第38話 「勝利のための銃弾は、たった1発でいい」
ボルトハンドルを手前に引いて、空薬莢を排出する。
洗礼されたその動きは、熟練の狙撃手そのもの。新しい銃弾を装填させて、慣れた手つきでハンドルを押し込んだ。
「おい。そこの無線機は使えるんだろう?」
机の横で崩れ落ちているザルモゥに問うが、もはや彼に答えるほどの余力はなかった。
頼りにしていた戦車隊の砲撃を、たった一度の魔法で無効化されたのだ。今では、なぜ自分はホワイトフェザーの存在に、あそこまで疑うことができたのか。それすら、わからなくなっていた。
しかし、シローには関係のない話だ。
ザルモゥが答えられないのを見ると、シローは通信機器を勝手に操作して、スピーカーの音量を最大にする。そして、マイクを片手に淡々と言い放った。
「こちらオルランド共和国軍、魔術兵士隊所属の者だ。この通信を聞いている帝国軍に問う。貴官らは国境を挟み、我が国の領土へと砲撃を行っている。これは和平条約違反である。ただちに戦闘行為を辞めて、指揮官は共和国軍へ出頭するように」
シローの声は大音量となって、周囲一帯に響き渡る。
それだけでも、ゼア河を挟んだ帝国側にも届いているはずだった。
だが、応答はない。
それどころか、戦車独特の駆動音が少しずつ近づいていた。シローは呆れたような表情をしながら、暗視用の単眼鏡を取り出す。そして、そこに映し出された光景に辟易とする。
数えきれないほどの戦車が、ゼア河を渡って共和国内に侵攻していたのだ。
「……戦争狂どもめ」
はぁ、とため息をついて、再びマイクに語りかける。
「直ちに停止されたし。貴官らは、正当な許可もなく国境を越境している。直ちに停止して、武装を解除せよ。これは警告である」
どうせ、返事は返ってこないだろうな。
そう思っていたが、ザザッというノイズまじりに向こうから返答があった。
「—―こちらガリオン帝国軍、第102機甲師団。貴殿の申し出には応じられない。我らは帝国の未来を憂うもの。この戦いで、帝国は誇りを取り戻す」
残念なことに。言葉は通じるものの、会話は成立していなかった。
シローの問いかけを無視して、無線の向こうの男は自分勝手な理屈を振りかざす。
「――我らに敗北はない。貴殿の国をことごとく破壊して、首都に帝国の旗を掲げてみせよう。だが、今のうちに投降すれば、国際規定に基づいて捕虜の扱いをする。告げる。倉庫にいる魔術兵士よ。武器を捨て、投降せよ。我らが帝国は寛大なり」
「……話にならないな」
シローはマイクを置いて、部屋にいる人物に聞こえるように嘆く。
「投降しろだと? お前らは既に勝ったつもりなのか。ここにいるザルモゥといい、過激派の連中といい、帝国には夢想者しかいないのか」
どうやら、先ほどの砲撃を消し去ったくらいでは、こちらを脅威とを感じてくれなかったらしい。
ならば、とシローは再び銃を構える。
銃口には、先ほどと同じ魔法陣を展開させた。
狙うは、国境のゼア河を越えてきた戦車隊。無断の国境侵犯だ。迎撃されても文句はいえないだろう。
その結果。
戦車もろとも、粒子の海に消えることになっても。
「当たりどころが悪くても、俺を恨むなよ」
息を整えて、引き金に指を当てる。
相変わらずの暗闇だが、蠢く影が戦車の位置を教えていた。望遠スコープが映し出す視界に集中させて、その中央の十字に狙いを定める。
戦車とは、可燃物の塊だ。
内部に搭載してある砲弾の山に、燃費の悪さをカバーするための大きな燃料タンク。通常なら強固な装甲がそれらを守ってくれるのだが、シローの『崩壊魔法』の前では、だたの的でしかない。
「っ!」
ダンッ、と銃声が響く。
シローが放った銃弾が漆黒の闇を裂き、前進している戦車へと向かっていく。
その銃弾は、強固な傾斜装甲を貫通し、内部に貯蔵されていた砲弾たちを食らい、燃料タンクを我が物顔で突き進みながら、最後は何事もなかったかのように貫通していく。
何が起きたのか、戦車の搭乗している人間にもわからなかっただろう。
ただ、理解できたのは、気がつけば戦車が燃えていたことくらいだ。
「――ひっ! も、燃えているぞ!」
「—―逃げろ! 砲弾に誘爆する!」
無線の向こうから、戦車に乗っていた者たちの悲鳴が聞こえてくる。
それを聞き流しながら、シローは続けざまに、二発、三発と別の戦車へと撃ち込んだ。すると、すぐさま帝国側の通信は、兵士たちの悲鳴に満たされていった。
「—―退避! 退避だ!」
「—―敵から攻撃されているぞ! 気をつけろ!」
「—―そんなこと言っても、俺たちは何に攻撃されているんだよ!」
不安は恐怖を呼び、恐怖は感染する。
何に攻撃されているのかもわからず、突然燃え出した戦車という密室では、逃げ出すしかない。彼らは正体不明の襲撃者になす術もなく、搭乗していた車両を次々と放棄していく。
加えて、戦車とは可燃物である。
最も脅威なものが地雷であることからわかるように、強固な装甲さえ貫けば、いともたやすく炎上し、爆発する。
ドンッ!
ドカンッ!
暗闇の彼方で、ひとつ、またひとつと小さな花火が咲いた。
嵐の夜に見る花火というものも、得てして雅であるが、それらは見物客を楽しませるために作られた花火玉ではなく、帝国の最新技術が詰め込まれた重戦車なのだ。随分と高価な見世物だな、とシローは胸の中で呟く。
これで撤退してくれれば楽なのだが。そう思っていたが、意外にも帝国側の粘りも強く、無傷な戦車は勇猛果敢にも前進してきた。
「――引くな! 攻め続けろ! 我らは帝国の未来を憂うもの! これくらいの修羅場、耐え抜いて見せろ!」
まだまだ、戦意旺盛なものたちがいるらしい。
まるで死に場所を求めているかのように、愚直に前に進んでは、シローたちのいる廃倉庫にめがけて砲撃してくる。
「ちっ、キリがないな」
砲撃に倉庫が揺らごうとも、シローは確実に戦車を屠っていく。
だが、彼らは止まらない。
自軍の損失を恐れない物量攻め、というのは、ある一点においては有効かもしれない。例えば、こちらの残りの弾が少ないときなど。
「残弾は、……あと10発か。どう考えても、向こうの戦車のほうが多いよな」
半数以上は破壊したとはいえ、まだまだ健在なものも数多くある。
このまま各個撃破では、すぐに弾が底をつく。この廃倉庫や、下の階で気絶しているならず者を漁れば、狙撃用の実弾があるかもしれない。
だが、その考えはやめた。
これは帝国の過激派の侵略であり、今後のことを考えると、その場しのぎの勝敗など意味がない。
必要なのは、完全な勝利。
敵を完膚なきまでに叩きのめして、二度と立ち上がる気を起こさないように。
そして、そのために必要な銃弾は。
……たった1発でいい。
「ユーリィ。無線機のマイクを取ってくれ」
「あ、はい!」
ユーリィは言われた通りにマイクを持ってきて、それをシローが銃を構えたまま器用に受け取る。
「……帝国の有志諸君。貴官らの志は見せてもらった。敵ながら、見事と言わせてもらおう」
突然、帝国側を誉めだしたシローのことを、ユーリィが驚いた顔で見た。
部屋の隅にいるザルモゥたちも、何をしたいのか理解できなかった。
「だが、残念なことに時間切れのようだ。貴官らとの戯れは心躍るものがあり、まるで戦場にいるような心地であったぞ」
そして、わずかな沈黙の後、シローは帝国の兵士に向かって言い放った。
「それで? いつまで貴官らは、この戦争ごっこを続ける気かな?」
その言葉の意味を、すぐにはわからなかったのだろう。
ざわざわ、と無線機の向こうが騒めいたと思ったら、一瞬にして、彼らの怒りが頂点に達した。
「—―ふ、ふざけるな!」
「――俺たちのことを舐めやがって!」
「—―倉庫だ! あの倉庫を攻撃しろ!」
ズドン、ズドン。と戦車の主砲が火を吹くなか、シローは飄々とした口調で問い返す。
「返答は、……まだ続けるということでよろしいかな?」
「—―当然だ! 我ら帝国の未来を憂うものなり! 今度こそ、共和国を滅ぼして我が国の旗を立てて―」
怒り狂っている帝国の過激派たち。
しかし、次のシローの言葉によって、一気にその熱を冷ますことになる。
「仕方ない。ならば、この『ホワイトフェザー』が全身全霊を持って、貴官らを殲滅しよう」
無線の通信が、凍りついた。
言葉を失った沈黙が続き、誰も口を開こうとしていないようだ。
砲撃の音もやみ、戦車の駆動音さえ止まったほどだ。
「――は?」
「――おい。今、何て言ったか聞こえたか?」
「――た、たしか、ホワイトフェザーって」
動揺する声が聞こえる。
最初は聞き間違いだと思っていたものも、周囲の仲間たちの会話に、自分の耳が正しかったと思い知らされる。
「――ホ、ホワイトフェザーは存在しない。我らの同士によって証明されたのだ。そのような情報操作で、我らを混乱させようと……」
「よろしい。ならば、死をもって理解するがいい」
やはり、ザルモゥの言い分を信じているようだ。
そう判断したシローは、すぐさま行動に移す。既に搭乗者が逃げ出した戦車に狙いを定めて、引き金を引いた。
すると、銃弾が衝突すると同時に『崩壊魔法』が発動し、次々と崩壊していった。
「――なっ!?」
「――何が、起きたんだ!」
返答ができなくなる過激派の男たち。
目の前で、自分たちの自慢の戦車がなす術もなく消滅していく様子に、彼らは何を感じたのか。
戸惑いか。
思考の停止か。
それは彼らによって様々だが、辿り着く先は決まっていた。
……絶対的な恐怖。
立ち向かうことも許されない存在を前に、体と心は恐怖に支配される。
そして、数秒後。
通信機器から聞こえてきたのは、過激派を名乗る軍人たちの泣き叫ぶ声だった。
「――に、逃げろーーーーっ!」
「――死神だ! 戦場の死神がいるぞ!」
ギュラララッ、と戦車の走る音が響く。
後ろに向かって、自分たちの領地である帝国に向かって。全速力で走り出していた。先に戦車を破壊されてしまった者たちも、無我夢中で逃げる車両に飛びついていく。
「――ち、ちくしょう! 誰だよ、ホワイトフェザーが存在しないなんて言ったのは!」
「――あのザルモゥだよ! 本部から左遷された窓際官僚さ!」
「―――くそっ! あの悪魔がいないって言うから、この戦いに参加したっていうのに!」
一目散に逃げていく戦車隊。
戦場を知っている彼らだからこそ、同じ戦線に登録魔術兵士がいるときの絶望感を嫌というほど味わってきた。しかも、その魔術兵士が死神と呼ばれた『ホワイトフェザー』。それまでの狙撃による戦車の破壊もあって、彼らが疑うことはない。
シローは銃の望遠スコープを覗き込んで、帝国の戦車が逃げていく姿を見つめる。
それまでに破壊した戦車の残骸を避けながら、いくつもの影がゼア河を渡り、帝国領へと戻っていく。そして、最後の一両が共和国から出ていったのを見て、再び口を開いた。
「賢明な判断に感謝する。その礼といってはなんだが、貴官らが共和国内に散らかしたゴミは、この私が掃除しよう」
礼には及ばんよ、と言いながら、まだ燃え続けている戦車の残骸たちを見下ろす。
広大な敷地に燃えている鉄の塊。
シローはそれらを見ながら、銃を構える。
薬室を開放させて、たった一発だけ装填する。
そして、意識をこれまでになく集中させた。
「……っ」
銃口の先に、魔法陣が展開した。
それは先ほどまでと比べて、明らかに巨大であった。中央に展開してある魔法陣に重なるように、いくつもの陣が描かれていく。
輝きは眩しく。
神々しいまでの光は、まさに死をまき散らす神と呼ぶに相応しかった。
「……よく見ておけ。これが貴官らが敵に回した者の力だ。滅ぼされたくなかったら、もう二度とこの国に手を出すな!」
引き金を、引いた。
ダンッという銃声が響き、強大な魔力を孕んだ銃弾が放たれる。
そして、わずか数秒後。
その魔力は巨大な球状となって広がっていく。戦車の残骸はおろか、地面すらも。その魔法に触れたものは、粒子の海となって全て消えていった。
やがて、最後に残ったのは。地面に削り取られた大きなクレーターだけだった。
「――あ、悪魔だ」
「――実在した。やっぱり、ホワイトフェザーは実在するんだ」
「――俺たちは、こんな化け物に喧嘩を売っていたのか」
無様にも逃げることしかできなかった過激派の残党が、震える声で通信を交わしている。
戦場の死神。
共和国の英雄。
そして、臆病者。
様々な呼び名のあるホワイトフェザーだったが。この日を境に、また新たな逸話が語られることとなった。




