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第37話 「崩壊の魔法」

 電波によって届けられた一報に、ザルモゥの表情が変わった。


 それまで浮かんでいた怒りと恐怖が、驚きと共に目を丸くさせる。

 そして、数秒の沈黙を保った後。気でも触れたかのように笑い出したのだ。


「はーはっはっはっはは! 勝った! 勝ったぞ!」


 机を両手で叩きながら、眼前にある通信機器に顔を近づける。


「帝国万歳! 我らが悲願、成就されたり! これで我が国は、誇りを取り戻すことができるぞ!」


 通信機器のスピーカーに耳を当てながら、その知らせに大いに喜ぶ。

 今まで待っていた報告が、この窮地に届いた。そんな様子だった。今もシローに銃を向けられているのに、ザルモゥは勝ち誇った顔で二人を見る。


「聞いたか! 我らの過激派の同士が、今まさに、この瞬間! 共和国に攻め入ろうとしているのだ!」


 戦争だ! 戦争が起きるぞ!

 狂ったように何度も叫びながら、顔をさらに歪めていく。狂気と執念が燃え上がった表情。机を叩く度に、傷口から血が飛び散ったが、それさえも気にならないようであった。


「戦争になれば、今度は間違いなく我が帝国が勝利する! 今、国境線に集まっているのは、100両の戦車だ! あっという間に共和国の首都を陥落してみせるぞ!」


 ザルモゥが壊れたように笑い続ける。

 だが、そんな彼のことを、シローは冷ややかな視線で見ていた。


「だから?」


「はーはっはっは、……は?」


 ザルモゥが戸惑いの表情を浮かべると同時に、シローが口を開く。


「だから、なんだというんだ? 100両の戦車? 過激派の軍? ……ははっ、笑わせる。今更、その程度の戦力で、この国を。……この俺を倒せると思っているのか?」


 それは自信や驕りといった感情ではなかった。


 目の前にある事実。

 ただ、それだけを述べているようであった。


「帝国軍情報部所属、ザルモゥ中佐。お前は大きな勘違いをしている。戦争が終わったのは、ホワイトフェザーという架空の英雄のせいだと思っているのか。……だが、それは違う。多くの兵士の犠牲と、優秀な魔術兵士が奮戦があったからだ。実際の戦場に立ったことのないお前は、登録魔術兵士が戦場でどういった存在なのか、根本的なところで理解していない」


 かつて、帝国は兵士に向かってこう言った。

 戦場での危険人物ブラックリストに載っている登録魔術兵士と遭遇したら、交戦を避けろ。戦力を維持したまま、後退を視野に入れるように、と。


 それは、つまり。

 登録魔術兵士とは一騎当千の存在であり。帝国が揃えた最新鋭の軍備でさえ、勝つことができないことを意味していた。


「お前ら帝国は、戦争に勝てなかったんじゃない。……負けたんだよ。一方的に宣戦布告して、人の地を土足で踏みにじったくせに、その結果は惨敗。無残な醜態を全世界に見せつけてしまったんだ」


 シローが話していると、遠くから甲高い音が聞こえた。

 何かが高速で落下してくるそれは、この廃倉庫に近くに落ちると、大きな音を立てて爆発した。


 戦車の砲撃だった。

 シローの腕に抱かれているユーリィが肩を震わせる。そんな彼女に優しく力を込めた。


 大丈夫だ。

 何も問題ない。

 そう安心させるような表情を向けると、ユーリィも黙って頷く。彼女から不安の色が消えていくのを見て、そっと手を放した。


 そして、砲弾が飛んできた方角の窓へと向かう。

 手には、白い狙撃銃。

 空薬莢を排出させて、銃弾を装填させながら、シローは淡々と言い放つ。


「見せてやる。お前らが恐れた戦場の死神、ホワイトフェザーの力をな」


「なにを、するつもりだ」


 ザルモゥの顔にも焦りの色が浮かぶ。

 100両もの戦車隊に、たった一人で挑もうとしているのか。それはどう考えても、無謀でしかないのに。そのはずなのに。


 なぜか、この男には。

 それができると思えてしまう。


「……距離は、2キロメートルといったところか」


 腰のバックから暗視用の単眼鏡を取り出して、目標の方角を見る。

 真っ暗な視界。

 少し離れた場所には、帝国との国境であるゼア河が流れている。


 シローが見ているのは、そのさらに向こう。

 鬱蒼と茂る林に潜んでいる軍勢。

 暗闇でもわかるほど、それらは列を成して移動してきていた。この共和国を目指して。


 そして、次の瞬間。

 林の暗闇からいくつもの閃光が、一瞬だけ光った。


「ちっ。また、撃ってきたか」


 シローが舌打ちをした数秒後。

 甲高い飛翔音がして、この建物の近くに着弾する。それらは砲撃と呼ぶに相応しく、爆風で廃倉庫を激しく揺らした。


「ひぃっ!」


「「ひえーーーっ!」」


 ザルモゥと白衣の男たちが悲鳴を上げる。


 まさか、自分たちがいる場所に砲撃させるとは思っていなかったのだろう。ザルモゥは慌てて通信を試みるが、返答はない。どうやら、この男も白衣の男たちも捨て石にされたらしい。彼らの顔色には、絶望の色が濃くなっていく。


 そんな中でも、シローとユーリィだけは冷静であった。シローは手にした単眼鏡をバックに入れると、白い狙撃銃を敵へと向ける。その様子を、ユーリィが黙って見つめている。


「戦車の移動しながらの砲撃など、威嚇にしかならないだろうに。相変わらず、物量にものを言わせた派手な戦い方だ」


 銃を構えて、望遠スコープを覗く。

 ストックに顎を乗せて、人差し指を引き金に当てる。

 そして、意識を集中させた。


「ふん、素人どもめ。共和国に踏み入ったらどうなるか、お前たちは身をもって知ったはずだ。それなのに同じ轍を踏もうなどと、……呆れてものも言えないな」


 銃口の先に、淡い光が出現する。

 それは瞬く間に大きくなり、円形の幾何学模様と形を変える。


「……シローさんの、魔法」


 ぽつり、とユーリィが呟く。


 ランク戦では、不良たちが隠れている岩や銃を破壊し。

 この嵐の夜でも、正確な狙撃を可能とさせて。

 ザルモゥの足を銃弾で削ぎ落した。

 その魔法の真価が、今こそ発揮される。


「なぁ、ザルモゥ中佐。お前はルザンの街の戦いを知っているか?」


「な、なに?」


 唐突な問いかけに、ザルモゥは戸惑いの声を返す。

 ルザンの街。共和国の首都に続く拠点であることから、激戦地となった要所。帝国の戦車隊と共和国の魔術兵士隊が衝突し、英雄ホワイトフェザーの活躍により無数の戦車を破壊させて、共和国が勝利した戦いだった。


「ホワイトフェザーと呼ばれた第九魔術狙撃部隊は、全員が一流の腕を持つ狙撃手だった。だが、それぞれ得意分野が異なっていてな。精密射撃が得意な魔法であったり、同時に複数の敵を迎撃する魔法であったり。何もない空間で跳弾させることで、死角を狙うものもいた。……だが、俺の魔法は。そんな彼らとは活躍の場が異なっていてな」


 シローは銃口を、狙っていた場所よりわずかに上にずらす。


「あの日。ルザンの攻防戦に参加していたホワイトフェザーは、俺一人だけだったんだ」


 それが意味することは何なのか。

 ザルモゥは顔を青くさせながら、呻き声を上げる。


「ま、まさか」


 シローが狙いを定めている先で、一斉に光が迸った。


 先ほどまでとは違う。

 戦車隊による一斉砲撃だ。

 100両もの戦車の主砲から放たれた砲弾が、シローたちのいる廃倉庫を目掛けて飛んでくる。強固な造りになっている倉庫であっても、これだけの砲撃に耐えられるわけもない。すべてを破壊して進む、そんな勢いさえあった。

 ……だが。


「悪いが。喧嘩を売ってきたのは、そっちだからな」


 数多の砲弾が到達するよりも早く。

 シローもまた、引き金を引いていた。

 白い狙撃銃から放たれた銃弾は、輝く魔法陣の真ん中を通過して、真っ暗な虚空へと飛んでいく。

 そして、砲弾の雨が交差する。


 その瞬間。

 ……銃弾が、空中で破裂した。


 いや、消失したというべきか。その銃弾から球状に広がっていく魔力の放出。それはあっというまに上空を覆いつくして、その空間にあったものを全て、……粒子状にまで崩壊させていった。


 飛翔する砲弾も。

 その中にあった火薬も。

 さらには、空間内にあった空気さえも。

 原型を残さないほどに崩壊させていく。後に残ったのは、不気味なほどの静寂。雨と風の音だけが、この廃倉庫を包んでいた。


「な!? 何が起こったんだ!?」


 ザルモゥは困惑しながら声を上げた。

 だが、シローは答えない。

 その代わりというように、ユーリィのほうを見て説明した。


「これが俺の魔法。銃弾に触れるもの、俺の魔力に触れるもの。その全てを粒子状にまで分解させて、崩壊させる力。建物の壁はもちろん、戦車の装甲や砲弾さえも、俺の魔法は簡単に食い破ってしまう」


 狙撃の邪魔になる雨や風も、この魔法の前では無意味だった。

 銃弾に当たる前に消えてしまうからだ。目標がどんなに長距離であっても、風などの影響を受けなければ、着弾地点を修正すればいいだけだ。戦場で数えきれないほど撃ってきたシローにとって、それは経験だけで成し得る。


「それが、……『崩壊魔法セロ』。あの戦争で死神と呼ばれることになった、ホワイトフェザーの魔法だ」


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