第8話 「朝練と狙撃銃」
ボルトアクション、というものを説明しています
わかりにくかったら申し訳ありません。
「それでは朝練を始めようと思う。ユーリィ、準備はいいか?」
「……準備はできていますけど、私の中は、シローさんへの不信感でいっぱいです」
誰もいない射撃場で、彼女がジトッとした目で見上げている。先ほどの行動に対する抗議を込められていたが、彼が意に介する様子はない。
「学園長から聞いていると思うが、ユーリィには次のランク戦に出てもらうことになっている」
「はい、聞いています」
ユーリィが頷く。
「学園のランク戦は、銃と魔法を使ったチーム戦だ。そこで聞いておきたいのだが、ユーリィの魔法はどういったものなんだ? 学園長が言うには、健康診断で魔力反応があったとか」
シローは、学園長であるグラン大佐の言葉を思い出していた。
オルランド共和国は、魔法の力を持って生まれる人が多い。
だが、いろんな魔法を使えるわけではない。
原則的に、一人が使える魔法は、ひとつだけ。
それは生まれ持った才能であり、その人の個性でもある。この魔法学園においては、自分の存在を証明する力でもあった。
「え、えーと、ですね」
シローの質問に、ユーリィはすぐには答えなかった。
視線を落として、小さな手をぎゅっと握りしめる。
そして、いつもの笑顔を浮かべるのだった。
「……たいしたものじゃないですよ。私にぴったりな、とても下らない魔法です」
彼女は笑いながら、シローのことを見上げる。
その顔はいつもより、諦めに満ちていた。
「……そうか」
シローもそれ以上は追及できなかった。
まぁ、次の相手は低ランクのチームなので、魔法を使ってくることはないだろう。そう思いなおして、説明を続けることにする。
「ランク戦は、隠れていれば勝てるわけじゃない。いろんな相手チームと戦うことになるだろう。だからユーリィには次のランク戦までに、この銃を使えるようになってもらう」
シローは説明しながら、長細いバックを地面に下ろした。
そして、黒い銃を取り出す。
銃身が長く、全体的に華奢なイメージのある、……スナイパーライフルだ。
「狙撃用の銃については、何か知っているか?」
「はい。授業で教わったことなら」
いつの間にか、ユーリィの表情は真剣なものになっている。
「まぁ、知っているかもしれないが、軽くおさらいしよう。これはイーグル社が開発した国産スナイパーライフル、『イーグル・M24』という名前の銃だ。狙撃用の銃ということもあって、撃った弾が相手にダメージを与えられる距離、……有効射程距離が長いことが特徴だ。ここまではいいか?」
「はい」
にこり、とユーリィが微笑む。
「この『イーグル・M24』だが、その華奢な外見にしては、頑丈な作りになっている。そして、軽い。学園の女子生徒が使えるくらいの重さになっているらしい。試しに持ってみるか?」
「はい!」
ユーリィが頷くのを見て、シローはその銃を手渡した。
長細い狙撃銃が、彼女の小さな手に包まれる。
戦争が終わり、技術提供という理由で、たくさんの帝国製の銃が国内に入ってきた。
オルランド共和国の銃と言えば、伝統に縛られた職人の手によって作られたもの。新しい技術も現場の兵士の声も、伝統だから、という一言に消されていた。
だが、帝国は生産性と実用性をとことん追求し、新しい技術も積極的に取り入れた。その結果、他国を圧倒する力を持った銃器を作り出す。頑丈で壊れにくく、しかも軽い。新素材の合成金属で作られた銃は、他国のよりも明らかに軽かった。
そして、その技術は共和国にも伝わっている。
学園で採用されている、唯一の国産ライフル。
イーグル社が信念と誇りをかけて作り上げた、傑作の銃。それが、この『イーグルM24』である。従来の長所を生かしながら、新素材の導入により耐久性の向上と軽量化に成功。最高に使いやすいスナイパーライフルと絶賛された、誉れ高い銃なのだ、……なのだが―
「……まぁ、さすがに子供が使うことは想定されていないよな」
「何か言いました?」
「いや、何でもない」
彼女の視線を感じて、シローは慌てて答える。
「それでは、説明を続けるぞ。スナイパーライフルは遠くを狙う銃だから、基本的には望遠スコープを覗きながら撃つことになる。……ちなみに学園の備品で使われているのは、8倍率のスコープだ」
「あ、本当だ。結構、遠くまで見えますね」
ユーリィが銃を構えて、その上に載っているスコープを覗き込む。
「さて、このイーグルM24だが、国産のものでありながら、かなりの高性能を誇っているんだ。有効射程距離は800メートルで、その精度はAクラスとされている。それは帝国製の銃にはないものだ」
「すごい、……のですか?」
「あぁ。戦時中に使われていたイーグル系列が今も現役なのは、その高い精度を保持しているからだろうな。……そして、その精度を生み出しているのが、ボルトアクションと呼ばれる構造だ」
「ボルトアクション?」」
ユーリィの頭に疑問符が浮かんでいる。
説明するより、実物を見た方が早いな。そう思って、シローは銃の横を指さした
「ボルトアクションとは、弾を一発撃ったら、ボルトと呼ばれる金属の筒を操作して、次の弾を装填するものだ。……銃の横に小さなレバーが出ているだろう」
「はい」
「このレバーはボルトハンドルと呼ばれるもので、こいつを動かすんだ。このハンドルを一度起こして手前に引く。一番手前まで引くと、ボルトが動いて弾が装填されるんだ。……後は、もう一度奥まで押し込んで、ハンドルを横に倒す」
やってみせよう、とシローは言った。
慣れた手つきでボルトハンドルを手前に引き、弾を入れるための薬室を開く。
そこに一発ずつランク戦用の模擬弾を入れていき、五発入ったところでボルトを一番奥に押し込んだ。
最後に、ハンドルを倒す。
カタン、と無機質な音した。
「……」
そのままシローは、銃を構えて遠くの的を狙う。
左手を銃身に、右手を引き金に。
呼吸を止めて、意識を集中させる。
一瞬が永遠に感じるほどの緊張感。ユーリィが黙って見守るなか、シローはゆっくりと、……引き金を引いた。
「……っ!」
ダンッ、と重厚な炸裂音が響く。
長い銃口から放たれた銃弾は、右回りの螺旋回転を保持したまま、高速で飛翔する。そして、遠く離れた円形の的の、その真ん中を撃ち抜いていった。
鈍い銃声の残響と、かすかに硝煙を漂わせる。
「……ふぅ」
シローは一度、銃を下ろすと、ボルトハンドルを起こして手前に引く。
すると、弾を入れる場所から、空になった薬莢が飛び出てきた。カラカラ、と小さな音を立てて空薬莢は転がっていく。
「まぁ、こんな感じだ。このままハンドルを押し込めば、次の弾が装填される。今はやらないがな」
シローは手動で弾を排出させると、再びボルトを奥へと押し込む。
その間、ユーリィは黙ったままだった。
今も、口に手を当てたまま、遠くの的をじっと見つめている。真ん中を撃ち抜かれた的を見て、驚いている様子だった。
「……び、びっくりしました」
「そうか? 50メートルの射撃なんて、ちょっと練習すれば、誰でも真ん中を当てられるぞ」
彼女の見つめている視線を追いながら、シローは何でもないことのように言った。
「びっくりです。……シローさんって、本当は銃を撃てたのですね?」
がくっ、と肩が落ちた。
「お、お前、俺のことをなんだと思っているんだ!?」
「え? だって、銃を撃てない『臆病者』だと聞いていたので」
「……ぐっ」
返す言葉が見つからなかった。
そんな彼に、ユーリィはにこりと笑いながら聞いてくる。
「でも、どうしてランク戦では撃たないのですか? 何か特別な理由でも?」
「あぁ、それは―」
シローがそっと、手元の銃を見下ろす。
一瞬だが、その銃が旧式のライフルに見えた。
戦争中、大勢の人間を殺したスナイパーライフル『イーグル・M7』。彼の脳裏をよぎるのは、助けを求める悲鳴と、血と火薬の匂い。命乞いをする敵兵士に向かって引いた、引き金の感触。それが今もまだ残っている。
「……すみません。なにか嫌なことを聞いたみたいで」
彼女の声で、意識が現実に戻ってくる。
「いや、何でもない」
シローは、ぐっと手を強く握る。
戦争は終わったのに、どうして自分は人を撃てないのか?
ランク戦なんて、ただの学園の行事なのに。使っているのは、安全が保障された模擬弾なのに。なぜか、引き金を引くことに心が拒絶する。
たぶん、自分は。
まだ戦場にいるのだ。
終わらない戦争に囚われ続けている。
ユーリィが心配そうに見上げているなか、シローは力なく微笑んだ。
「さぁ、練習を開始しよう。次のランク戦までには、一人前の狙撃手になってもらわなくちゃな」
「はいっ!」
シローの声に、ユーリィは笑顔で頷いた。




