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第35話 「遅くなって悪かったな」


――◇――◇――◇――◇――◇―


 ゼノ・スレッジハンマーが生まれたのは、共和国の首都へと続く、ルザンという街だった。その都市は開戦当時からの激戦地として知られ、街のならず者だったゼノも少年兵として戦線に加わった。


 そこは、すでに廃墟だった。

 大砲と戦車の砲撃によって、街は瓦礫の山になっていた。人の住める状態ではなく、屍を積み上げて防壁にするほど。そんな過酷の戦況の中で、ただ一人の男だけは、どんな戦況だろうと必ず生きて帰ってきた。


 初めは、本人も自覚していなかった。

 運が良いのだと、そう思っていた。

 だが、あるとき。砲弾が直撃して、胴体に大きな風穴が開けられてしまった。噴き出す大量の血に、さすがに助からないだろうと腹を括った。


 気がついた時には、前線の野戦病院にいた。

 彼は死んでいなかった。

 なぜ生きているのか、自分でも不思議だった。砲弾による傷跡もなくなっていて、最初から傷なんてなかったと思えるほど。


 そのような状況になって、ゼノは初めて理解した。

 自分の体に流れる力のことを。魔法と呼ぶには不可解で、体質と呼ぶには強力で。その力は、まるで。

 ……呪いだった。


「これが俺の力。どんな傷を負っても、すぐに元通りになってしまう。例え致命傷で吹き飛んでも、自ら死ぬことを望んでも、絶対に死ぬことはない。……それが『死ねない呪いレ・ミゼラブル』だ」


 ゼノは気絶している男たちを蹴り飛ばしながら、自分を殺した・・・男へと近寄っていく。

 手には、旧式のライフル。

 そのストックの部分は血で染まり、手荒な扱いをしたせいが銃身が曲がっていた。


「ひっ! く、来るな! 来るな!」


 元軍人の男は尻もちをついたまま、後ずさりをする。

 手には銃を構えているが、そんなものは何の役にも立たない。先ほどまで、悲鳴を上げながら逃る男たちを、笑いながら追いかけて、壁に追い詰めて、強烈な一撃で倒していったのだ。


 撃たれても気にする様子もなく、傷はすぐに直ってしまい、不死身の化け物を相手にしている気持ちになってくる。


 そして、最後の一人に向かって、ゼノは笑った。

 肉食獣のような、凶暴な笑みを浮かべて。


「確か、てめぇだったよな? 俺の頭をぶち抜いたのは。その上、踏みつけて、何度も蹴り飛ばした、このクソ野郎が」


「ひいっ!?」


 男は顔中に冷や汗を浮かべながら、銃口をゼノに向ける。

 だが、手が震えて狙いが定まらなかった。


「ゆ、許してくれ! 頼む、何でもするから?」


「あ? 何を言っているんだ、テメェは?」


 肩に載せたライフルに力を込めながら、ゼノは呆れたような顔をする。


「自分が何をしたのか、ちゃんとわかっているのか? ……銃で威嚇するのはいいだろう。実弾でも当てなければ許してやる。だけどな、人様の頭をぶち抜いておいて、許してくれはないだろう? 人を殺す覚悟ができているんなら、もちろん殺される覚悟もできているよな?」


「ひ、ひぇ!?」


 男が引き金に指をかける。

 だが、それよりも早く、ゼノが男のすぐ近くにまで踏み込んでいた。手に持った旧式のライフルを思いっきり振りかぶり、そのまま男の顔面にめがけて振り下ろす。


「天国でも地獄でも、好きな方に飛んでいきな! このクソったれが!」


「ま、まっ―」


 ゴンッ!と痛快な音が響いて、その男もまた宙を舞った。

 白目を剥いたまま綺麗な放物線を描き、倉庫の正面玄関へと激突する。そのまま地面に落ちて、気絶している他の男たちに加わることになった。


「おー、よく飛んだなー」


 ゼノはすっきりしたというように表情を和らげる。……が、倉庫の隅で震えているギムガたちを見て、にやりと凶暴な笑みを浮かべた。


「さて。シロの奴が来るまでに、ゴミ掃除でもしておくかな」


「「「ひぃーーーーーーーーっ!!!!」」」


 野獣のようににじり寄ってくるゼノを前にして、ギムガたちはただ震えることしかできなかった。



――◇――◇――◇――◇――◇―



「相変わらず、滅茶苦茶だな」


 シローは廃倉庫の惨状を見て、呆れたように溜息をついた。


「お、シロ。ようやく来たか。あんまり遅いもんだから、コイツらも大変なことになっちまったぜ」


 声をした方を見ると、ゼノが上機嫌に笑っていた。


 その隣には、縄で縛られた男が四人。

 全員、天井から逆さ吊りにされいる。何をされたのかわからないが、全員がボコボコにされていて、話せないように口を塞がれた上に、頭は丸坊主にされていた。


「誰だ、そいつら?」


「あのギムガとかいう不良たちだよ。ユーリィを攫った糞野郎さ。性根が腐っているんで、ちっと教育してやろうと思ってな」


 ゼノはギムガの顔に、その辺で捕まえてきた昆虫を次々に載せていく。

 それだけで、彼の顔は真っ青に染まっていた。


「お前もやっていくか? 何ていったって、お前の女を連れ去った張本人だ。恨みの一つもあるだろう?」


「俺の女ではない」


 何度も言わせるな、と言いながら吊るされている彼らを見る。

 その目は、どこまでも興味のない冷たい視線だった。


「……俺は先を急ぐ」


「あぁ、そうかい。じゃあ、お前の分のお仕置きも、きっちりしておかないとな」


 ゼノが笑いながら答えると、倉庫の壁に張り付いているムカデに手を伸ばす。すると、ギムガたちは縛られた口で必死に何かを訴えた。


 だが、ゼノが手を止める様子はない。子供が悪戯をするときのような表情で、彼らに嫌がらせをしていく。


 所詮は、その程度の相手なのだ。

 シローやゼノにとって、ギムガたちなんていう小物は最初から眼中になかった。この二人が立ち向かっているのは、もっと大きなもの。ザルモゥが所属している帝国の過激派や、その彼らが消そうとしている元スパイの少女。


 特に、シローにとって。後者以外はどうでもよかった。

 彼女を再び、日の当たる穏やかな日常へ戻してあげたい。

 ただ、それだけを願っていた。



「う、動くなっ!」


 廃倉庫の階段を上って、二階の部屋に入った時だ。

 震える男の声が響いた。


 帝国の情報部所属のザルモゥだ。彼は小型の銃をユーリィに向けて、更に彼女を盾にするように突きつける。

 それが、シローの逆鱗に触れた。


「っ!」


 手に持っていたスナイパーライフルを一瞬で構えて、迷うことなく引き金を引いた。放たれた銃弾は寸分の狂いもなく、彼の肩を貫通する。


「がっ!? ぐあぁぁ!」


 ザルモゥが床に転がっていくのを見下ろしながら、シローは無駄のない動きで次弾を装填する。

 ボルトハンドルを跳ね上げて、手前に引き、再び押し込んで横に倒す。たったそれだけの動作なのに、洗礼された所作のせいか恐ろしいまでの威圧感を放っていた。


「……お前らも動くなよ」


「「ひっ!」」


 シローは白衣の男たちに命令すると、ゆっくりと部屋の真ん中へと足を運ぶ。


 そこには、彼女がいた。

 逃げようと必死に抵抗したのか、手には縛られた縄が食い込んでいる。顔は涙と埃で汚れていて、頬には殴られたときの傷が刻まれている。


 シローはその傷に優しく触れると、愛おしそうに彼女の頬に手を当てた。


「……遅くなったな。ユーリィ」


「……シローさん」


 ユーリィは視線を上げると、静かに微笑んだ。

 そして、頬に触れた手のほうへ、そっと頭を傾ける。

 穏やかで、安らかな表情は、シローの全て受け入れているような、そんな雰囲気さえあった。


「……本当に、遅いですよ」


「すまない」


「……もう、何もかも諦めていたのに。以前の生活に戻っただけなのに。どうしもなく寂しかった。シローさんがいて、ゼノさんやミリアさんがいる日常が、本当に幸せて、楽しくて」


「あぁ」


「……でも、自分のことを話すのが怖くって、ずっと隠しているのが苦しくなって。本当は逃げ出したかったけど、逃げられなくて。シローさんの温もりを思い出すだけで、決心はどんどん揺らいでしまって」


 閉じられた瞳から流れた涙が、彼女の頬を濡らす。


「本当に、どうしようもないですね。もう自分では、どうにもならないほど―」


 ユーリィが、唇を震わせる。


「―あなたのことが好きなんです」


 彼女の心から溢れた言葉に、シローは静かに頷く。


「シローさん。こんな私ですが、あなたの傍にいさせてください。それ以上は何も望みませんから。どうか、どうか……」



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