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第36話 「ホワイトフェザーの正体」

 初めて、ユーリィの本音を聞けた気がした。

 いつも楽しそうに笑っている彼女だったが、どこか違和感のようなものを感じていた。上辺だけの作り笑い。自分の本心を隠すのが上手で、誰かに甘えることがどこまでも苦手で。


 でも、そんなユーリィが胸の内を話してくれた。

 それだけで、シローは穏やかな気持ちになる。彼女を縛っていた縄をほどき、自由にしてやると、そっと自分のほうへ迎え入れた。


「……シローさん」


 ユーリィは涙を流しながら静かに震えている。この小さな体に、どれだけの不安と孤独を隠してきたのか。今になってようやく知ることができた。


 シローとユーリィ。お互いのことをもう一度、見つめ合っていたが、そんな二人に水を差すようにザルモゥが叫ぶ。


「……ぐっ、くそっ! こんなことがあってたまるか!」


 腕と肩を撃ち抜かれて、シローの狙撃で片足を失っている。凄まじい激痛が走っているのか、その表情は苦痛に歪んでいた。


「我々は選ばれた人間なのだ! 優秀である帝国の軍人が、共和国の豚どもに負けるわけがない!」


 机に手をかけて、なんとか立ち上がる。その上に載せられている大きな通信機器に寄りかかると、シローのことを激しく睨みつけた。


「貴様は一体、何者なのだ! 嵐の中での狙撃や、鉄骨すら貫通させる銃弾。まるで、あの男を彷彿とさせる真似事なんて」


「……」


 シローは黙ったまま何も言わない。

 ユーリィから手を離すと、再び白いスナイパーライフルを両手で握る。白い翼が描かれた、世界で唯一の銃だった。


「いいか、私は知っているのだ。共和国の英雄、ホワイトフェザーは実在しない! 戦争のために作られた架空の人物なのだろう。それを貴様のような男が英雄を気取りなど―」


 顔を歪めながら叫ぶザルモゥに対し、シローは静かに言い放つ。


「その通りだ。ホワイトフェザーという人間は実在しない」


 一度、言葉を区切ってから口を開く。


「……だがな、存在しない・・・・・わけではないんだ」


「なん、だと?」


 ザルモゥは意味がわからず聞き返す。

 そんな彼を前にして、シローは淡々と説明していく。


「……帝国との戦争が激しくなった頃、オルランド共和国は魔術兵士を中心としたいろんな部隊が組織された。橋や防壁を作ることを専門とした、第三魔術工兵部隊。敵陣地に向けて砲撃や爆撃を行う、第五魔術砲兵部隊。彼らは全員、優秀な魔術兵士で構成されていた。帝国に物量で圧倒的に負けている共和国は、兵士の質を集中させることで対抗するしかなかったんだ」


 カタッ、と手に持った銃を上に向ける。


「その中でも、狙撃を専門とした部隊があった。……第九魔術狙撃部隊。射撃に特化した魔法を持つ兵士だけで組織された最精鋭の集団。その主な任務は、敵指揮官の排除と、それによって引き起こされる敵軍の混乱。後に、帝国軍から『ホワイトフェザー』と呼ばれることになった部隊だ」


 シローは溜息をもらしながら、手に持つ銃を見つめる。


 よく見ると、白い狙撃銃には無数の傷跡がついていた。刃物で切りつけられた痕、石がぶつかった痕、砲撃によって黒ずんだ染みがあったと思ったら、血と思われる黒い斑点もついている。どれも最前線でつけられたものだった。


「……素晴らしい人間ばかりだったよ。エドヴァルド大尉、マークスマン中尉、ヴィトルト曹長、クルノ伍長。魔法の特性だけで選ばれた俺に、銃の撃ち方から教えてくれた。今の俺がいるのは、彼らと共に過ごした時間があったからだ」


 すっと視線を外し、ザルモゥのことを睨む。


 第九魔術狙撃部隊。彼らの活躍は目を張るものがあった。数千人の武装した帝国軍を、狙撃だけで全滅させたこともあれば、ルザンの街では押し寄せてきた戦車隊を、戦車もろとも壊滅させた。また、国境線であるゼア河では、橋を渡ろうとした敵兵の死骸が山積みになっていたという。


 最初こそは、臆病者と呼ばれていた狙撃部隊だったが、いつしか味方から信頼されるようになった。 


 正体が掴めない『臆病者』の狙撃手。

 それは仲間の中でも話題になり、彼らがいると聞いただけで前線に戦意が蘇るほどであった。


 そこに目をつけたのが、当時、共和国の軍隊を指揮していたグラン大佐だ。大佐は帝国がつけた『ホワイトフェザー』という異名を逆手にとって、架空の英雄像を作り上げたのだ。


 ……英雄が必要だった。

 過酷な戦況化で戦っていくには、勝利への希望が求められた。例え自分が倒れても、英雄が戦争を終わらせてくれる。そんな儚い夢を兵士に見せるために。


「第九魔術狙撃部隊は精鋭が集められた。だが、戦争が苛烈を極めるにつれて、仲間を次々と失ってしまった。一人、また一人と上官を失い、その度に部隊長になったものが、この白い狙撃銃『ニヴルヘイム』を受け継いだ」


 ぎゅっ、と握る手に力を入れる。


「この銃こそ、彼らがいたという証明であり、英雄が実在するという証拠になる。……こいつを俺に渡してくれた人は、最後にそんなことを言っていたよ」


 シローは銃を強く握りながら、遠くの戦場を思い出しながら目を細める。


「俺が、最後のホワイトフェザーだ」


 その言葉は、ここにはいない誰かに告げているようだった。



――◇――◇――◇――◇――◇―



「……臆病者の、ホワイトフェザー」


 ザルモゥが血がにじむ肩を抑えながら呟く。


「馬鹿な! 私はランク戦で貴様の戦いを見た。戦争の英雄どころか、同学年の生徒にも負けていたではないか!」

 その叫び声に、シローは侮蔑するように答える。


「お前は、俺が魔法を使ったところを見たか?」


「なに?」


 怒りに満ちているザルモゥを無視して、白い狙撃銃の銃口に視線を移す。


「俺の魔法は凶暴だ。直撃したら怪我では済まない。死人だって出るかもしれない。そんな力、同じ学園の生徒に向けて使えるわけがないだろう」


「や、やはり、私の足を奪ったのは貴様の魔法なのか!?」


「あぁ。綺麗に削ぎ落されているだろう? それだけは長所と言えるからな」


 壁にいくつも開けられた拳ほどの穴。

 シローが魔法を使って放たれた銃弾は、強固なコンクリートの外壁でさえ貫通していた。


「一体、どんな力だというのだ!」


「さぁな。そこまで教えてやるほど、俺はお人好しではない」


 それからシローは、ユーリィを自分のほうへ抱き寄せると、片手で銃をザルモゥに突き付ける。


「……俺が命令されたのは、お前の排除だ。生死は問われていない。このまま身柄を拘束されるか、それとも俺に殺されるか。好きな方を選べ」


「こ、このガキが!」


 ザルモゥが悔しそうに歯ぎしりを立てる。


 だが、彼に残された手段はなかった。共和国内に呼び寄せた元軍人たちは、ゼノが一人残らず倒してしまった。この部屋にいる白衣の男たちも、戦う意思などないだろう。敵地で追いつめられた彼に選べるのは、捕虜となるか、死を選ぶか。それだけだった。


「く、くそ! もう少しだったのに! あとわずかな時間で、全てが思い通りになったというのに!」


 ザルモゥが通信機器のほうを見る。

 電源は入っているようで、わずかなノイズだけを発している。今までずっと沈黙を保ってきた通信用の機械。


 それが、この時になって。

 初めて電波を受信した。


「—―こちら帝国軍、第117機甲師団。我が革命の同士、ザルモゥ・クレバドス中佐へ。定刻となったので、連絡を入れることとする」


 ザザッ、というノイズまじりだが、その声は確かにこう言った。


「—―予定通り部隊は集結した。重戦車100両からなる戦車連隊だ。これより我らは同士のいる国境線へと向かい、戦車での砲撃を開始する!」


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