最終話 「幸せになる、シンデレラ」
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「なぁ、シロよ。これはどういうことなんだ?」
「……それは俺が聞きたい」
学園食堂にある掲示板の前で、シローは唖然とした表情を浮かべていた。
帝国の過激派を退けてから、数日が経っていた。
先日まで荒れていた嵐は過ぎ去って、穏やかな陽気となっている。眩しい日差しは、少し早い夏の到来を感じさせた。
オルランド魔法学園での日常は、何も変わりなく続いている。近くの国境線で、帝国軍が学園長の誕生日を祝うのに戦車隊を動かした。そんな話題さえも、生徒の間では既に薄れつつある。
今や、彼らの関心は別のほうに向いてた。
「あ、あの、こんにちは!」
おどおどとした声が聞こえて、シローとゼノがそちらへ向く。
そこには、同じチームの《砲兵科》であるミリアがいた。ピンク色のツインテールを揺らして、自信がなさそうに視線を泳がせている。
「ミリアか。もう、ランク戦の怪我はいいのか?」
「は、はい! リーシャ先輩にも診てもらいました。つ、次のランク戦には復帰できます」
怯えるように肩を震わせているが、それでもはっきりとした声で言った。
つい最近まで、自分の部屋に引きこもっていたのが嘘のようだ。
「……そ、それで、シロー先輩に聞きたいことがあるのですが」
ちらり、とミリアは掲示板の方を見る。
「そ、その、ユーリィ先輩のことですが」
「……」
下級生から上目遣いに問われているのに対して、シローは何も言わずに視線を背ける。
その顔には、尋常でない冷や汗が浮かんでいた。
……この学園の風景に、変わりはない。
あの日を境に、ユーリィは改めてオルランド魔法学園に入学することになった。学年はシローと同じ二年生で、専攻科は《衛生兵科》を選んだ。
彼女の魔法、『不幸体質』を抑える方法は見つかっていない。それでもないため、少しでも誰かの役に立つことがしたいということらしい。今頃、同じ《衛生兵科》であるリーシャ・ナハトムジーク嬢と一緒に授業を受けているのだろう。
ようやく、彼女にも平穏の日々が訪れたのだ。
これからは過去に囚われることなく、穏やかに生きてほしい。そんなことを、シローも真面目に考えていた。
……目の前にある掲示板を見るまでは。
「おい、見ろよ。噂の張本人がいるぜ」
「へー。あいつがそうなのか。何か、パッとしない奴だな」
「それで? 相手の女の子はどこにいるんだよ」
がやがやと、シローたちの周りに人が集まってくる。
理由はわかりきっていた。
今や、学園中の注目の的になっているほどだ。シローの臆病者の噂など比較にならないくらいに、色恋沙汰の話は広まっていくのが早い。
何かの間違いであってほしい。そんなことを祈りながら、シローは再び掲示板を見た。
そこに貼りだされているのは、学園ランキング表であった。シローたちのランキングは現在63位。上位ランクのチームとの戦いで反則負けをしてしまったので、順位を大きく落としていた。だが、問題はそこではない。
チームに記載されている名前が、問題だった。
……シロー・スナイベル。《狙撃兵科》・二年生。
……ゼノ・スレッジハンマー。《普通歩兵科》・二年生。
……ミリア・プロヴァンス。《砲兵科》・一年生。
順番にチーム名を追っていって、最後に書かれた名前を穴ができるほど見つめる。
……ユーリィ・ミカゲ・スナイベル。《衛生兵科》・二年生。
なぜ、ユーリィの名前に、シローと同じ苗字がつけられているのか。
思い当たることはある。だが、しかし。それはあまりにも突拍子のないことである。
「なぁ、シロよ」
「聞くな」
「なんで、ユーリィちゃんの名前に、お前の苗字がついているんだ?」
「だから聞くな」
シローは頑なに拒む。
彼は知らなかったのだ。未成年の人間が身元保証人になるということは、その相手と一緒に添い遂げたいということを。
つまり、一言で片づけるのなら。
……婚約であった。
「……なかなか大胆なカップルだよな」
「……あぁ。普通は婚約していても、周囲には隠すもんだが」
ひそひそとシローの周りで話がされる。
オルランド共和国では、学生のうちに婚約することは珍しいことではない。それは、この魔法学園でも一緒で、シローが知っているだけでも、結構な数の男女が将来を誓い合っている。友人であるゼノとリーシャ・ナハトムジーク嬢も、その内の一組だ。
だが、それらは親しい友人にだけ明かすことが多く、間違ってもこんなふうに学園の掲示板でわかるようなことはしない。……普通、ならば。
「ユーリィちゃんも大胆だよな。これじゃ、シローは自分のものです、って言っているもんじゃねぇか」
ゼノが能天気に呟くと、急に周囲にいた学生たちが騒めきだした。
嫌な予感がしてそちらを向くと、学園の鞄を持ったユーリィがこちらに近づいてきていたのだ。にこにこと幸せそうな笑みを浮かべながら。
「……おっ。あれが相手の女子らしいぜ」
「……随分と小さい子だ。幼女だな」
「……でも、ちょっと可愛くないか?」
ざわざわと、男たちが囁くなか、ユーリィはシローの前に立つ。
そして、にっこりと笑った。
「えへへ。注目されていますね」
「笑っている場合じゃない。これは、どういうことなんだ?」
シローは努めて冷静になって、彼女に問いただす。
すると、ユーリィは恥ずかしそうに頬を染めた。
「え、えーと、よくわからないんですけど。シローさんは甲斐性なしだから、これくらいのことをしないと逃げるだろうって」
「誰が、そんなことを言ったんだ?」
「学園長先生です」
ユーリィの答えに、がくっと肩が落ちた。……あの人は、何を考えているんだ。
シローが静かに頭を抱えているなか、ユーリィは掲示板に書かれている自分の名前を見て、やんわりと微笑む。
「……ユーリィ・ミカゲ・スナイベル。いい名前だと思いませんか?」
「さぁ、どうだろうな」
「私は好きですよ。名前でも、シローさんと繋がっている気がして」
「ぐっ」
激しくなっていく頭痛に苛まれていると、彼女がそっと近くに寄り添う。
そして、一瞬の隙を見て、ぎゅっと腕に抱き着いてきたのだ。
「えいっ」
「っ! ちょ、何をやっているんだよ!」
突然のことに慌てだすシロー。
だが、そんな彼を見て楽しむように、ユーリィは目じりを下げた。
「えへへ。これから、よろしくお願いしますね。……旦那様」
学園の食堂に、生徒たちの黄色い歓声が飛び交う。
沸き上がる拍手。二人の将来を祝福する声。そして、羨ましいと妬む男たちの視線。それらをシローは一身に受け止めて、これからの学園生活に不安を覚えていく。
茫然と窓の風景を眺める中、自分の腕にいる小さな女の子が嬉しそうに笑っていた。
……どうやら『シンデレラ』は、幸せになったらしい。
ー了ー
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最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!
スナイパーの主点を置いたガンアクション、をコンセプトに書き始めたのですが、書き進めるのには色んな苦労がありました。何しろ、専門的な知識が何もないのですから(笑)
図書館や通販で専門書を手に入れて、ボルトアクションの感覚が知りたくてモデルガンを購入したり。
それでも、こうやって最後まで書くことができたのは読んでくださった方々がいたからだと思っています。本当にありがとうございました!
さて、この小説は続きがあります。
次章となる『不機嫌な眠れる森の狙撃手』は、来月の2月に更新を開始しようと思います。
よかったら見てやってください!
敬具
いわさき つよし。




