝国が作成されたブラックリスト。『死ねない呪い』のゼノや、シローの正体でもある『ホワイトフェザー』。それらの名前が記載されたリストに、彼女の名前と魔法名が登録されていた。……『スリーピング・ビューティ』として。
「ちっ、嫌な顔を見たら、飯が不味くなったぜ」
ゼノが苛立ちながら呟くと、その声が聞こえたのか、クリスティーナがこちらを向く。
そして、屈強なチームメイトを連れて、シローたちの前へと立ちはだかる。
その彼女の顔は、どこまでも不機嫌そうであった。
「ごきげんよう、ゼノ・スレッジハンマー先輩。まだ生きていたのね」
「なんだよ。なんか用か?」
「いいえ、あなたのような犬畜生に興味はありません。それに、レディーに対する配慮の足りない方は、正直にいって私の趣味ではないの。ごめんなさいね」
学園の一年生であるはずの彼女だったが、ゼノを相手にしても敬語を使わなかった。
ギロッ、とゼノのことを睨んだ彼女は、静かに視線を動かす。そして、その目がシローのことを捕らえると、先ほどを同じように凛とした声で言った。
「……シロー・スナイベル先輩。あなたに話があります。放課後、空き教室にまで来てください」
ざわっ、と食堂にいる生徒たちが息を飲む。
学園で5位の実力者に呼び出されるなど、尋常ではない。
実力主義のオルランド魔法学園において、ランキングの順位が学園での序列になる。しかも、化け物ぞろいと呼ばれる、ランキング一桁からの呼び出した。きっと、拷問じみたことが行われるに違いない、と生徒たちは固唾を飲んで見守っている。
――可哀想に。
――あいつ、スナイベルだよな。臆病者って呼ばれてた。
――あぁ。何をやらかしたか知らないが、ありゃ死んだな。
食堂の生徒たちは、クリスティーナに睨まれているシローのことを見て、明日にはいなくなっているだろうと誰もが心に思っていた。




