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第39話 「ユーリィの処罰」

――◇――◇――◇――◇――◇―


 帝国軍の過激派が撤退をして、廃倉庫にはシローたちだけが残された。

 シローの連絡によって駆けつけた共和国軍の兵士に、ザルモゥや白衣の男、そして下の階で気絶している男たち者を引き渡す。その中には、ギムガたちの姿もあった。この学園の不良たちにどのような処罰が下るのか、シローは思考の端で考えていた。


 それから、迎えにきた軍用車両に乗り込んで、オルランド魔法学園へと戻っていく。

 後部座席に乗っているのは、シローとゼノ。そして、ユーリィ。

 ゼノは車が動き出すと、すぐに眠りだしてしまった。いびきをかいている友人を見て、脳天気な奴だなと胸の内で毒づく。


 シローにそのような余裕はなかった。これからのことを考えると、どうしようもない不安に駆られるのだ。

 グラン大佐に報告を終えて、ユーリィを救い出したと伝えたら、……その後はどうなる?


 グラン大佐は、厳格な男だ。

 ちょっとしたことでは考えを変えないだろう。シローが懇願したところで、ユーリィの処遇が良くなるとは思えない。


 ユーリィは死ぬ。

 それは、絶対なのだ。


「……っ」


 雨の当たる窓ガラスを見つめながら、シローは不安に顔を歪める。


 このまま大佐の前に連れていくのなら、ユーリィを逃がしたほうがいいかもしれない。シローがその気になれば、この車両を破壊して逃がすことくらい簡単であった。

 ……だが。


「……」


 ユーリィが静かに身を預けてきた。

 そのまま体を寄せて、ぴったりと肩が触れ合う。彼女のほのかな体温を感じてながら、そちらを向くと、すぐ傍に彼女の顔があった。


 それは、とても穏やかな表情をしていた。

 心配事なんて何もないようであった。察しが良く、頭の回転も速い。そんな彼女が、これから自分がどうなるか、わからないわけがないのに。


 ユーリィは、信頼していた。

 シローのことを。

 これから自分がどうなろうと、その全てを委ねる。彼女の穏やかな表情が、そう言っているように見えた。


「……」

「……」


 シローは彼女のことをしばらく見つめた後、再び暗雲の立ち込める窓の外へと視線を移した。

 グラン大佐と対峙したのは、それから一時間後のことだった。



――◇――◇――◇――◇――◇―



「よくやってくれた。素晴らしい働きだったぞ、スナイベル少尉」


「はい、ありがとうございます」


 オルランド魔法学園の学園長室。

 ゼノと別れたシローたちは、真っ直ぐこの部屋へと向かっていた。部屋に入ると、グラン大佐に敬礼をしつつ、自分の後ろに立っているユーリィを気に掛ける。


 そんなシローのことを気に留めることもなく、グラン大佐は話を続けた。


「ザルモゥ中佐のことは軍の上層部に任せることにした。戦争の誘発行為に、多数の密入国者の手引き。何より、過激派の主犯格。それ相応の罰が待っているはずだ」


 極刑か、とシローは思ったがそれはないと思い直す。

 共和国の魔術兵士は優秀だ。それも情報部の尋問部隊であったら、帝国にも負けてはいないだろう。催眠と錯乱の魔法を使った誘導尋問。その人物が持っている情報を根こそぎ絞り出すことを得意としている。


 もしくは、帝国との交渉のカードに使うのか。

 どちらにせよ、死んだ方が良かったと思うに違いない。


「……それは同情しますね」


 嘘であった。

 ザルモゥや過激派の連中がどうなろうと知ったことではない。大切なことは、これからユーリィがどうなるか。ただ、それだけだった。


「それにしても、帝国側も粋なことをしてくれたものだな」


「と、言いますと?」


「なぁに。先ほど帝国軍の上層部から通達があってな。私の誕生日に合わせて、国境線で演習していた戦車隊が、祝いの花火を上げてくれたそうだ。国交が回復してまだ間もないというのに、見事なものだよ」


 グラン大佐が声を上げて笑い出す。

 そんな上官を見つつ、シローは共和国と帝国の間に交わされた密約について思いを馳せる。


 ……なるほど。そういうことになるわけか。

 恐らく、ガリオン帝国側も過激派の行動を予測できなかったのだろう。彼らの全てが戦争を望んでいるわけではない。その一部の過激派が、自分たちの都合で戦争を起こそうとしているのだ。それなのに過激派に軍事行動を許してしまい、その挙句に、共和国との国境を侵犯してしまった。帝国の上層部としては、面目丸つぶれだ。


 彼らはやり過ぎたのだ。

 帝国側も、彼らの存在を抹消するするために、そんな作り話を持ち上げたのだろう。


 全ては、なかったことにされる。

 あの場に、帝国の戦車隊がいたことも。

 戦争を引き起こすために、共和国に侵攻してきたことも。

 それを『ホワイトフェザー』が、たった一人で阻止したことも。

 正式な記録には残らず、ただの噂として語られていく。


「それで、スナイベル少尉?」


 ぎろり、とグラン大佐がシローを睨みつけた。


「貴様の働きには満足いくものだが、ひとつだけ納得していないことがある。……なぜ、その女が生きているのだ?」


 シローの後ろに控えているユーリィに視線を向ける。

 彼女は怯えも震えもせず、穏やかな表情を浮かべていた。


「私は命令をしたはずだが。その女だけは必ず処分するように、と」


「はい、その通りです」


 ……さて。ここからが勝負だ。

 シローは掌に汗を滲ませながら、整然と答えた。


「ですが、処分を検討していただくように申し上げたはずです。彼女は被害者であり、本来は守られるべき存在です。私たちは彼女のような者のために、戦っていたのではないでしょうか?」


「それは違うな。我々が守っているのは、共和国の民だ。この女の様な、帝国のスパイを匿うためではない」


 それにな、とグラン大佐が続ける。


「私が少尉と約束したのは、判断の保留であったはずだ。考えを改めることなど、そもそも持ち合わせていない」


「……っ!」


 シローが言葉を詰まらせる。


 わかっていたこととはいえ、グラン大佐が自分の考えを変えるなどありえなかった。

 過激派と対を成す、穏健派の軍人。戦争を起こさないためには何でもする男が、将来の不安の種を摘み取るのに躊躇などしない。


 そっと、後ろにいるユーリィのことを窺う。

 彼女は変わらず、穏やかな表情をしていた。

 にこり、と微笑みを浮かべて、ことの成り行きを見守っている。


「っ! で、ですが、元々は共和国の人間なんですよ。スパイを育成するために帝国に連れ去られていただけで、本来は私たちと同じ―」


「くどいぞ! 少尉!」


 だんっ、と大佐が机を強く叩いた。

 その衝撃で、卓上に乗っていた書類の山が床へと崩れ落ちていく。

 グラン大佐は鬼の形相でシローのことを睨みつける。過去に何度か逆鱗に触れたことがあったが、今回はそれらを大きく超えていた。


「貴様には失望したぞ! 戦場で敵兵を山ほど殺してきた貴様が、なぜ女一人を殺せない!」


 大佐の侮蔑を込めた視線に、シローは真正面から受け止めた。


 ユーリィことを背中に庇いながら、どうすれば彼女を救えるのかを必死に考える。

 だが、その答えが出るよりも先に、グラン大佐が冷たい口調で言い放った。


「もういい。ならば、もう一度。貴様に命令しよう。……スナイベル少尉。今すぐ、そこの女を殺せ」


「っ!」


 一瞬にして、血の気が引いていった。


 軍人にとって、上官の命令は絶対だ。

 何が何でも遂行しなくてはいけないし、気が乗らなくても成し遂げなくてはいけない。反対の意見を言うなんてもってのほかだ。


「どうした? 早くしろ」


「……っ」


 指が痺れる。

 喉がカラカラに乾いていき、視界もぼやけてきそうだ。


 シローは大佐の言葉を何度も反芻させながら、自分の後ろへと振り返る。

 そして、そこにいる少女を見た。


 小柄な体格で、女性らしい膨らみのない体つき。

 艶のある黒髪に、同じ色の大きな瞳。

 幼女然とした風貌は、守られるべき存在なのだと強く主張している。少なくとも、シローはそう思えた。


 その彼女が浮かべているのは、落ち着いた表情。自分の未来が、……生きるか死ぬかの瀬戸際なのに、ユーリィは静かに微笑んでみせる。

 彼女の視線には、絶対的な信頼が寄せられていた。


「……」


 シローは軽く頭を振った。

 震える手を握り、強い意志を胸に宿す。

 ……覚悟を決めた。


「聞こえません」


「なに?」


 シローは直立不動のまま、グラン大佐に言い放った。


「私には、大佐が何と言ったか聞こえません。聞こえない命令を遂行することは不可能です」


「なん、だと」


 グラン大佐が呆気に取られた表情を浮かべる。


 この距離の会話で聞こえないなんてあり得ないし、もし聞こえているのに無視をするのであれば、それは命令違反に当たる。そうなれば軍法会議は免れないというのに。


 シローは真剣な顔で、聞こえない、と主張しているのだ。


「……なるほど。それが貴様の答えというわけか」


 ふぅ、とグラン大佐が溜息をつく。

 どこか諦めたようにな口調だった。

 大佐は弛緩した空気を漂わせて、自分のイスへと腰を下ろした。ゆったりと背もたれに体を預けると、ギシギシと軋む音が響く。


「残念だ。まったくもって、残念だよ」


 そして、机の引き出しに手を伸ばして、そこにあるものを取り出した。


「だが、仕方ない。この私が自ら、手を下すことにしよう」


 大佐の手に握られているのは、小型の拳銃。

 戦時中に護身用として、または自決用として支給された拳銃を、シローの後ろに立つユーリィへと向けたのだ。


「大佐っ!」


 シローは叫んだ。

 だが、自分の上官は止まることはない。彼女に狙いをつけたまま、引き金に指を伸ばす。


「っ!」


 迷いはなかった。

 シローは自分が盾になるべく、ユーリィの前に立ちはだかった。例え自分が死んでも、彼女を守れればそれでいい。そう思ったのだ。


 だが、事態はシローの予想を大きく裏切ることになった。


「……ごめんなさい」


 シローの後ろから、ユーリィの声が聞こえた。

 それと同時に、小さな手が肩を引かれながら、背後から鋭く両足を払われた。咄嗟のことで何が起きたのかわからなかったが、どうやら彼女によって地面に倒されたらしい。


 そして、気がついた時には。

 シローのことを守るように、ユーリィがグラン大佐へと立ちはだかっていたのだ。

 拳銃を向けられたまま、彼女は可憐に微笑んでいる。


「シローさん。今まで、ありがとうございました。あなたと出会えたことが、私の一番の幸せでした」


「な、なにを―」


「……さようなら。大好きですよ」


 無意識に、彼女の名前を叫んでいた。

 だが、一発の銃声が響き、その声が届くことはなかった。

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